第六十五話 危険回避の方法
「こっちから音が聞こえたような……」
見なくても、声の位置でわかる。お父様は、着実に私達の方に近付いてきている。このままでは、見つかるのは時間の問題だろう。
まさに絶体絶命。でも私は諦めない。私に何があろうとも、アルフレッドだけは絶対に生きて帰らせるのだから。
それが、私が巻き込んでしまった責任であり、愛する人を助けたいという愛情なの。
「…………」
私は、黙ってアルフレッドを下ろして自分の後ろに隠れさせようとしたが、アルフレッドは小さく首を横に振る。そして、アルフレッドの体が突然ぐにゃぐにゃになり……小さなネズミの姿になった。
「チュー…………クチュ、クチュー!」
「うおっ、こんなところにネズミがいたのか……変わった鳴き声のネズミであるな……先程のは、この声が人の声に聞こえたのか」
「チュー!」
ネズミに変身したアルフレッドは、その場から一目散に逃げだした。
まさか、アルフレッドにそんな切り札があったなんて、全然知らなかったわ。あれならアルフレッドは逃げられるし、私も運が良ければ見つからずに済むはずだ。
「……あのネズミから、魔力を感じるのは何故だ?」
うっ、ネズミには普通魔力なんて無いものね……おかしいと思うのも無理はない。私の方から何かするべきなの? でも、今の私が余計なことをしたら、アルフレッドの邪魔をしてしまうかもしれない!
「チュチュー」
「こら、魔法陣の方に行くな! 貴様ごときで影響が出る代物ではないが……ああ、そうか。この部屋は妻の魔力で満ちているから、迷い込んだネズミが魔力を帯びているのか」
す、すごいわ。お父様を完全に騙してしまったわ! これも、アルフレッドの狙い通りだったのかしら!? ああもう、今のをリズに早く報告して、私の未来の旦那差で、私の理想の王子様は、とっても聡明で素敵な人だって、一晩中自慢したいわ!
「まったく……今日のところは、帰って休むとしよう。近々、妻の埋葬とセリアの公表を兼ねた葬儀で忙しくなるから、休めるうちに休んでおかねばな」
ブツブツと独り言を言いながら、お父様は扉を閉めて部屋を後にした。
その瞬間、私はありとあらゆる力が抜けてしまい、その場で情けなくへたり込んでしまった。
「あ、危なかった……アルフレッド、全てあなたのおかげですわ。本当にありがとうございます」
「ちゅー……よっと。いやなに、子供だましの変身魔法を使ったら、存外うまく行っただけさ」
元の姿に戻ったアルフレッドは、大したことはないと謙遜する感じだが、一方の私は、あまりにも自分が不甲斐なくて、顔があげられなくなっていた。
「私があんなミスをしなければ、危険な状態にならずに済んだというのに……ごめんなさい」
「失敗は誰にでもあるものさ。それよりも、僕はちゃんと彼が来た時にどう対処するか考えていたことを、高く評価したいよ」
「あ、ありがとうございます……えへっ」
私のしたことなんて、ただ部屋の資格を使って隠れただけなのに、そんなに褒められると、照れてしまう。
「まあなんにせよ、これは初めて不幸を回避したといってもいいんじゃないかな?」
「まだ断言は出来ませんわ。本来のここでの不幸が、別の形で襲ってきますから」
「その時は、また僕達が力を合わせて乗り越えれば良いさ。大丈夫、僕達の愛の力があれば、百人力どころか、一万人力さ!」
「あ、愛の力って、なんでもできる万能パワーではありませんのよ?」
「君もわかっているだろう? 愛する人のためなら頑張れる、いつも以上の力が出せる……とね」
それは、まさにその通りだ。私の魔法なんて、それこそ子供騙しというか、子供が使うような低レベルの魔法しかないが、アルフレッドやリズ、それに私を支えてくれたたくさんの方々のためなら、たくさんたくさん頑張れるわ!
「さてと、あまり長居はしたくないし……そろそろ撤収するかい?」
「えっと、そこの本棚に帳簿がありまして。以前の告発でも使ったものなのです」
「なんでこんなところに本だなと思っていたけど、隠しておいたということか。彼の誤算は、ここが見つからないと高をくくって、一纏めにしてしまったことだね」
「おそらくそうかと。出来る範囲で、この帳簿の記録もほしいのですわ」
「どれどれ……ん? これは……」
ぺらり、ぺらりとページをめくっていたアルフレッドは、眉間にしわを刻み込ませた。
「この帳簿、魔法に対する障壁がある。どうやら、記録が出来ないようになっているようだ」
「そんな、どうにかなりませんか?」
「出来なくはないが……これをするには、今僕が使える魔力のほとんどを使わないといけなくなる」
「えっと、つまり?」
「今ここで元の姿に戻るわけにはいかない以上、体を動かす魔力も使うことになるから……僕はほとんど動けなくなる」
そんな……ということは、ここからは私一人でやらなくてはいけないということ?
