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弓と剣  作者: 淳A
公爵家継嗣
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御祝儀

 皇都入りの前夜、王女様からヘルセス、師範、俺の三人は青藍の騎士の称号を頂戴した。 誘拐事件を未然に防いだ功、て事なんだろうけど、別に俺は何かした訳じゃない。 結婚はしたが。 それって王女様のためと言うより師範のためにしたんであって。 なのにこんなりっぱな物、遠慮せずに受け取っていいのかな?

 でも称号は三人それぞれにくれたから俺だけ辞退するっていうのも変だし。 で、ありがたく戴いておいた。


 とにかく皇都に無事に着いた。 師範は軍対メンバーに稽古を付けるから残るが、俺はすぐ北に帰る予定だった。 だけど王女様直々の感謝のお言葉があり、お出迎えの役目を果たした北軍兵士は全員御成婚式に出席するように、との御招待を戴いた。

 御成婚式が終われば軍対はその二週間後だ。 御成婚式に出席なさるため皇都にいらした将軍がお出迎え任務の成功を喜んで全員に軍対観戦を御褒美としてくれた。 それで年明けまで皇都に滞在する事になった。

 俺の気持ち的には早くリネに会いたかったが、せっかく皇都に来たんだし、結婚した事は先に手紙で父上とサガ兄上に知らせてあるけど、俺はサガ兄上に結婚の報告をしに行く事にした。 本当は夫婦二人で顔を出すべきなんだがリネは今ここにいない。 それで妻側の親族代表として一緒に伯爵邸まで来てくれるよう師範に声をかけた。


「結婚の報告って。 お前、本当に結婚する気でいるのか?」

「えっ? お、俺、ヒーロンで結婚したんじゃなかったんですか?」

 まさかの勘違い? えーっ! それはないでしょ? ちゃんと届けだって出したのに。 内心わたわたしていると師範が言う。

「したって言えばしたさ。 便宜上な。 おかげで俺の首が繋がったからありがたいが。 なにも正式に結婚するまでの事もないだろう? すぐ離婚するだろうし。 伯爵に報告とか大げさな。 それとも離婚の報告をするつもりで行くのか?」

