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眠り姫に会うために

作者: あむ

遊森謡子様企画の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。

●短編であること

●ジャンル『ファンタジー』

●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』

俺は今、森の中をひた走っている。

靴も履かず、靴下を履いただけの足が悲鳴を上げている。

どこまでも続く、木々。変わらない景色に、どのくらい走っているのかもわからなくなる。

手にはパステルカラーのガラガラ。この場に全く持って不似合いなそれを、必死に握り締めて走る。

このガラガラが、ほんの少し前までの現実と今とを繋ぐただひとつの道具のような、そんな気がして。


背後に迫る、バカでかいヘビ。

このガラガラ以外、何の武器も持たない俺は、ただ逃げるという手段しか思い浮かばない。

体力の続く限り、ただひたすら走る。

走りながら思う。


どうして、こうなった!?







ほんの少し前、俺はこんな訳のわからない森にはいなかった。

俺は、いつものように家にいたはずだ。いつもの、平和な日常に。

可愛い可愛い、姪っ子のそばに。


そう、俺は和室で、姪っ子を寝かしつけていた。

シングルマザーな姉は産後休暇が明けるなり仕事に出掛け、母は未だ韓流に夢中。

結果、昼間は家に居ることの多い浪人生な俺が姪っ子の世話をすることが多かった。

赤ん坊の世話をしながら受験勉強って、どうよ…。


そんな俺の哀愁を感じているのかどうか、まぁ微塵も感じていないだろう姪っ子は、たいそう可愛いかった。そりゃもう、メロメロだ。オムツ替えだってドンとこいさ!


まぁ話は逸れたけど、ついさっきまで、そんな姪っ子を、ガラガラ片手に寝かしつけてたんだ。

オムツも替えて、ミルクもあげて、あとは俺様の美声と愛用のガラガラでもうイチコロさ。

可愛い天使はスヤスヤ夢の中。

じっくりその寝顔を堪能して、さぁて、ジュースでも飲んで一息入れて、勉強でも…と部屋を出た、はずだったんだ。


なのに、気がつけば、森の中でした。

…いつから、俺の家の襖はどこでもドアになったのでしょうか??



しかもご丁寧に、踏み出したその第一歩は、大きなヘビの尻尾の上だった。

急に変わった景色と空気、そして足の下に柔らかな感触。

なにやら殺気を感じて見れは、そこには怒りに満ちた大蛇の顔があった。

顔から繋がる尻尾の位置を確認し、頭で考える前にその場から走り去った俺の素晴らしき反射神経を褒めてやりたい。おかげで、今でも何とか俺と大蛇の間には距離がある。

けど、俺はしがない浪人生。体力なんてそうそうあるはずもない。靴下だけの足も、もう限界だ。

大蛇との距離は、じわじわと狭まってきている。

このままでは、このわけもわからない状況のまま、あのヘビに喰われてしまう。


思えば人生、短いもんだ。

走馬灯のようによぎる今までの人生。その最後に浮かんだのはやはりというかなんというか、姪っ子の顔だった。ここまで来ると、自分のスバラシキ叔父バカっぷりを褒めてやりたい。

このまま可愛い姪っ子の成長も見れないままに、死んでいくなんて、絶対に嫌だ。

それが、俺の生きる原動力になった。

絶対に、あの子の元に還るんだ!!




……とはいえ、現実問題、背後に迫る大蛇に対抗する術は何もない。

手にはガラガラ。それだけだ。

走りながらポケットの中も探ってみたけれど、出てきたのはのど飴が2つほど。そうそう、喉がガラガラしてたんだよね。わぁ、ガラガラ繋がりだね!

…うん、脳内も疲れてきてるみたいだ。


まぁでも、つまり、今の俺に武器はない。

っていうか、日常生活を送る上で武器になるものを持ってるなんてそうそうないことだと思うけど。

刃物とか、せめてライターくらい持ってたらなんとか…なるものでもないだろうけど。

でも、のど飴とガラガラで何ができようか?

姪っ子ちゃんにするみたいに、ガラガラ鳴らしながら子守唄でも唄ってみる?

