第六十七話 最大のピンチ
「すー……すー……」
戻って来てから、アルフレッドはずっと眠り続けている。苦しそうな感じはしないから、どこか痛いとか、苦しいとかは無さそうとはいえ、心配なものは心配だ。
「きっと、私が目を覚まさなかった時も、皆様もきっと同じ気持ちだったのでしょうね……」
当の本人だった私は、そんなの知らずに眠り続けて……倒れている時点で、まだまだ私は精神的に弱いという証拠だろう。どんな予知でも受け入れ、痛みや苦しみを耐えられる聖女にならないと、また迷惑をかけてしまう。
「そんなの、嫌だわ……」
アルフレッドの頭を指で撫でていると、たまにくすぐったそうにモゾモゾ動くのが、本当に可愛くて仕方がない。帰ってからも、たまにはこうしてもらいたいくらいだ。
――なんてのんきなことを考える時間は、すぐに終わった。こんな汚い元倉庫に、お姉様がやってきたからだ。
「お姉様? こんなところにお越しになられるなんて、珍しいこともありますのね」
「…………」
私の声に、お姉様は一切の反応を示さない。なんていうか、私の声なんて耳に届いていないというか……とにかく、明らかにいつもと様子が違う。
……嫌な予感がする。予知で見たわけではないのに、ここから離れないと面倒なことになると、私の予感が警報を鳴らしていた。
「排除する……私達の生活を脅かすものは、すべて排除する!!」
「っ……!?」
まるで目玉が飛び出るのではないかと思うくらい目を見開いたお姉様は、部屋中に真っ赤な魔法陣を描いた。
赤い魔法陣……間違いない。これは炎魔法を使う際に使う魔法陣だ。それも、この特徴的な形……レイラ様の授業で習った、大爆発を起こす魔法だ!
確か、一つ一つの威力はとてつもないが、その分発動に少しだけ時間がかかると言っていたはず。
こんなところで大爆発を起こす魔法なんて使えば、自分だってタダでは済まないというのに……! とにかく、アルフレッドを連れてここから離れないと!
「きゃははははっ!! 排除!! 排除する!!」
眠り続けるアルフレッドを抱き抱えた私は、力任せに窓を開けて遠くに逃げる。後ろから、お姉様の狂気に満ちた笑い声があまりにも恐ろしくて、何度か転びそうになった。
早く、ここから離れないと……私はこんなところで死ぬわけにはいかない! それに、私がここで頑張らなかったら、必死に体を張ってくれたアルフレッドに顔向けができない!
「そ、そうですわ! 今こそ、教わったあの魔法を使う時!」
どうすればこの危機を脱することが出来るか。それを考えていると、レイラ様の授業の一幕を思い出した。
『セリア様もご存じの通り、ソリアン国には王家に反発する者がいるというのが現状です。我々がお傍にいれば、当然セリア様をお守りいたしますが、必ずそうなるとは言い切れません。なので、今日の授業ではご自分の身を守る魔法……防御魔法をお教えいたします』
そう言って、レイラ様は私に防御魔法を教えてくれた。その時の授業では、魔法の才能がからっきしの私にはうまく扱えなかったが……今はそれを使うしか、この危機を脱することは出来ないだろう。
「一度も成功したことはありませんが、やるしかありませんわ!」
必死にその場から逃げながら、私は手のひらに青い魔法陣を描くと、それを自分の体に押し付ける。すると、ふんわりとした柔らかい光が、私の体をそっと包み込んだ。
よかった、なんとか発動することはうまくいった。レイラ様が実際に見せてくれたものと比べて、随分と光が弱いけど、無いよりは絶対に良いはずだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
お姉様の大絶叫と共に、辺り一帯が眩い光に包まれる。それから間もなく、耳をつんざく爆発音と全身を焼け焦がす熱風、そして四肢を引き裂く爆風が私に襲い掛かってきた。
私の出来損ないの防御魔法では、辺り一帯を吹き飛ばす魔法を完全に防ぎきることは出来なかったようで……熱風と爆風は、容赦なく私の体を痛めつけていく。
「が、はぁ……ま、負けるものですか……絶対に……絶対に……!!」
防御魔法のおかげで、なんとか即死は免れた私は、必死に激痛に耐えながら、新たに防御魔法をかけ直しつつ、アルフレッドが怪我をしないように、体を丸くしてその場に倒れた。これ以上、遠くに逃げることは無理だと悟ったからだ。
しかし、新しくかけ直した防御魔法も、すぐにその力を急激に失っていき、再び私の体を滅ぼそうとしてきた。
「一度でダメなら、何度でもやってやりますわ! 耐えることに関しては、私は誰にも負けない自信がありますのよ!!」
幼い頃から、大切な家族であるお母様を奪わた。ただ血が繋がっているだけで、家族と呼べる代物ではない人間や、一方的に私を恨む人間に虐げられた。見たくもない他人の不幸を見せられて、その痛みを味合わされてきた。
他にもたくさん傷つけられて、傷つけられて、傷つけられて。全てを諦めてしまったことがあるくらい、私は徹底的に傷つけられてきた。
そんな私が、この程度のことで簡単に音を上げたり、諦めたりするとは、思わないことね!!