 すぐ離婚すると言われて、ぎょっとした。 確かに、結婚なんかしたくない、とリネに断られたら離婚するしかない。 そういう事は全然考えていなかったからしゅんとなった。

「あ。 やっぱりリネの気持ちをまず聞くべきですよね。 嫌いって言われたら、俺へこむかも」

「嫌いって。 お前を嫌いという女がいるはずないだろう?」

「じゃあ、なんで正式に結婚しなくてもいいとか離婚とか、言うんですか? それってリネがうんと言わないからでしょ?」

「あいつなら言う。 間違いなく言う。 六頭殺しの若の歌を何回も歌いまくって近所迷惑になってるって弟が言っていたし」

「六頭殺しの若の歌? そんな歌、ありましたっけ?」

「ああ、あるぞ。 お前だって聞いた事があるじゃないか」

「え? いつ?」

「毎日聞いているだろ」

 そこで声もなかなかいいとこいってる師範が、よく聞く歌の一節を歌った。


「北の碧き空を背負いて

 引き絞る強弓

 オークよひれふせ

 我こそは六頭殺し」


「はあ。 それ、俺の歌だったんだ」

「俺はそこしか覚えていないが、リネは全歌詞三番まで歌えるんだと」

「へえ。 結構聞くけど西にいた時は聞いた事なかったから昔からある北の歌なんだとばっかり思っていました」

 すると師範が呆れた顔をして言った。

「六頭殺しなんて昔からいるか」

「だって北にはロックという鳥がいるんでしょ? それを十殺したのかなって」

 ろっくとおごーろしー、と聞いただけですぐ六頭殺しを思いつかなかったのは俺だけじゃないと思う。

「何だと? ロックは瑞鳥なんだぞ。 滅多に見かける事はないが、見かけたとしても殺す奴がいるものか」

 師範がますます呆れた顔をする。

 ズイ鳥ってどういう鳥なんだろう? 後でちゃんとトビに聞いとかないと。 心の中にしっかりとメモる。

「俺の歌なんかどうでもいいです。 とにかくリネに気持ちを聞いて、うんと言ってくれれば結婚してもいいんですね?」

「いや、だから。 問題はリネの気持ちじゃなくて、お前だろう?」

「俺?」

「お前、俺の妹なんかでいいの?」

「もちろんです。 嬉しいですっ! て、前にも言ったじゃないですか」

 師範たら意外に忘れっぽい人? 覚えているのかもしれないが、本気にしてはいなかったっぽい。 今度は俺が呆れてみせた。 すると師範が渋い顔をする。

「美人、て訳じゃないぞ」

「俺だって美男、て訳じゃないです」

「北軍イケメン上位十番に入っておいて何を言う」

「池面って何ですか?」

 あ、何か嫌だ、この沈黙。

 池面って知っていて当然の何か? 常識、とか? 北の方言じゃなくて? でも池のような面って何さ。 平たい顔って事だろ。 俺って結構彫りが深いと思うんだけどな。 それとも池のように広い顔? 俺より広い顔なんて十人どころじゃなくいるんじゃない?

 師範の瞳に映る深い諦めを見ると教えてくれる気はないみたい。 ちぇっ。 これも後でトビに聞くしかない。

「とにかく、池面だからってどうして離婚しなきゃいけないんですか? 結婚て顔でするもんじゃないと思います」

 ため息をつきながら師範が言う。

「お前な、少しは身分、てものを考えろ。 リネはただの農家の娘なんだぞ」

「そこがいいんです」

「はあ?」

「俺は妻の面倒をよく見る夫にはとてもなれません。 だから一生結婚するつもりはありませんでした。 でも農家の娘なら体が丈夫でしょう? どんな人かは分かりませんが、師範の妹なら夫に面倒を見てもらわなけりゃ生きていけないという妻にはなりませんよね?」

「まあ、病気をしたと聞いた事はない。 男がする力仕事でさえ手伝っているらしいから丈夫は丈夫かもな。 それに年が年だ。 家事を一通りやっているだろう。 自分の面倒くらい見れると思うが。

 なにせ俺は入隊以来一度も会っていない。 どういう娘に育ったのか全く知らん。 もしわがままなきつい性格でお前と合わなかったらどうする?」

「それは合わなかった時考えます。 リネだって俺じゃ嫌と言うかもしれないし。 その時は泣いて縋るつもりですけど。 大抵みんな、それでほだされてくれるから」

「泣いて縋るって。 そもそも平民との結婚なんかお前の実家が許さないだろう?」

「だってもうしちゃったし」

「それは、そうなんだが。 別れろと言われるんじゃないのか?」

「えー? そんな事、言われませんよ。 言われたって今更別れるなんて面倒くさい。 やだって言うし。

 俺の家族なら心配しなくても大丈夫です。 元々妻は自分の好きな人を選べ、という感じなので。 俺の長兄は偶々格上の妻と結婚しましたが。 格下の妻を選んだとしても文句は言われなかったと思います。

 現に父は格下の妻を娶ったけど、それに関して俺の父方祖父母から文句を言われた事はない、と言っていました。 亡くなった俺の母方祖父は文句たらたらだったみたいですけど。 先代ジョシ子爵って割と気難しい人だったらしくて。 あ、心配しなくても当代のジョシ子爵はとても温厚な人です。

 そんな事より、リネ以外と結婚する気なんかありません。 なのになんで別れなきゃいけないんですか? 一緒に住みたくないと言われたら隣にもう一軒家を買えばいいだけの話でしょ」


 師範にしては珍しく、しかしとか、やっぱりやめよう、を何度も言っていたが、伯爵邸には一緒に来てくれた。

 そこでサガ兄上から、父上母上サジ兄上はもちろん、おばあ様も大変喜んでいる事を知らされた。 初めてライ義姉上に会い、御挨拶する事も出来た。

 産み月間近の義姉上はでっかいお腹で歩くのが大儀そうだったが、とても幸せそうな微笑みを浮かべている。

「サダさん。 遠慮は無用よ。 ここを実家と思って、いつでも遊びに来て頂戴。 リネさんにもよろしく伝えて下さいな」

「ありがとうございます」

 そこでサガ兄上がお訊ねになる。

「ところで、サダ。 結婚式はどうする? 挙げないのか?」

「あげません。 リネとはまだ会ってもいないのに大げさな事をするのはちょっと気が重いです。 あの人を呼んだらこの人も呼ばなきゃ、に始まって、場所をどこにする、日取りはいつにする、となりますよね? 俺の親戚だけでも沢山います。 それにリネの親戚、軍関係、お世話になった人、友人を呼ぶとなったらすごい人数になってしまう。 俺もリネも緊張しちゃうと思うので」

