『あなたを愛する事はない』と、先に言った私の人生
───この結婚は王命である。
大陸の中心である帝国に接するリンデン王国。その中にあって小さな子爵家の娘クロエは辺境伯コンスタン グランジュと王命により結婚した。
王都から遥々辺境の地へやってきたクロエは、夫となるコンスタンに会う事なく翌日には辺境伯の教会で慎ましく結婚式を挙げた。……相手からすれば格下の子爵令嬢との結婚、歓迎はされていないのだろう。
───そしてその夜、クロエの待つ伯爵夫婦の部屋に不機嫌さを全開にしたコンスタンがノックと共に訪れた。
「───待たせた」
不機嫌さを全く隠すそぶりもなく一言そう言って、コンスタンは扉の近くに立ったまま妻となった貧相な娘クロエを不躾に値踏みするように見た。
くすんだ紅髪に翠色の瞳、痩せてヒョロリとした見るからに不健康なその姿。王立学園を卒業したばかりと聞くが、まだ少女のようなおよそ自分の好みとは外れた娘。『辺境の金獅子』と言われる金髪碧眼の自分と似合うとはとても思えない、身分も姿も不釣り合いな娘。
……何故、王都で隠居する母上は、このような貧相な娘を私に当てがう事を許したのだ? ───そしてそれは『王命』を出した陛下もだ。
……全く。これは陛下や殿下が金獅子と呼ばれるこの私に嫉妬しての仕打ちとしか思えない。
コンスタンは益々怒りと不満を募らせた。
───そしてその貧相な娘クロエはジッとコンスタンを見ている。
大概の女性は金髪碧眼の美しくも逞しい辺境伯という高い地位のコンスタンを見ると頬を染める。……おおかたこの娘も夫となった美しい自分に見惚れているのだろう。
……全く、困ったものだ。コレだから子爵家の小娘などは。
コンスタンは自分に好意を寄せたのであろう相手を面倒に感じ、内心ため息を吐きながらクロエの前に立つ。
『───この結婚は王命によるものだ。回避することの出来ないものだったのだ。それに私には真に愛する女性がいる。
私がお前を愛することはない。せいぜいこの屋敷の隅で大人しくしているがいい』
そう言おうとコンスタンが口を開いた、その時。
「───私が貴方を愛する事はありません」
まさに自分が言おうとした言葉が、目の前の貧相な小娘から放たれた。
「───は?」
……なんだと? この小娘は、いったい今なんと言った?
コンスタンは目の前の、今日自分の妻となったばかりの娘をまじまじと見た。……そう、コンスタンは今この時初めて自分の妻の顔を表情までしっかりと見たのだ。
「───そもそもこの結婚は王命で、我が家は子爵家。断りたくとも断る事も出来ず……まあ父は喜んで私を差し出しましたけれど。……とにかく私に拒否権があるはずが無かったので仕方なくここにやって参りました」
まだ子供のような娘クロエがかなりの強い意志を持って語っている。先程の結婚式での弱々しい印象と大違いだった。
その鋭い先制攻撃に、コンスタンは思い切り最初の勢いを削がれた。……ただ茫然と書類上妻となったクロエを見る。
「───まあ貴方もこの結婚に乗り気ではないようですけれど。ローズ様、でしたわよね? 貴方と随分と仲がよろしいようですし、丁度良いでしょう?」
自分の事情を相手に知られている事に、コンスタンはカッと顔を赤くした。
「───私もこういう形は想像してなかったですけれど……まあ言ってみれば、自由にはなりたかったのです。その点はお互いの利害が一致したという事ですわね。ようございましたわ。
私の事は放っておいてくだされば結構ですから。……お互い自由に致しましょう」
余りにもアッサリと、小娘にこの美しき辺境伯と持て囃される自分を『要らない』と言われたコンスタンは一瞬唖然とした。
しかしそれならばこの辺境の地でこの娘は自由に何をするつもりかと苛立ちも生まれる。
「───自由に、と言ったがそれではお前は何をするつもりだ? ここは辺境。若い娘が楽しめる所などありはしないぞ」
まさか、この私と結婚するというのに恋人でも連れて来ているのか?
