未来からの、声が聞こえる。
○1
3月
多目的室
黒板にチョークで殴り書きする音が聞こえた後のセリフ
未来「私なんていてもいなくても変わらない存在だ」
しばしの沈黙の後
未来(その時、私は信じられないものを見た)
チョークで黒板に文字を書く音とともに
未来(チョークが勝手に動き出し、黒板に文字を書きだしたのだ)
チョークで書き終わると同時に
勇気「どうしてそう思うの?」
驚く未来
未来「誰? ……誰なの?」
しばし沈黙。しかし誰も現れない。
未来(私は、恐る恐る黒板に書いた)
チョークの音とともに
未来「誰なの?」
チョークの音とともに(しばらくチョークの音と同時にせりふを発する)
勇気「僕の名前は勇気。君は?」
すこし、躊躇しながら言う
未来「……未来」
勇気「未来。いい名前だね」
未来「ねえ、あなたはどこから書いてるの? 手品?(あわてた感じで)」
勇気「どこからって、多目的室だよ。君の方こそ手品かと思った」
未来「多目的室って……あなたの姿はないよ」
勇気「僕も君の姿は見えない。教室には僕一人だけだよ」
未来(どういうこと……?)
勇気「君は、何年生?」
未来「一年生です」
勇気「僕は三年生。今週。つまり2017年の3月8日にめでたく卒業するよ」
未来「2017年って……何言ってるんですか?」
勇気「何が?」
未来「今年は2010年ですよ?」
勇気「……え? ……もしかして」
未来(私は気づいた。私は黒板を通して、7年先の未来の先輩と話しているということを)
未来(こうして、私の人生を変える、黒板での会話が始まった)
○2
チョークで書く音を消す
会話を重視するために表現を省く
音楽1、挿入。
勇気「ところで。どうして未来は放課後に多目的室にいるの? こんなところにいても面白くないと、僕は思うんだけど……」
未来「そういう勇気……先輩も――」
勇気「(微笑みながら)勇気でいいよ」
未来「勇気……も、もうすぐ卒業するはずなのに、どうして……」
勇気「卒業間近にここに忘れ物をしたんだよ。それを取りにここに来たら、未来の思いが黒板に書かれていたんだ……」
未来「そうだったんですか……」
勇気「それで。未来は何で多目的室に?」
未来「……多目的室って、放課後になると、誰もいなくなるじゃないですか」
勇気「そうだね。授業のときくらいしか使わない」
未来「だから、一番居心地がいいんです、誰もいない教室、って言うのが」
チョークの音を出す
未来「それに……」
勇気「それに?」
未来(話してもいいんだろうか。自分自身のことを……)
○3
沈黙
やさしい声で勇気が語りかける
勇気「未来。話したいことがあったら話してね。どうせ僕は7年後の未来にいるし、それ
にもうすぐ卒業して、ここからいなくなるんだから。気にすることはないよ」
未来(なぜだろう。勇気になら、自分自身のことを話せる、そんな気がした)
多少の沈黙(未来が考えた)後に、話し出す
ゆっくりと告白する
未来「私、家に帰りたくないんです……。家に帰っても居場所がない気がして……」
勇気「居場所が、ない?」
未来「はい……。家にはお父さんとお母さんと私と妹の4人が住んでいるんですが、私がその中にいない。いないほうがいい気がするんです……」
勇気「……何か、あったの?」
○4
沈黙の後
チョークで書き始まる(途中でフェードアウトさせる)
音楽2、挿入
未来「お父さんとお母さんは芸術が大好きなんです。絵画だったり、音楽だったり、舞台だったり。そのせいか、子供が生まれたら芸術の道へ歩ませたいと強く思っていたみたいなんです。
だから、私も色々な芸術を観たり、聞いたり、習ったりしたんです。……でも私は期待にこたえることができなかった。何をやっても駄目だったんです……。芸術を受け入れることも、芸術の道を歩むことも、できなかった……。
だけど妹は違ったんです。芸術を受け入れて、芸術の道を歩み始めた。妹は今、ピアニストを目指しているんです。お父さんとお母さんは妹を全面的に応援して、サポートして。妹が生活の中心なんです。
期待にこたえて、目標に向かって進む妹が、すごくうらやましいんです。私は期待にこたえられず、高校生になった今でも明確な目標がない……。
そして私は思うようになったんです」
勇気「私なんていてもいなくても変わらない存在。か……」
○5
沈黙
すると、下校時の歌(ドヴォルザーク「家路」)が流れる
生徒「下校時間になりました。校内に残っている生徒は速やかに下校しましょう」
勇気「……もう、帰らなきゃ」
未来「……そう、ですね。帰らないと」
勇気「未来。僕が未来に贈る言葉がある。この言葉を忘れないで欲しい。それはね――」
声、効果音、BGM、すべてが消える
○6
チャイム
教室のガヤの中、廊下を走る未来
大人未来(私は黒板を通した不思議な会話のおかげで、目標を持つことができた。私は母校の教師になった。教師として勇気に会いたかったからだ。勇気にただ「ありがとう」と伝えたかった。しかし、『勇気』という名の生徒は何処にもいなかった……どうしてだろう?)
大人未来(いけない……多目的室に、出席簿置いて来ちゃった……)
多目的室の扉を開ける
ガヤ音が消える
大人未来(私は、懐かしいものを見た)
一番最初の台詞。フラッシュバック。エコーか?
未来「私なんていてもいなくても変わらない存在だ」
息を呑む未来
大人未来「そこには確かに、7年前の私の思いが書かれていた」
今までの勇気の声がフラッシュバックする
音楽3、挿入
勇気「どうしてそう思うの?」
勇気「どこからって、多目的室だよ。君の方こそ手品かと思った」
勇気「僕は三年生。今週。つまり2017年の3月8日にめでたく卒業するよ」
勇気の声が徐々に、大人の未来の声に変わっていく
大人未来「卒業間近にここに忘れ物をしたんだよ。それを取りにここに来たら、未来の思いが黒板に書かれていたんだ……」
大人未来「未来。話したいことがあったら話してね。どうせ僕は7年後の未来にいるし、それにもうすぐ卒業して、ここからいなくなるんだから。気にすることはないよ」
大人未来「そうか……。勇気の正体は、私だったんだ……」
大人未来(私の目標であり、唯一私を理解してくれて、自信を持たせてくれて、私に優しくしてくれたのは、勇気じゃない。私自身だったんだ……)
○7
沈黙
大人未来(私は7年前の自分に、何と語りかけるのだろうか)
大人未来「よし」
黒板にチョークで書く効果音と共に
大人未来(私は黒板に書いた。7年前の自分に向かって語りたかったことを)
効果音、フェードアウト
勇気「未来」
大人未来「未来」
音楽4、挿入
心の底からの、優しい声で語りかける、未来
大人未来「君のことを世の中に一人でも思ってくれる人がいると言うことを、どうか忘れないで欲しい。それはね、自分自身だよ。だから自分自身をこれ以上、傷つけないで。未来は家族のことをすごく思っている。未来が家族に向ける優しさを、今度は未来自身に向ける番だよ。だから自分だけは自分の味方であって欲しいな」
7年前の未来に言葉が届く
涙ぐみながら話す、未来
未来「勇気……私は私が嫌いだった……。才能もないし、期待に応えることもできない私なんて、いてもいなくても変わらない存在だって思ってた……。でも勇気は私のことを認めてくれた。その言葉の一つ一つがすごく、嬉しい……。私が私を認められるように頑張る、よ」
未来「勇気……」
音楽、消す
未来「ありがとう」