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第1話

※物語のはじめが君の命に似てますが、関係はございません。

※河西仁は固定の主人公です。


「——余命、三ヶ月です」



その言葉は、あまりにも軽かった。



まるで明日の天気を予報するかのように、医者は淡々と、けれど申し訳なさそうに視線を伏せた。



「……は?」



思わず聞き返した俺の耳に、白い診察室の静寂が入り込む。



ツンとした消毒液の匂い、壁に貼られた「健康な食生活」のポスター。



すべてが作り物のように現実感がない。



「進行がかなり早いんです。正直、もって三ヶ月でしょう」



ドラマならここで泣き叫ぶのか、あるいは絶望に打ちひしがれるのか。



けれど、俺の口から出たのは、自分でも驚くほど乾いた言葉だった。



「……そう、ですか」



心に穴が空いたみたいに、感情がどこかへ抜けていく。



泣くことも、怒ることも忘れてしまった。



「学校は……どうされますか?」



「行きますよ」



食い気味に答えていた。



どうせあと三ヶ月しかないのなら、いつも通りの日常を過ごしたい。



それが、惨めな運命に対する精一杯の強がりだった。



病院の外に出ると、空はやけに突き抜けるような青さだった。



皮肉なほどの快晴に、思わず乾いた笑いが漏れる。



「はは……余命三ヶ月って顔してねえな、俺」



スマホのカメラを起動して、画面に映る自分を眺めてみる。



少し眠そうで、やる気のない、いつもの「河西仁」がそこにいた。死の影なんてどこにも見当たらない。



だから余計に、自分が消えるという実感が湧かなかった。



次の日。俺は何食わぬ顔で登校した。



「おーい仁、昨日サボっただろ」



「うるせえよ、ちょっと病院行ってただけだ」



友人の軽口を適当にあしらい、いつもの席に座る。



黒板のチョークの音、休み時間の喧騒。昨日までと何も変わらない風景。



それなのに、不意に心臓の奥がじわじわと熱い針で刺されたように痛む。



「……っ」



胸を押さえ、机に突っ伏した。



最近繰り返されるこの発作。



病名を知った今、その痛みはより鮮明に、死へのカウントダウンを刻んでいるように感じられた。



「大丈夫か?」



「平気平気、ちょっと寝不足なだけ」



心配そうに顔を覗き込む友人に、貼り付けたような笑顔を返す。



あと三ヶ月。



その言葉が、頭の奥で警報のように鳴り続けていた。



放課後、夕焼けが街をオレンジ色に染める中、俺は一人で家路についていた。



「あと何回、この夕日を見られるんだろうな」



なんて、柄にもないセンチメンタルな思考に鼻で笑う。



その瞬間だった。



視界がぐにゃりと歪み、地面が迫ってくる感覚。



「……っ、は?」



足に力が入らない。



膝が折れ、身体が歩道に投げ出されそうになったとき——。



「危ないっ!」



ふわり、と。



花のようないい匂いと、柔らかい感触が俺を受け止めた。



「大丈夫!? すごい勢いで倒れたけど!」



耳元で響く、明るくて通る声。



ゆっくりと顔を上げると、そこには同じクラスの女子、白宮ひなたがいた。



「……え?」



肩で切り揃えられた柔らかな髪、ぱっちりとした瞳。

何より、彼女との距離が異常に近かった。というか、ほぼ抱きしめられている。



「顔赤いよ!? 熱あるんじゃない!?」



「いや、あの……ちょっと離れろよ」



「え、なんで? 支えないと危ないじゃん」



当たり前のように言い放つ彼女に、俺の理性が揺らぐ。



普通、クラスメイトをこんなに密着して助けるか? 別の意味で心臓が止まりそうだ。



「ほら、ちゃんと立てる?」



ひなたが俺の腕をとり、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。



その瞬間、俺はある「異変」に気づく。



さっきまで胸を掻きむしっていたあの鋭い痛みが、嘘のように消えていた。



霧が晴れるように身体が軽くなり、冷え切っていた指先に体温が戻ってくる。



「どうしたの?」



「いや……なんでもない」



戸惑いながら答える。



気のせいか? それとも、ただの偶然か?



けれど、ひなたが心配そうに覗き込んでくるたび、俺の身体から不吉な「死の気配」が遠のいていくような気がした。



「じゃあ、一緒に帰ろ? 一人で帰らせるの危ないし」



「いや、別に平気だって……」



「ダメ。さっき倒れた人の“平気”なんて信用できません!」



正論を突きつけられ、俺は黙り込むしかなかった。



ひなたは当然のように俺の手を握り、歩き出す。



「おい、離せって」



「えー? やだ。なんかね、こうしてると安心するから」



にこっと笑う彼女の無邪気な横顔を見て、俺は言葉を失った。



手を繋いでいる間、俺の身体は驚くほど楽だった。まるで、彼女に触れていることで、削られた命を補給されているような——。



「お前、なんでそんなに距離が近いんだよ」



「え? 普通じゃない?」



本気で不思議そうに首を傾げる彼女。


その天然な振る舞いの裏に、何か決定的な秘密があるような気がして、俺はそれ以上聞くことができなかった。

次回公開は

3/21 23:00〜

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