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弓と剣  作者: 淳A
新婚
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新居  リネの話

「で、奥さんはどういう家を買いたいんだ?」

 リッテル軍曹という軍人さんが私の希望を聞いてきた。

 リッテルさんは旦那様の補佐をしているんだって。 四十辺りじゃないかな。 鋭い視線で、きびきびした動作をしていらっしゃる。 長年兵士として鍛えられてるのが伝わってくる感じ。

 こんなりっぱな兵士が部下だなんて。 小隊長に御出世なさった事は聞いていたけど、改めて旦那様に感心しちゃった。 私より年下なのに、すごいよね。 きっと弓以外にも何か私の知らない才能がいっぱいある御方なんだろうな。

 そんな素晴らしい方にはどんな家が相応しいんだろ? 考えてみたけど、さっぱり分からない。 でも何はともあれ、まず知らなきゃいけない一番大切な事は予算だ。


「あのう、トビ。 旦那様はいくらぐらいの家を買うおつもりなんだか知ってますか?」

「特に上限はございません」

「ええっ? 上限がない? 家を買うのに? それっていくら貴族の若様でも無謀では?」


 駐屯地に来る途中、通り過ぎた町には私が今まで見た事もないような豪邸がいくつも建っていた。 第一駐屯地は北ではどの町より大きいんだし、たぶん私が見た以上の豪邸だってあるでしょ。 なのに上限なし、て。

 ただ旦那様はすぐに買いたいと御希望なんだとか。 それなら売りに出ている家のどれかを買う事になる。 買いたくても豪邸なんて売りに出ていなくて、取りあえずある物で我慢する、て事になるかもしれない。

 とは言っても家よ? いくら小さくたってそんなに安いはずはないでしょ。 私は家なんて買った事ないからいくらするか知らないけど。 お金の心配をしないで買うって訳にはいかないんじゃないの?


 私は唖然として、いくらだって平気、と言わんばかりのトビの顔をまじまじと見ちゃった。 でも側にいたリッテルさんにはそれを聞いても驚いた様子はない。

「オーク殺しなら、そう来なくっちゃな。 

 おーし、腕が鳴るぜ。 高ければ高い程、値切りがいがあるってもんだ。

 いいか、奥さん。 こういうでかい買い物の時は気に入ったからって気に入ったなんて間違っても売り手の前で口にするんじゃありませんよ。 値段交渉ってものは腹の探り合いだ。 こっちの手が丸見えじゃ纏まる話も纏まらねえ。

 じゃあ高級邸宅街の方から見て回った方がいいな」

「て、邸宅、ですか?」

「確か、部屋数二十の家が去年の秋に売りに出ていた。 あれはまだ売れていないはず。 手始めにそれから見るとするか」

「部屋数が二十!? あの、それって、いくらなんでも大きすぎるんじゃ?」

 トビがおたおたする私を宥めるかのように言う。

「奥様。 申し遅れましたが、御新居にお住まいになるのは旦那様と奥様だけではございません」

「はい?」

「旦那様、奥様、私、馬丁のアタマーク、奥様付き侍女のカナ、及び旦那様の部下であり薬師のリスメイヤー、医師のメイレ、当座の料理番を勤めるフロロバが住み込みとなる事はもう決まっております。 つまりこれだけで既に八名。

 お客様がいらっしゃる事も考えられます。 先代及び当代伯爵様はお勤めの関係上、簡単に御訪問なさる訳には参りませんが、先代伯爵夫人は是非御訪問なさりたいとの御希望をお持ちです。 奥様のお父様、お母様も御訪問なさりたいでしょう。

 御親戚関係だけではございません。 旦那様のお役目関係でのお客様をお迎えする事もあれば、奥様のお友達もいずれお出来になる。 皆様お一人で御旅行なさるはずはございません。 必ずお供の方がいらっしゃいます。 ですから客用寝室が最低でも二部屋必要となります。

 更にお子様が五人お生まれになれば五部屋。 乳母と家庭教師にも一部屋ずつ必要となるでしょう。 庭師は通い、料理人と警備の者達は相部屋にするとしても必要な部屋数は二十となり、空きはございません」


 私は信じられない事を口にするトビをぼーっと見つめた。

 こ、子供が五人!? それってみんな私が産むの? まさか旦那様にはもう子供がいらっしゃるとか?

 いや待てよ。 私は夜の事は初めてなので、旦那様に全てをお任せしてもいいんですよね、とトビに聞いた時、旦那様にとっても初めてでいらっしゃいますと言われて焦ったんだった。 だから他に子供がいらっしゃるはずはない。


 五人、かあ。 少なくともトビは私が子供を五人も産むまで旦那様と一緒にいると思ってるんだ。 なんかそう思ってもらえただけで嬉しいかも。 肝心の旦那様にお会いしてないし、私を気に入ってもらえるかどうか不安なんだけどね。

 とにかく旦那様に会えるのはまだ先の話。 すぐお会いできないのにはがっかりしちゃったけど、お仕事でイーガンに派遣されたんだから仕方ない。 今はお帰りになった時に間に合うように家を探さないと。


 それから、あっちだこっちだ、もう沢山いろんな家を見せられた。 どれも広大なお邸で数えきれないくらい部屋がある。 次々見せてもらったものだから、もうどの家がどうだったか、とても覚えきれない。

 立地がどうの眺望がこうの、やれ水回りが、間取りが、近所が、裏庭が、と言われたって何をどう比べればいいのか私じゃ分からないし。 私から見ればどれもすごいし、どれだっていい。 違いの分からない私の好みなんかより旦那様が快適だと思える家が欲しいんだよね。 でもその肝心の旦那様がここにいないから。

 私がそう言うと、トビがよさげな家を選んでくれた。 私には分不相応な邸宅だけど、これでも若様の御生家よりずっとずっと小さいんだって。 するとこれ以上小さかったら旦那様に喜んで戴けないかもしれない。

 そんな訳で、すばらしい眺望と部屋数が二十ある、一番最初に見たライリエ湖畔の家を買う事になった。 値段はいくらしたんだか怖くて聞いてない。 ただトビにとっては思っていたより安い家だったみたいで。 満足そうな顔をしている。


 どうか旦那様に気に入って戴けますように。


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