「ぐっ……あ、あぁぁぁぁぁ!!」
あれからどれだけ経ったのだろうか。おそらく、数秒程度しか経っていないと思うけど、当事者である私には、途方もない時間が過ぎたような感覚だ。
「はぁ……はぁ……た、耐えたわ……私、生きてる……」
熱風と爆風で、私の服も体もボロボロになってしまったけど……私、生きている。アルフレッドも、必死に彼の盾になったおかげで、傷一つついていない。
よ、よかった……本当に、よかった。この後のことは、どうすればいいかわからないけど……とにかく、生き延びることが出来て、よかった。
「お姉様は……」
振り返って爆発の中心となった元倉庫を見てみるが、そこには焼けこげた地面が抉られた光景しか広がっていなかった。
あれだけの爆発の中心にいたのだから、きっと助からなかったでしょうね。肉片の欠片すら残っているか怪しいだろう。
……お義母様もそうだったが、お姉様もこんなあっけない終わりを迎えるだなんてね……私の手で、再び復讐を果たせなかったことが、残念でならない。
「でも、今は復讐よりも、無事だったことに感謝しないといけませんわね……」
「果たして、そうかね?」
私の安心を嘲笑うかのように、一つに人影が私に歩み寄ってきた。その人影の正体は……今回の一件の黒幕である、お父様だった。
「あれだけの爆発で、まだ生きていたとは驚きだ。まるで害虫のような生命力だな」
「どうして、お父様がここに……?」
「どうして? そんなもの、ワシの計画の最大の障害である貴様が、確実に死んだかを確認するために決まっているだろう?」
うそ、どうして私がお父様の敵だって気づかれているの? ずっと、私の言葉を信じていたのに……!
「あれだけこの城で痛めつけられていた貴様が、いくら向こうで虐げられようとも、帰ってくるとは思っていなかった。何かしらの理由があるだろうと、警戒するのは当然だろう?」
「くっ……私のことをすぐに受け入れたのは、そういうことでしたのね……」
「そうだ。その場で殺しても良かったが、可能性として、ほとんど無いと思っていたが、もしかしたら本当に逃げ帰ってきて、ワシに協力する可能性も考慮して、貴様を受け入れて利用するような素振りを取っていたのだ」
なんてこと……私は、完全にお父様の手のひらの上で踊らされていただけだったというの……?
「こそこそと嗅ぎまわっていたことは知っている。大方、公の場で我々の不祥事を公表するつもりだったのだろう? 二度も同じ手にしてやられるほど、ワシはバカではない」
お父様は、完全に価値を確信したかのように笑いながら、手のひらを私に向ける。すると、いくつもの黒い魔法陣が、私の周りを取り囲むように、宙に描かれた。
「わ、私をこの場で傷つけて良いのですのか? これだけ大規模な爆発が起ことのめすか、必ず誰かが来ます。彼らが、国王が実の娘を殺した場面を目撃したら……更なる反感を買うのではなくて?」
「ここに来る前に、兵士達にはワシ自ら確認するから、絶対に来るなと言ってある。それに、たとえ馬鹿が来たところで、洗脳すればよいだけのこと」
くっ……ハッタリになればと思って、一か八か言ってみたけど、何の効果もなかった。それどころか、誰かが私達を助けに来るという僅かな願いが絶たれていただなんて……!
「ジェシカと同じように、ワシの駒になるように洗脳をしてもいいのだが……貴様のように意志が強い人間は、いつ魔法に打ち勝つかわからん。そんな人間を傍に置いておくのは、リターンよりもリスクが大きい。なによりも、このワシを陥れた貴様の顔など、金輪際見たくないのでな。ここで消えてもらう」
あの魔法が、どんなものかはわからない。私にわかることは、このままここにいれば殺されることと、私にはお父様に対抗できる手札が無いということだ。
早く、早くここから逃げないといけないのに、先程の爆発で足をやられてしまったようで、数歩歩いただけでその場に崩れ落ちてしまった。
「さらばだ、愚かな我が娘よ。あの世で貴様の母と共に、ワシがこの国を支配する様を眺めているがいい」
これから実の娘を殺そうというのに、眉一つ動かさないお父様は、指をパチンっと鳴らす。すると、黒い魔法陣から、一斉に鋭い槍のようなものが現れて、私を串刺しにしようと伸びてくる。
ああ、これは避けられない。ここで私は死ぬの? これが、処刑を免れた私が破滅する、新しい不幸の未来だというの? 結局、予知で不幸が見えてしまったら、それを回避することは出来ないの?
……そんなの、冗談じゃないわ! 私はこんなところで死ぬわけにはいかないの! ソリアン国では、リズや多くの人達が帰りを待っているの! アルフレッドと一緒に帰って結婚するの! 多くの民を救うの!
でも、一体どうすればいいの……!?
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