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弓と剣  作者: 淳A
新婚
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好み  リネの話

 トビは旦那様の従者になって二年足らずだけど、旦那様のお屋敷に奉公に来たのはなんと十二年も前なんだって。 そんなに長い間一緒に暮らしていたならきっと御家族の事はもちろん、旦那様の性格や好みを詳しく知っているよね?

 好奇心が抑えきれなくて、駐屯地までの道中、旦那様についてトビにいろいろ聞いてみた。 まずなんと言っても一番気になる事から。


「あのう、旦那様好みの女性って、どんな人なんでしょう?」

「そんな御方はおりません」

「え?」

 ……まさか、女なら誰でもいいとか? いくらなんでも少しは好き嫌いってものがあるんじゃないの? 顔じゃなければ性格とか趣味とか。 か、体とか。 色っぽい人が好き、ああいうのは嫌いとか。 誰だって多少はあると思う。

 えーっと、それって女より男の人の方が好き、て事じゃないよね? なんだっけ、最近の言葉であったじゃない。 BL? それなの?

 ……ひょっとしたら、ひょっとしたりして。 だから妻は名前だけで誰でもよかった、とか?

 うわーっ。 そうだったらどうしよう? なんだか胸がどきどきしてきちゃった。 これをトビに質問してもいいのかしら?

 だって、だって。 もしかしたらトビがお相手だったりして? か、勝てない。 絶対無理!


 私が一人でそんな想像をして悶えていると、トビが言った。

「強いて申せば、これから出来る、でしょうか」

「これから出来る?」

「さようでございます。 奥様が旦那様好みの女性となられますから」

「ええっ?」

 な、何それ。 びっくり! 私って、もともと旦那様好みの女だったの? ええっと、つまり逞しいのが好き、て事?

 自慢じゃないけど力仕事を普通にこなす農家の娘の中でも私の力は抜きん出ている。 村では下手な男より力持ちと言われていた。

 私は普段夏でも長袖を着ている。 世間には日焼けするのが嫌だからとか蚊を防ぐためなんて言ってごまかしていたけど。 本当は盛り上がった筋肉を見られるのが恥ずかしいからなんだよね。

 私だって何も好き好んでこんな体になった訳じゃない。 できれば儚げな美人に生まれたかった。 だけど私が十五になったばかりの冬に父さんが膝に大怪我をして。 その所為で重い物が持てなくなったの。 母さんは看病と家事で忙しいし、人を雇うお金なんてない。 リノ兄さん一人ではどうにもならない場面じゃ私が手伝うしかないでしょ。

 最初の年こそよたよただったけど、毎日力仕事をしていれば鍛えられるのは当たり前。 三年もしない内に父さんを腕相撲で負かすくらいになった。 それでいかにも鍛えられてます、と一目見ただけで分かる体型になっちゃった訳。


 あ、それとも年上が好み、て事なのかな? 私は旦那様より一つ年上だ。 妻にするなら年下を選ぶのが普通だけど、年上を好む人もいる、て聞いた事がある。 夫が若ければ若いほど年上を喜ぶんだとか。

 でもたった一つ違いじゃね。 私の場合年上だからって経験が豊か、て訳でもないし。 貴族の若様ならいくら年下でも生娘の私よりよっぽど経験がおありでしょ。

 私の唯一の長所と言うか、時たま褒められるのが父さん譲りの色白の肌。 毎日畑仕事をしても赤くなるだけで日焼けしないから。

 色白の女が好き、とか? 旦那様は色黒な御方らしいから自分にはないものに憧れたのかも? だけど私程度の色白なら北にはいくらでもいるし。 結局私のどこが旦那様好みなのかさっぱり分からない。 仕方なくトビに聞いてみた。

「まだお会いしてもいないのに私が旦那様好み、てどうして分かるんですか?」

「旦那様は大概の事に無頓着な御方ですが、一旦こうと決めた事には大変頑固という一面がございます。 加えて面倒くさがりでもいらっしゃいます。 これは御自分でお身の回りの事をするのを面倒がられるという意味ではなく、一度お決めになった事を変えるのがお嫌なのです。

 旦那様がリネ様を奥様にとお決めになった以上、生涯奥様ただお一人を貫かれるであろう事に疑いはございません。 今後旦那様はどなたに同様の御質問を訊ねられましても、好みの女性は奥様と御返答なさるはずです」


 それって本当かしら? 生涯奥様一筋っていうのは嬉しい。 けど、理由が面倒くさいからって。

 うーん。 すると好みの女性は奥様と答えたからって旦那様に本当に好きになってもらえたとは言えないんじゃない? そこには微妙な、ていうか、大きな違いがあるような。

 それにずっと一緒にいられるっていうのも、それで安心は出来ないよね。 私は奥様と呼ばれたって、どう返事したらいいかも分からない田舎者だ。 それでも構わずお側において下さるというのならありがたいけど。 いくら旦那様に真心込めてお仕えしたって知らない内に気にいらない事をしでかして怒られたらどうすればいいの?

 私は貴族の習慣なんて何も知らない。 その上おっちょこちょいだし。 間違って高価な物を壊したりしたら謝ったぐらいで許してもらえるのかしら? 嫌われてもお側にいるって、つらいと思う。 

 どうか旦那様がお優しい方でありますように。 そして嫌われたりしませんように。


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