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第5話

「——確定だ」

白い天井を見上げながら、重いため息をつく。

あの日、ひなたが看病を終えて帰宅した後。

俺の体調は、あざ笑うかのように一気に悪化した。

朝は指一本動かせないほどだったのに、ひなたが来て、触れた途端に霧が晴れた。

——そして、彼女が去った瞬間に、また地獄に引き戻される。

「……分かりやすすぎだろ」

苦笑するしかなかった。

もう、疑う余地なんてどこにも残っていない。

翌日、俺はすがるような思いで病院を訪れていた。

「……どうですか、先生」

カルテをめくる医師の指が止まる。

「正直に言ってもいいですか?」

「……どうぞ」

「……ありえない数値です」

「は?」

思わず聞き返した。

「回復しているんですよ。本来なら、急激に悪化しているはずの病状が、劇的にね」

医師は困惑の表情を隠さない。

「何か、生活に変化はありましたか?」

「……」

ある。ありすぎるほどだ。

だが、それをどう説明すればいい。「女子高生に抱きつかれたら治りました」とでも言えというのか。

「……特には」

「そうですか……」

納得のいかない顔の医師が、声を潜めて続けた。

「ただ、この状態が続くとは限りません。むしろ、反動で一気に悪化する可能性もあります」

その言葉が、鉄の塊のように胃に落ちた。

反動。

延びた命の分だけ、後で支払わされる代償。

「……分かりました」

それ以上、現実を突きつけられる勇気はなかった。

帰り道、夕闇に沈む街でスマホを取り出す。

ひなたからのメッセージが届いていた。

『今日も一緒に帰る?』

たった一行。

いつもなら即座に返すその指が、凍りついたように止まる。

返せば、会える。触れられる。楽になれる。

——生きられる。

けれど、ふざけるなという思いがこみ上げる。

もしこの仮説が正しいなら、ひなたは俺を生かすために、何かを削っているのではないか。

命か、魂か、それとも別の何かか。

どちらにせよ、これが「無償」であるはずがない。

「……そんなの、受け入れられるわけがないだろ」

俺は奥歯を噛み締めた。

『今日は用事あるから無理』

拒絶の言葉を打ち込み、送信する。

既読はすぐについた。

少しの沈黙の後。

『そっか』

それだけの、短い返信。

いつもなら食い下がってくるはずの彼女の静かさに、胸がキリリと痛んだ。

だが、これでいい。これが正しい選択なんだ。

その日の夜。

「……っ、は……っ」

ベッドの上で、激しい呼吸が部屋に響く。

苦しい。昨日までとは比較にならない。

身体が、明確に「終わり」の音を立てていた。

スマホの画面に光る「白宮ひなた」の名前。

タップ一つで、彼女は来てくれるかもしれない。触れれば、またあの安らぎが手に入る。

「……ダメだ……っ」

自分を律するように、スマホを投げ出した。

これは依存だ。それも、相手を蝕むかもしれない最悪の形の。

「……っ、くそ……」

意識が遠のいていく。視界がぼやけ、闇が迫る。

このまま、このまま消えてしまえば楽になれるのか。

そんな卑怯な考えが頭をよぎった瞬間——。

ピンポーン。

意識の淵で、インターホンの音が聞こえた。

こんな時間に、誰だ。

動けない身体を無理やり引きずり、壁を伝って玄関へ向かう。

ドアを開けた、その先に。

「やっぱり」

泣きそうな、けれど怒ったような顔の彼女がいた。

「来たよ」

白宮ひなただった。

「……なんで」

かすれた声で問う。

「だって、無理って言い方が、無理してる人のそれだったから」

ひなたは強引に中へ入り、俺の腕を掴んだ。

その瞬間。

「……っ」

魔法のように、身体が軽くなる。

「全然、大丈夫じゃないじゃん」

「……悪い」

「謝るとこじゃないでしょ」

ひなたは俺を支え、ゆっくりとベッドへ運ぶ。

「なんで言ってくれなかったの」

言えるわけがない。お前が俺を生贄のように生かしているなんて。

「……心配、かけたくなかったんだ」

「……バカ」

彼女の声は、どこまでも優しかった。

「ねえ仁。無理しないでよ」

「……ああ」

「私、いるんだから」

その言葉が、今の俺には何よりも残酷に響いた。

嬉しい。けれど、それ以上に怖いんだ。

その夜も、俺は生き延びた。

彼女がそばにいて、触れていたから。

そして確信する。

俺の命とひなたの存在は、分かちがたく繋がってしまっている。

だからこそ、決めたんだ。

このままではいけない。

翌朝、いつも通りの教室。

「おはよー、仁!」

いつものように眩しい笑顔で駆け寄ってくるひなた。

俺の中の決意が、鈍く光る。

「今日さ」

「ん?」

「……少し、距離を置こう」

ひなたの笑顔が、凍りついたように固まる。

その表情に胸を抉られる思いがしたが、俺は視線を逸らさなかった。

これは、俺が生きるためじゃない。

——ひなたを守るために

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