一人でも全然平気なんて、私には言えない。アルフレッドの存在は、私にとってあまりにも大きすぎるものだから。
でも、アルフレッドに心配をかけたくないし、ここで立ち止まっているわけにはいかない。私がやらなくてはいけないの。
「私は一人で大丈夫です」
「わかった。それじゃあ……始めるよ」
アルフレッドが本に触れると、突然本から電流が走り、バチバチという高音が部屋を支配し始めた。
「くっ……これは、中々難しいね」
「な、何か問題でも!?」
「今の魔力では足りなさそうだ。このままではこの魔法に焼き殺されてしまう」
「なんですって!? 私に何か出来ることはありますか!?」
「あるとも。君にしか出来ないことが。今すぐに、僕の体に君の魔力の一部を渡してほしい」
「そんなことをして大丈夫なのでしょうか? 私も、お義母様のように……」
「ああなるのは、あくまで魔法の儀式のせいだからね。それに、死に至るほどの魔力を渡す必要は無いから、安心してほしい」
私が傷つくのは構わないが、アルフレッドが傷つくのは嫌だ。だから、とりあえず大丈夫と聞けたのは良かった。
……とはいえ、私にそんなことが出来るのだろうか? いくら勉強をしているとはいえ、魔法素人の私に?
「大丈夫、君は毎回レイラの授業を受けていたじゃないか!」
「えっ……どうしておわかりに?」
「未来の妻のことくらいわからなくてどうするのさ。君なら出来る! さあ、僕の体に魔力をギューンと詰め込んで! 体にググっと力を入れて、それを僕にハァッ! と押し付けるように!」
「ぜ、全然意味が分かりませんわ! でも……やってみます!」
私は、体にググっと力を入れて、自分の体にある僅かな魔力を両手に集中させてから、アルフレッドをギュッと抱きしめると、ハアッ! と魔力押し付けて、アルフレッドの体にギューン! と詰め込んだ。
「うおぉぉぉ!! セリアの魔力と愛情と優しさと温もりと愛情が僕の中にー!!」
「ま、真面目にやってください! あと二度も愛情って言わなくてもいいですから!」
アルフレッドのことだから、変に自分に心配をかけないように、わざと悪ふざけをしてるのくらい、私だってわかっているわ。
「アルフレッド、どうでしょうか!?」
「ああ、これなら……!」
本とアルフレッドの間で、文字通りバチバチになりながら、ほんの解除に勤しむアルフレッドの姿は、まさに勇敢な勇者様のようだ。
私も、本当はもっと力になりたいのに……いえ、違うわね。あくまでこの場での戦場はアルフレッドというだけであって、私の戦場はこの後に控えている。それも、この作戦で一番の大舞台といっても過言ではない。
「……ふう」
「アルフレッド! 大丈夫ですの!?」
気の抜けた声を漏らすアルフレッドは、まさに満身創痍な状態だった。こんなに疲弊した姿なんて、見たことがない。
「これくらい余裕……と言いたいが、さすがに疲れたかな……ああ、記録の方は全部残ってるから、安心してくれ」
「記録は確かに大切ですが、それであなたが怪我したり……い、いなくなったりでもしたら、本末転倒ですのよ……!」
失敗すれば、もしかしたらアルフレッドの命はなかったかもしれない。そんな不安が頭をよぎったら、ポロポロと大粒の涙が流れてきた。
「僕のために泣かないでくれ、セリア。僕達が泣くときは、結婚した時と、子供が生まれた時と、長い天命を終えて、死が僕らを分かつ時だけだ」
「ぐすっ……それ以外の時は?」
「笑ったり、怒ったり、すねたり、照れたり……なんでもいいさ。色々な表情を浮かべて生きていけばいいさ」
そこまで話し終えたアルフレッドは、一度大きく息を吸い込んでから、可愛らしい丸い目を閉じた。
「アルフレッド?」
「魔力の回復に努めるから……少し眠りにつくよ。記録は君の手で、いくらでも出せるようにしてあるから……それに、僕にはとっておきの切り札がある……だから、安心して……」
「切り札……? よくわかりませんが……わかりましたわ。本当にありがとうございます。そして、お疲れ様でした……おやすみなさい」
無事にここでほしいものを全て手に入れた私は、手の中で寝息を立てるアルフレッドに、慈愛を込めたキスをしてから、例のボロボロの元倉庫へと戻っていった。
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