「そういう事なら祝儀の二百万に挙式費用として用意していた百万を上乗せしておこう」


 そんな感じで久しぶりにあれこれ兄上達と話しているとヘルセス公爵が訪ねていらした。

「ヴィジャヤン小隊長。 この度のお役目を立派に果たされた事、喜びに堪えぬ。 大変御苦労であった」

「今回のお役目ではレイ義兄上こそ大活躍でした。 彼の知らせがなければ私達は王女様が誘拐されるまで気付かず、手遅れになっていたでしょう」

「愚息が役に立てた事、勿論喜ばしい。 だが何よりあれの瞳に力が宿った。 あれはそなたのおかげと言っていた」

 俺、何かした? そこまで言われる程、何かした覚えがないんだけどな。 それって俺のおかげと言うより王女様のおかげなんじゃないの? そんな事、父親にだって言いたくないから俺のおかげと言ったのかも。

「そして此の度の結婚、非常に目出度い。 これは私からの気持ちだ」

 ヘルセス公爵はそうおっしゃって御祝儀目録を差し出した。 そこには百万ルークと書いてある。 ひえーっ。 いくらなんでも戴き過ぎだろ。

「これは。 あの、あまりに過分で。 申し訳ないです」

「ヘルセス公爵家の運気を向上させてくれたのだ。 是非受け取って欲しい」

「サダ。 せっかくのお気持ちだ。 ありがたくお受けしろ」

 そうサガ兄上に言われたので頂戴した。


 実家からは三百万の御祝儀とは別に師範の実家へ結納金百万が贈られた。

 父上からは夫婦で国内どこでもいつでも旅行が可能な旅券。 母上からはリネへ首飾り。 おばあ様からは五十万。 サジ兄上からは十万を頂戴した。

 更に、これは皇太子殿下から、と百万ルーク。 この御祝儀にはさすがに驚いた。 サガ兄上は皇太子殿下が結婚式に御臨席なさるという栄誉を戴いたが御祝儀を戴いたとは聞いていない。 皇王族から御祝儀を戴くなんて公爵以上ならともかく、伯爵程度じゃあり得ないだろ? しかも俺自身は伯爵じゃない。 伯爵の弟だ。

 これって俺がヘルセス公爵の義息の弟だから? それなら義息であるサガ兄上に御祝儀がなかったのは変だよな。

 じゃあ父上が相談役になったおかげ? だけど長男の結婚には出さなかったのに三男の結婚に出すなんて変じゃない?

 理由はさっぱり分からなかったが、お礼はもう父上を通して奏上してあるから心配するな、とサガ兄上がおっしゃる。 それでこれもありがたく戴いた。 結婚て、意外に儲かる? 後が怖かったりしない?


 ともかく自分の貯金もあるし、これだけ貰えれば家が買える。 そう言えば駐屯地の外には既婚兵士用の住宅街があった。

「師範。 リネはどういう家が好みか御存知ですか? やっぱり庭付き一戸建てですよね? 二階建てと平屋、どっちがいいと思います? それとも静かな湖畔がいいとか賑やかな下町が好きとか、立地が気になるタイプなのかな? その辺り、リネに聞いておいてくれました?」

「あー。 まずあいつに結婚した、て事を知らせないと」

 ちょっとー。 今まで本人に言ってなかったの? 結婚したの、一ヶ月前なんだよ?


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >喜びに絶えぬ。 大変御苦労であった」  「喜びに堪えぬ」です。
2024/01/30 01:10 退会済み
管理
[良い点] 周回中 この緩さ、いいなぁ。 珍しく師範も切れが悪いし(笑) イケメンランキングなんて誰が師範に向かって話題に出すんだろう……と思ったけど、そういえばポクソンがいたな!ポクソンさんでし…
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