舐めた真似をされたものだと自分の事は棚上げしたコンスタンは、自分より年若い娘を睨み付けながら言った。
しかしクロエは最初キョトンとしてから、何を言ってるんだとばかりに反論した。
「何を仰ってるんですか……あるではないですか! この辺境の地には有象無象の魔物が暮らす魔の森が!」
目を輝かせ語るクロエに今度はコンスタンが何を言っているのだとため息混じりに言った。
「……これだから王都の世間知らずの娘は……。いいか、魔物というものは……」
「大丈夫です。魔物の事はよく知っております」
クロエはコンスタンの言葉に被せるように言い切った。
コンスタンは眉間に皺を寄せ、更に不機嫌になり睨み付けた。
しかしクロエはニコリと笑って言った。
「私の事はお気になさらず。───私、魔道具師なのでここはいわば素材の宝の山なのです」
コンスタンはまたしても何を言われているのか理解出来ずに問い返した。
「───は? いや、お前は子爵家とはいえ貴族の娘なのだよな?」
普通、貴族の令嬢は仕事をする事はない。勿論学園では魔法も習うし才能のある者は合った職業を選ぶ事はある。……が、通常才能アリとなっても貴族令嬢の場合は結婚した婚家の為にその才能を使う位だ。そしてこの辺境伯家の夫人が働く必要はない。
「───ええ、貧乏ですが正真正銘子爵家の娘です。昔から生活の為に魔物素材を使って魔道具を作り趣味と実益を兼ねていたのです。……実はご近所の引退した有名な魔道具師に師事して……コホン、とにかく花開いた魔道具師としての才能を学園で殿下に見込まれ、紆余曲折ありましてこうしてここに」
クロエは勢いづいて楽しそうに事情を話かけて、途中で我に返って真面目な顔で言った。
「あ、殿下とはセドリック王太子殿下です。実は学園の同じクラスで私の魔道具を面白いと大変興味を持っていただきまして。我が家が貧乏で魔物素材が揃わず苦労していると話したので今回私に白羽の矢が当たりこちらに来る話になったのかと」
「───な! それではこの結婚はお前のせいか! たかが魔物素材の為に私は……」
「───何を仰ってるんですか? 辺境伯という身で未だ独身の『不良物件』に送り込むのに丁度良いと思われたからでしょう?」
この結婚が決まった原因を聞き冗談じゃないと怒りが込み上げたコンスタンに、相手は更に自分を『不良物件』などととんでもない言いがかりを付けてきた。
「ッ!? なんだと? 私が『不良物件』!?」
「……あら。御自覚なかったのですか? 通常高位貴族なら幼い頃から婚約者がいて早いうちに結婚なさるものでしょう? 辺境伯という危険を伴うお立場なら尚更。……ご兄弟もいらっしゃらないようですし」
必死の形相で詰め寄るコンスタンにクロエは何言ってんだとばかりに答えた。
「───しかもその理由が、領地のメイドの娘と恋仲だからだなんて。……社交界でも有名ですわよ? 王都から遠く離れたこの辺境の地にまで来て形だけの妻になるお話なんて、受ける貴族令嬢は普通は居ないでしょう」
「なんだと? ……私は昔から令嬢方に囲まれてほとほと困っている! 『不良物件』などど……だいたい縁談はこちらから断ってるんだ! 今回は王命だから仕方なく……」
「こちらも『王命だから仕方なく』、ですよ。……それに令嬢に囲まれてっていつの話ですか?
私この結婚が決まってから貴方のことを調べましたし殿下からも包み隠さずご事情を聞いております。ですが貴方を慕っているというご令嬢は皆無でしたわ。……むしろ私は皆様方から同情されてしまいましたけれど」
もしも、万が一この辺境伯を想う貴族女性が王都にいたのなら、身分違いに近いクロエは嫌味を言われたり場合によっては嫌がらせをされた事だろう。
───しかしそんな事は全く起こらなかった。反対に同情され、お見舞いの品まで届くほどだったのだ。
流石に物事に頓着しないクロエもそれ程の人物なのかと彼の事を更によく調べた。……すると、想像以上だった。
確かに学園に通っていた当初は危険な辺境という事を差し引いても、その身分と容姿や実力で大層モテたそうだ。しかし本人が隠しもしないメイドとの恋にハマり込んだ様子に令嬢は一人二人と離れていき、卒業する時には……
『───ああ、あの方。遠くからチラリと眺めるくらいが丁度良いのよね』
という認識だったそうだ。