……それでヘビが寝てくれたらすごい。



そうは思いながらも、ものは試しでやってみた。他の手は思い浮かばない上に、体力・精神力ともに衰えてるからね…。


腕を振りすぎでガコガコいうだけだったガラガラを、優しく揺らす。

カラン・コロンと優しいキレイな音が出る。

…走りながらではなかなか難しい……。子守唄に至っては、無理だ。荒い息をするので精一杯だ。

口に出さないまでも、心の中で唄ってみる。


(眠れよい子よ……)


…子守唄の曲調では走りづらいことこの上ない。無理だ。

とりあえず、ガラガラを振るだけに留める。

というか、もう、それくらいしかできない。


カラン・コロン

カラン・コロン


この生死をかけた緊迫の場面に全くそぐわない音。


カラン・コロン

カラン・コロン


でも、キレイな、心安らぐ音。


カランコロン

カランコロン


このガラガラで、何度も姪っ子を寝かしつけた。

泣いてる姪っ子を、何度もあやした。


カランコロン

カランコロン


これで、大蛇が寝るなんてことがないことはわかってる。

けど、どうせ死ぬなら、あの子が好きだったこの音を聞きながら死ぬのも悪くない。


カラコロカラコロ

カランコロン


もう、ホントに、限界だ。






もう、走れない。

もつれた足はいうことを利かず、その場にどさりと倒れこんだ。

大木を背にへたり込む俺の、荒い息。その向こうから、ズルリ・ズルリ、と大蛇が近づく音がする。

もう、終わり、かな。


閉じていた目を薄く開けて、最期にもう一度、ガラガラを振ってみた。


カラン・コロン


あれ、もう視力もおかしくなってるのかな。ガラガラが、光って見える。


カランコロン

カランコロン


パステルカラーのガラガラから、優しい光が溢れていた。

光は、音を鳴らすたび、辺りに広がる。


カランコロン

カランコロン


光があまりに優しくて、すべての状況を忘れてガラガラを振っていた。

強張っていた身体の力が抜ける。

このまま眠ってしまいたい……


ドサリ


大きな音に、やっと我に返る。

そう、今俺は命の危機に陥ってるんだった!

…が、間近に迫っていた大蛇は、俺の目の前で力なく地面に横たわっていた。

え、どういうこと??





「睡眠の魔法とは、面白いね」

「え?」


急に掛けられた声に、心臓が止まりそうになった。

せっかく危機を脱したっぽいのに、びっくりして死んじゃったらどうしてくれるのさ!


キョロキョロ声の主を探せば、俺がもたれかかっていた木の上に、人影があった。

ちょっと遠いけど、でも、その姿は間違いなく――――――


「バニーさん!!」


頭の上にウサギの耳をつけた、ナイスバディーのお姉さんだった!!

服は違うけど、バニーさんそのもの!! 生きててよかった!!


「…確かに、私の名前はバニーだけど、何で知ってるの?」


バニーなのかよ!!というツッコミは声には出さなかった。うん、俺、偉い。


言いながら、バニーさんが木から降りてくる。結構な高さがあるのに、一気に飛び降りてびっくりした。

ふわりと着地したバニーさんは、近くで見てもナイスバディーだった!

生きててよかった!!(2回目)


「まぁいいや。キミの持ってる魔道具、変わってるね。睡眠と癒しの魔法なんて初めて見たよ。

 しかも、あの(ぬし)を眠らせるなんて、けっこうな魔力を持ってるんだね。

 それにしても、面白半分でやった召喚で、まさかヒトが来るとは思わなかったなぁ」

「えっと……どういうこと?」


なんかいろいろ身に覚えのないことが聞こえたんだけど。

魔道具? 魔法? 主? 魔力? 召喚???


「ま、端的にいうなら、お前は私がこっちの世界に召喚したんだ」

「はぁ?」

「何か面白いモノが来たらいいな、と軽い気持ちだったんだ。

 しかも、召喚したはいいが、現れる場所の指定を忘れててな。いや、無事でよかった」


なんていうか、いろいろ聞き捨てならないんですけど…。


「…俺は、何のためにここに?」

「…まぁ、あれだ、暇つぶし、だな」

「ひまつぶし……??」


え、何それ、なんの冗談かな?


