支度金
入隊した後すぐ、父上への報告の手紙を託してトビを実家に帰した。 その時、もらった賞金から二十万ルークをトビ個人に渡しておいた。
慰謝料、つーか。 怖い思いさせてごめんね、つーか。 今までいろいろ世話になったし。
トビはなんとも言えない顔をしたが、静かにお礼を言って餞別を受け取り、出発した。 生涯二度と会う事はないだろう。 と思って別れたら、それからたったの二週間で戻って来た。
「ちょっ、ちょっと。 なんでもう帰って来たの? 途中で何かあった?」
「伯爵様は本邸ではなく、ここから五日の距離にある別邸に滞在していらっしゃいまして。 無事お会いし、一部始終を報告申し上げる事が出来ました。 こちらが伯爵様よりお預かりして参りました支度金、指輪、お手紙、紹介状、そしてタケオ小隊長への贈り物です」
もしかして行く前から父上がどこにいるか知っていた? そういやトビって一年先の予定まできっちり覚えているような奴だもんな。 道理でやけにあっさり出発したと思ったら。
「尚、伯爵様へは退職願を提出して参りました。 これからは若の従者として北軍に入隊したいと存じます。 改めて何卒よろしくお願い申し上げます」
ちょっとお。 恥ずいんですけど。
いや、もちろん気持ちは嬉しい。 新兵の従者なんて給金が安い割に夜昼なく働かされる仕事だ。 雇おうにも、まずなり手がいない。 いたって他に仕事がないから食べるためには仕方なく、という奴になる。
貴族なら実家では側付きとか侍従だった者が派遣されたりするから従者とは呼ばれていても執事みたいな感じだけどさ。 その場合実家からの送金があるから雑用や汚れ仕事は他に誰かを雇ってさせたりする。
まあ、俺にした所で人を雇う金がない訳じゃない。 でも上級将校ならともかく、ただの新兵で何人も従者を雇ったら、いかにもいかにも、だろ。
それにトビはそのまま俺の実家にいたらヴィジャヤン伯爵家の執事になっていたはず。 それほど父上に能力を見込まれていたんだ。 なのにあっさり辞めて来た?
んもー。 どうしてそんなに短気なの?
そりゃトビみたいな優秀な従者がいてくれたら俺は助かる。 そもそも従者なんて高給を出したからいい人が見つかるとは限らない。 お互いの相性ってものもあるし。
本音を言えば以前のような上から目線のトビだったら、うまくやっていけなかったと思う。 どんなに優秀でも。 だけどここに来てからはビシッとした所は相変わらずでも俺を主として立ててくれているのが分かる。
それはありがたいんだけどさ、トビなら将軍補佐だって出来ると思う。 主の俺は将軍補佐どころか軍曹になれるかだってあやしい。 なれたとしたらそれは俺に能力があるからじゃなくて出自がいいからだ。
トビが俺の従者? 洗濯や掃除をして人生を終わらせていい人じゃないだろ。 宝の持ち腐れもいいとこだ。 それにトビを連れ歩いたらどっちが主か分からない、て言われそう。 そこに立っているだけでただ者ではないというオーラがあるから。 改めて言うまでもないけど、俺にそんなオーラはありません。
だけどこんなに沢山の支度金を持って来てくれたしなあ。 あの贅沢を嫌う(別名けちとも言う)事で知られた父上から、なんと五百万ルーク!
父上が支度金をくれたというだけでも驚いたが、この金額! さすがの俺も魂消たね。
大きな声じゃ言えないが、トビが持ち逃げしなかった事にもびっくりした。 持ち逃げするような人間じゃない、て事は知っていたけどさ。 これって家が一軒ぽんと買える金だぜ。 一生遊んで暮らせるかどうかは分からないけど、トビの頭があればこれを元手に一儲けする事だって簡単じゃないの?
とにかく驚いたという事だけは確かだ。 しかもお金だけじゃない。 父上が大叔母様へお願いしたという、北軍将軍への紹介状を持って来たのには仰け反った。
父上は誰かから恩を受けるのをとても嫌がる。 父上に限らず貴族ってみんなそんな感じ。 自分からお願いや頼み事をするなんて滅多にない。 その父上が俺のために紹介状を書いてくれとお願いしただなんて。
正直言ってどうしてこれ程色々してくれたのか、よく分からなかった。 前に大叔母様の事、なかなか死なない、て文句言ってなかったっけ?
それにしても北軍将軍にまで縁故があったとは。 さすがは伯爵家。 考えてみればヴィジャヤン伯爵家は十一代目だ。 探せば従兄弟やはとこの類は世界人類皆兄弟というぐらいいるだろう。
不思議は不思議だったが、お金も紹介状も全てありがたく頂戴した。 勝手に北軍に入った事で勘当されても仕方ないと思っていたからな。 全然怒っていらっしゃらないと分かっただけでもほっとした。 早速父上にお礼状も書いて送った。 いつ着くか分かんないけど。
ただ近衛に入ったとしてもこれほど貰えただろうか、というぐらいの金だ。 何か裏があったりして? 後で利息を付けて返せ、と言われるとか?
いやいやいや。 裏も表もあるもんか。 俺みたいな役立たずに金を増やせる訳がない。 それぐらい父上だって御存知だ。 何かを期待しての援助だとしてもそれは金儲けじゃない。
だとすると、ますますこの金額は???だ。
疑問があれば、トビに聞く。 昔は何度も同じ質問をして嫌われていたが、この質問は初めてだから答えてくれるだろう。
「なあ、トビ」
「なんでございましょう?」
「どうして父上はこんなに沢山くれたんだと思う?」
「若がそれ程の事を成し遂げられたからではないでしょうか」
「俺、何かした?」
トビが心底呆れた顔をする。
「何かした、ではございません。 六頭殺しの若の勇名は既に皇都まで轟いているのですよ。 それがヴィジャヤン伯爵家三男のふたつ名と知られるのは時間の問題。
過去十一代を遡っても、これ程家名を上げたのは皇王陛下をお救いするという大功をあげ、伯爵に叙された初代様以来。 支度金や紹介状など当然と申せましょう。 若が御実家へ帰省なさった際、伯爵主催の凱旋祝賀パーティーがあったとしても驚きません。 不肖、私も従者として非常に誇らしく思います」
トビは本当に誇りにしている事を証明するかのように反り返った。
何、その、凱旋祝賀パーティーって。 我が家でパーティーが催されるとしたら継嗣が伯爵位を継いだ時と伯爵か継嗣が結婚した時だけだ。 それ以外の行事では呼ぶとしても親戚ぐらい。 パーティーというより身内の食事会、て感じだろ。
俺が無言でいたものだから、さすがにトビも凱旋祝賀パーティーはあり得ないという事に気づいたらしい。 歓迎夕食会と言い直した。
あ。 ひょっとすると父上はそんなもの開く気がないからその分支度金に上乗せしてくれたのかも。