「───そんな訳で、ここに来る前から覚悟はして参りました」
「ッそんな、最初から私を色眼鏡で見ていたのか……!」
コンスタンは真っ赤になって怒りを表した。……確かに、その周囲の反応に心当たりがなかった訳ではなかったからだ。
学生時代、初めは随分と持て囃された。しかし何故か段々と女生徒達は遠巻きになっていった。
社交の場でも女性達は頬を染めてこちらを見るものの、決して近付いて来ようとはしなかった。偶に近付いて来る令嬢が居ても、少し話をするとすぐに離れていった。……自分の冷たい態度に諦めたのかと思っていたのだが。
「───私は職人気質な事もあり物事は実際自分の目で確かめる事にしています。……先程の結婚式、貴方の側で甲斐甲斐しくお世話をしこちらを睨んでいたご令嬢。……あの方がローズ様ですね」
「ッ! 彼女はこの屋敷で私の世話をしてくれている! それが仕事なのだ、非難される謂れはない!」
ムキになって言い返すコンスタンを見たクロエはスッと表情を無くし、目を細め器用に口角だけを上げて答えた。
「結婚するというのに愛人を同じ屋敷の自分の世話係に、ですか。
───ああ、実を言うと勿論その事は殿下もご存知です。なので私専用の侍女と護衛を付けていただいているのですよ。王家からの人材なので余計な手出しをすると直ちに報告が飛びますよ」
「なんだと!? それではまるでこちらがお前に何か嫌がらせでもするようではないか! 私はお前を愛するつもりはないが、王命での妻に酷い扱いなどするつもりはないぞ! 見損なってもらっては困る!」
最初の勢いからすっかり日陰者にでもするつもりかと思ったが、本人は案外真っ直ぐで後ろ暗い事はするつもりはなかったらしい。しかし……。
「まあそうなのですか? ……でも残念ながら既にもう『された』のですわ。ですから、貴方のローズ様には王家からの処罰がくだされると思いますわ」
「ッ! 貴様ローズに何をした!!」
コンスタンは顔色を変えて詰め寄った。……が、クロエは動じない。
「……話を聞いておられました? 『こちらがローズ様にされた』のですわ。ご自分の息のかかった侍女達と結託し、ウェディングドレスを破る、部屋は屋根裏部屋を用意、こちらに到着した際出された飲み物には弱い痺れ薬が入っておりましたわ」
まあ薬は私が開発した魔道具ですぐに分かりましたし他の嫌がらせも優秀な侍女や護衛が処理してくれましたが、とクロエは笑って見せた。しかし実のところは少し怒ってはいたのだ。
噂には聞いていたけれど、愛人が同じ屋敷に住んで一部の使用人までも彼女に加担し『王命で結ばれた夫人』に悪意をぶつけてくるだなんて。
───だから、それを知った時クロエは決めた。王命での避けられない結婚ならば、相手に縛られず自由に生きる事を。そもそもセドリック王太子からも条件としてそうして良いと言われていた。
それでもこの伯爵夫婦の部屋に入って来たコンスタンの顔を見るギリギリまで、こちらから不義理を言う事を迷ってはいたのだ。
しかし先ほどこの部屋に敵意を剥き出しにして現れた夫コンスタンの顔を見た時に、クロエはハッキリと自由になる道を選んだのだ。
「───そういう訳ですので、悪しからず。結婚式には王家の遣いもおいででしたので、今頃はローズ様達は辺境伯夫人に毒を盛った容疑で捕えられているかと」
その言葉を聞いたコンスタンは顔色を青くした。
「ッローズ!!」
そして振り向きもせず部屋を出て行った。
───部屋に残されたのは、辺境伯夫人クロエ。
「───ヘレン。いるのでしょう」
クロエが一声かけると、静かに一人の侍女が現れた。
「お呼びでございますか」
「まあなんというか、見事に殿下の仰っていた通りになったわ。───そちらは?」
「はい。奥様に毒を盛った犯人達は王家の使者の指揮により直ちに捕えられております。……本人達はちょっとしたイタズラのつもりだったと申しているようですが、そのような言い訳が通じるはずがございませんので」
淡々と語る王家の有能な侍女にクロエは頷いた。
「そう。───それでは私の新しい部屋に案内してくれるかしら」
「はい。奥様のご要望のお部屋に仕上がっております。ご実家から魔道具作りの為の用具類なども既にお運びしております」
「もう届いているのね。さすが王家、仕事が早いわね!