「主を倒せとか、世界を救えとか、そういうんじゃなくて?」

「主には困ってたけど、自分らでなんとかできないこともなかったし、世界は至って平和だぞ」

「だったら、なんで!!」


なんで俺があんな恐い目に遭わなけりゃならないんだ!


「だから、暇だったんだって。

 たまたま、異世界召喚の魔道書を見つけて、道具も揃ったから、やってみた。

 まさか、ヒトが来るとは思わなかったけど。まあ、実際面白かった。ありがとう」

「どういたしまして…じゃなくて!!

 なんで俺が、あんたの暇つぶしのためにあんな死ぬ思いして、怪我してまでこんなとこ来なきゃならないんだよ!!」


だんだん怒りが湧いてくる。

なんで俺が、可愛い姪っ子と離れてまでこんな目に…。


「無事だったんだからいいじゃないか。

 それに、怪我も癒しの魔法で治ってるようだし」

「え?」


いわれてみれば、足の痛みがなくなってる。

あれだけ走った疲れも消えてる。

そして、あの、大蛇は深い眠りの中…。

魔法? ガラガラで? 何それ……。


何かもう、すべてが俺の常識を越えてる。

襖を開けたら違う世界で、大蛇に追いかけられて死にそうになって、ガラガラで魔法が使えて、バニーさんがナイスバディーで…。


「で、俺、還れるの?」


ナイスバディーはもったいないけど、とりあえず、もう、還りたい。

もう俺の頭では許容できない。もう、やだ。

帰って、姪っ子の笑顔に癒されたい…。


「還れるよ。

 たぶんその魔道具が元の世界を結ぶ鍵になってる。

 けど、せっかく来たんだし、もう少しこっちで遊んでけばどうだ? 案内するぞ?」

「いや、帰る」


ナイスバディーはもったいないけど(2回目)、帰ろうという意思に変わりはない。

ってか、ホントにこのガラガラが魔道具ってやつなのか?

確かにまだなんか光ってるけど…どうせならもっとかっこいいもので魔法使いたかった…。


「では、私が援護する。

 魔道具を持って、元の世界を思い描け。そうすれば、還れる」

「わかった…」


元の世界。

いつもの家の、いつもの部屋。可愛い姪っ子のいる、元の世界…。


カラン・コロン


振ってもないのに、ガラガラが鳴った。

と同時に、世界がかすむ。


「また、来いよ」


ナイスバディーなバニーさんがステキな笑顔でそう言ったのを最後に、視界が白で埋め尽くされた。








気がつけば、元の自分の家だった。

いつもの家の、いつもの部屋。


「エ~~~ン」


姪っ子が、目が覚めたのか泣き出した。

慌てて側に寄り、手にしたままのガラガラであやす。


カラン・コロン

カラン・コロン


しばらくすると、安心したのか、姪っ子はまた夢の中へ…。

その幸せそうな寝顔に、癒される。

ここに、帰って来れてよかった。



そして、いつの間にか姪っ子の横で寝てしまっていたようだ。

姪っ子はまだスヤスヤと眠っている。いい夢をみているのか、眠りながら笑う様は、なんとも可愛い。

あまりにいつもの日常に、全部が夢だったんじゃないかと思う。

けど、全身泥だらけのままだった俺に母さんと姉さんが揃って激怒し、夢ではなかったと気づいた。


ちゃんとキレイにしてくるんで、ガラガラで叩くのはやめてください…。







俺の家の襖は、時々、異世界に繋がる。

そして今日も、パステルカラーのガラガラを武器に、異世界を走る。



っていうか、毎度毎度、出たら魔獣の上って、勘弁してほしいんですけど!!





叔父バカな主人公。タイトルが詐称気味?恋愛要素がなくてスイマセン…。


ところで、ガラガラって、正式名称なんていうんでしょう??

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― 新着の感想 ―
[一言] 武器っちょ企画作品集から来ました。 赤ちゃんが持つガラガラ、ほんと正式名はなんでしょう? ガラガラで叩くかと思いきや、まさかの…(笑) 面白かったです! ちなみに、ガラガラで…
[一言] 遊森と申します! このたびは武器っちょ企画にご参加いただき、ありがとうございました。 これは意外な武器でした! お話を読んでいる間、あの優しい音が響いているような感じがしました。なるほど、眠…
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