……旦那様がきちんとした方ならこの屋敷からの通いになるかと思っていたけれど、もうそちらの部屋に住み込みでよさそうだわ……。ヘレン達はそれでも大丈夫かしら」
「勿論でございます。むしろ別邸に住む気満々でございましたので嬉しゅうございます」
「───まあ、そうなのね。良かったわ」
そう言ってクロエが身支度を整え部屋から出ると王家からの護衛リアムが控えていて、戸惑う執事や使用人達に軽く挨拶して三人は別邸に移った。
別邸は本邸よりは小さいとはいえ急遽用意されたと思えない程の豪華さだった。
「───明日改めて屋敷内をご案内いたしますが、この屋敷は元は二代前の辺境伯夫人が住まわれていたそうでございます。王都生まれの夫人に辺境の地に留まってもらう為に、当時の辺境伯様が王都風にお建てになられたとか」
ヘレンはそう言いながら、使用人達に指示を出しクロエをこの屋敷の寝室に案内する。
「二代前の伯爵様は愛妻家だったのねぇ。……まあ旦那様もある意味一途ではあられた訳だけれど。
───ローズ様が捕まって、これからどうなさるかしら」
「───辺境伯閣下が何をされようとも、私達が奥様をお守りいたしますのでご心配には及びません」
護衛リアムが力強く言葉をくれた。
その隣ではヘレンが頷いている。
「───そうね。では私は私のやりたい事をやらせていただきますか!」
「この地域のギルドには話はついておりますので、明日にでも魔物素材の話し合いが持てると思います」
「そう。……俄然やる気が出て来たわ! 明日から忙しくなりそうだわ、楽しい自由な魔道具師生活の始まりね! 2人ともこれからよろしくね」
ヘレンとリアムは微笑んで頷いた。
……2人は王家からの依頼で彼女付きとなった。王子からくれぐれも頼むと言われて会ったまだ少女のようなクロエをまるで妹のように微笑ましく可愛く思うようになっているのだ。
───そうして、クロエは辺境の地でたくさんの魔物素材を使った魔道具達を作り出し、国と王家に貢献した。
◇
───5年後の王宮にて。
そこでは国王主催の華やかな夜会が行われていた。
「グランジュ辺境伯夫人クロエ。貴女の作り出した魔道具のお陰で我が国は繁栄し周辺国からも一目置かれている。───友として誇らしいよ」
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます。───陛下」
グランジュ辺境伯家は夫人の魔道具師としての活躍で有名になっていた。
そして今日は国の功労者を称えるパーティー。
今は国王となったクロエの同級生セドリックは友人ににこやかに話しかけ、ダンスを申し込んだ。
二人は手を取り踊り出した。
「───最初は申し訳ない事をしたかとは思ったが、魔道具師として国に貢献してくれたばかりか見事に辺境伯家を建て直してくれた。本当に感謝しているよ。───そして、益々美しくなったね、クロエ」
今のクロエは結婚当初と違い栄養状態も良く、美しき辺境伯夫人として磨き上げられている。当時のくすんだ紅色の髪は本来の美しいピンクに輝き、瞳は輝く翠色。元々の可愛らしい顔立ちは輝きを放ち年齢不詳の美魔女のようだった。
「光栄にございます。陛下も大変ご立派におなりです。───学生時代のあの頃よりも、……ずっと」
そう言って少しイタズラっぽい上目遣いで見るクロエにセドリックは満足そうに頷いた。
「ありがとう。クロエは今となっては辺境の……いや我が国の宝だな。
……それにしてもあのコンスタンが、随分大人しく可愛らしくなったものだねぇ」
国王と踊る妻の姿を心配そうに見つめる『金獅子』コンスタンに国王が視線をチラリとやると、クロエは困ったように答える。
「───最初にローズ様が投獄されたのが大きかったようですね……。牢で罵詈雑言を叫ぶローズ様を見て百年の恋も醒めたようですわ。その後も様々な不正が出て彼女の散財やその周りの横領が辺境伯家の財政をかなり圧迫していた事も明らかになりましたし。
……そこからの彼は、ほぼこちらの言うなりでしたわね。それで私の仕事も捗りましたし、王家の有能な官吏に入ってもらい財政等建て直しが行えたので有り難く思っておりますわ」
「そうか。ご苦労だったね、クロエ。
……なんならそろそろ王都に戻って来るかい? 今の君の立場なら魔物素材の為だけに辺境の地に居る必要もないだろう」
セドリックの誘いに一瞬目を瞠ったクロエだったが、すぐに笑顔を貼り付けた。
「……私は辺境の地が気に入っておりますので。そして旦那様は今はまるで子犬のようなのですもの。あんな子犬のような目で縋られていては手を振り払う事など出来ませんわ」
クロエの答えを聞いたセドリックは少し黙ってから頷いた。……クロエが断るだろう事は分かってはいたのだ。
「───まあクロエが良いなら構わないのだけれど。……ふ。アイツが子犬か……。飼い主に懐く駄犬のよう、という事だな」
そう言って、普段余り表情を出さない国王セドリックが笑う。銀髪に青い瞳の怜悧な美貌の国王がクロエに微笑んだと、また周りからやっかみを受けそうだ。
───二人は学生時代から仲の良い友人だったが、当時セドリックのクロエへの好意的な態度に嫌がらせを受ける事も少なくはなかった。
しかも今は、愛するローズに裏切られた後に国や領地の為にと働くクロエに惚れ込んだらしい、夫コンスタンの嫉妬もある。
クロエは気付かれぬようため息を吐く。
「───陛下。私はこの後すぐに領地に戻ります」
「───ああ、レオンとセレナが待っているのか。次は一緒に王都に連れてくるが良い。我が子達と歳も近いのだし」
セドリックはその魅力的な青い瞳を細めてクロエに笑いかける。
「───まあ。子供達と仲良くしていただけるのは嬉しいことですわ」
辺境伯と王家ならば、周囲にとやかく言われる事もないだろう。
───幼少の頃に引き取られた子爵家で父や継母達から酷い仕打ちを受けて育ったクロエ。そんな中で学園に入り、クロエ唯一の趣味の魔道具を見て面白いと言ってくれた、輝かしい憧れの存在。
大きな身分の違いもあり結ばれる事など無いと初めから分かっていた。だから今、せめて彼の役に立てているだろう事が心から嬉しい。
本当のところ、クロエはセドリックが自分をどう思っているかは分からない。……ただ、本当に困った時には必ず助けてくれるし、ずっと友人として繋がっている。
辺境伯との結婚が王命で決められた時はショックだったが、王家から優秀な護衛や侍女を付けてくれた。それはおそらくセドリックが付けてくれたのだ。だから他の人よりはクロエを大切に思ってくれているのかもしれないとは思っている。
───それで、十分だ。
身分違いの恋など、誰も幸せにならないのだから。
◇
ダンスを踊り終え去って行くクロエの後ろ姿を、セドリックはチラリと見た後王妃の隣の国王の椅子へと向かう。
「待たせたね」
いつもの、冷静沈着な王としての態度。
王妃は王をジッと見て小さく言った。
「───少し、妬けますわね」
先程のクロエとのダンスのことを言っているのだろう。
「───彼女は学生時代からの友人であり辺境伯夫人であり、そして様々な魔道具で我が国を繁栄させる功労者でもある」
有無を言わさずそう言った後、他の貴族達の相手をする国王を見て王妃は小さく呟いた。
「───狡いお方……」
セドリックはそれに気付いてはいたが気にするつもりは全く無い。……ただし、彼女がクロエに何かをする事は絶対に許さない。
辺境伯コンスタンもそうだ。彼は『金獅子』と呼ばれ辺境伯としては立派だが気位が高く若くから愛人を囲う最低な人間。しかしセドリックはコンスタンが利害関係のある者を虐げるような馬鹿な事はしないとよく知っていた。……だから、彼を選んだ。
セドリックは国王の子として生まれた以上、愛する者と結ばれる事などあり得ないと昔から理解している。
無理を通せば国が荒れる。そして勿論結局はお互い幸せになどなれない。それが分かっていて突き通すつもりはなかった。
だからこそ愛する者を目の届く場所で、誰にも手を出せない立場にする事で守る。
それが、セドリックの選んだ愛し方だった。
◇
「クロエ。……幾らなんでも陛下と踊るのはどうなんだろう?」
ダンスを終え戻って来た妻クロエに、コンスタンは心配そうに言った。
クロエはパーティーから帰る為に王城の廊下を歩きながらその質問を流すように答える。
「───まあ貴方。陛下からのダンスのお誘いを断る事など出来ませんわ。それに今回は私の魔道具の褒賞としてのダンスでしたのよ」
「しかし君は私の妻で……」
「───コンスタン」
スッとクロエは足を止め、強い琥珀の瞳でコンスタンを見据えた。
「最初に、約束いたしましたでしょう? ───私達は自由。そして貴方を愛する事はない、と」
「───クロエ……」
「勿論、辺境伯夫人としての仕事はいたします。───魔道具優先ですけれど。いえ、レオンとセレナの母としてが一番ですかしらね」
そう言い切ってまた歩き出した愛しい妻を、夫は縋るように追いかけた。
◇
───吟遊詩人は謳う。
リンデン王国は賢王と讃えられる国王を戴き、美しき王妃がそれを支える。そして魔物が跋扈する魔の森を金獅子と呼ばれる辺境伯が抑え、その辺境伯夫人は魔道具で人々の暮らしを守り更に豊かにしたと。
リンデン王国の、輝かしい繁栄の時代の詩である。
《完》
学生時代、真実の愛に気付きながら国王となる者の責任を優先させた、『婚約破棄をしなかった王太子の話』、でもあります。
伴侶とはなれませんでしたが生涯友人として繋がり、その人生を守りました。




