第六話 醜い家族達
その日の夜、自室で過ごしていた私は、突然お父様に呼び出され、お父様の私室へと向かった。そこには、お父様の他にも、お姉様とお義母様――イザベル・カルネシアラの姿もあった。
「セリア、呼び出した理由はわかっているな」
「さあ、皆目見当がつきませんわ」
「貴様が、我が城の使用人を虐げたことは、わかっているのだぞ!」
やっぱりそのことについてだったのね。お父様に怒られるのは承知の上でやったことだから、仕方のないことだ。
「なんでも、女性の命とも言える髪を引き裂き、着ていた服をはぎ取って外に放置し、恐ろしい予知まで勝手に見たそうだな!」
えぇ……いくらなんでも、誇張され過ぎではないかしら。私、確かに使用人達にも復讐をするつもりで動いたけど、そこまでのことはやってない。
「まったく、これだから下民の子供は嫌になりますわ。何の罪もない使用人をいじめるだなんて」
……私のお母様のことを、下民呼ばわりですって? 相変わらず、お義母様はさらっと私の神経を逆撫ですることを仰るわね。
「お言葉ですがお義母様、私はそこまでのことはしておりません。むしろ、私の方が、何度も髪を引っ張られて何本も抜かれたり、満足な服を着させてもらえない状態で、極寒の中で草むしりをさせられたり、冷水をかけられたりしております」
「淑女たるもの、どんなことでも笑顔で受け入れるものですわ。それこそ、右の頬を叩かれたら、黙って左の頬を差し出すくらいに」
なにそれ、私だけやられても文句を言わないどころか、受け入れろって? 冗談も休み休み言ってほしい。
「うふふ、やだお義母様ったら。ご冗談は、そのひん曲がった性格だけにしてもらいたいですわね」
いつも通り、黙って言葉を受け入れると思っていたのに、私が生意気な言葉を返すのが気に入らないのだろう。お義母様は、顔中に青筋を立てながら、私の頬を思い切り叩いた。
「そうやって暴力にすぐ頼るところも、素敵な性格が出ておりますこと。もっと知的な淑女なら、頭を使うものです。暴力に頼る今のあなたは、蛮族の集まりであるソリアン国と同じです」
「こ、この女……言わせておけばいい気になって……!」
「まあまあお母様。落ち着いてください」
ずっと黙って話を聞いていたお姉様は、ニコニコしながら私とお義母様の間に割って入ってきた。
お姉様が、今みたいに笑っている時は、大体がろくでもないことを考えている時だ。長年一緒に過ごしていれば、それくらいのことはわかる。
「事情は存じませんが、随分と人が変わったみたいなことを言うようになってしまったみたいですし、ここは一つ、昔のように戻るように、徹底的に調教をするのはどうでしょう? 罰も兼ねられますし」
「調教、ですか。毎晩とっかえひっかえ男性を連れ込んでは遊び倒し、時にはどこかに幽閉しているお姉様には、ぴったりなお言葉ですこと」
「あらやだ。生まれてこの方、一人も男性と縁のない可哀想な女の戯言かしら?」
お姉様は、表向きでは聖女として、まさに淑女のように清楚な人間として振舞ってはいるが、その実態は極度の男好きで、自分の好みの男性を、傷つけることに喜びを覚えるという、お世辞にも良い性格とは言えないものだ。
私のことも、時には自分を聖女として仕立て上げ、男性にちやほやするために都合の良く、時には私が苦しむ姿を見て楽しむための、都合の良い道具としか思っていない。
「男性を連れ込むことが、そんなに偉いことなのでしょうか? 私、全然存じませんでしたわ。だって、お姉様のしていることなんて、淑女や聖女とはほど遠い……獣となんら変わりありませんもの」
私は心の底から、お姉様のことを軽蔑している。その気持ちを込めて言い返した瞬間、突然全身が重くなり、耐えきれずに倒れてしまった。
これは、お義母様の重力魔法? くっ……体が重くて、全然動けない。
「いい加減にしなさい、汚らわしい蛆虫め! 私の可愛い可愛いジェシカに、なんて口の利き方をしておりますの!? 誰のおかげで、今日まで生きてこられたと思っておりますの!?」
「ぐっ……そ、そうですわね……生きることを、あきらめず、に……がんばった、私のおかげ……ですわ」
「はぁぁぁぁ!? この親不孝者め! そんなに潰されたいのなら、お望みどおりにしてあげますわ!」
「あ、あぁ……!?」
ヒステリックを起こすお義母様の魔力が強まるとともに、体にかかる圧も更に強くなり、体中がミシミシと音を立てる。このままでは、私はこの重力に押しつぶされて、ぺしゃんこにされてしまう。
しかし、私は絶対に謝ったりしない。こんな下賤な人間に謝りたくもないし、なによりも……予知の通りなら、ここで私が死ぬことは、まだないと踏んでいるからだ。
その考えは見事に的中した。私にかかっていた重力が、なにもなかったかのように消えた。
「あ、あなた!? どうして邪魔をするのですか!?」
「大馬鹿者め。今ここでセリアを失ったら、誰が聖女の予知をするのだ?」
「そ、それは……」
「それに、ワシは気になるのだよ。感情を失った人形のようだったセリアが、どうして当然こんなに変わったのか。そして、どれだけ痛みを与えれば、また人形に戻るのか」
「お父様も、そう思いますわよね?」
……さすがは親子ね。考え方が、揃いも揃って最低も良いところだ。最低すぎて、反吐が出そう。
「さて、セリアよ。それだけ大層なことを口にするのだから、相応の対応は覚悟しておるのだろう?」
「もしかして、脅しのつもりですか? おあいにく様。私はもう、そんなものに屈しないと決めましたの」
「その意気や良し。では、その崇高な考え方を消してやろうではないか」
「な、なにをするつもりですの?」
「ワシとしては、以前のように従順な方が、色々とやりやすいのでな。徹底的に痛めつけて、体に教え込むのも一興だが、この方が手っ取り早い」
そう言うと、お父様の手が紫色に怪しく光ると同時に、まるで私の頭の中に手を突っ込まれて、ぐちゃぐちゃにされているかのような感覚と激痛に襲われた。
「きゃぁぁぁ!? な、なにこれ……い、いたいぃぃぃぃ!!」
「案ずるな。痛みはそう長くは続かない。さあ、その反抗的な考えなど捨て、昔のように従順な貴様に戻るが良い」
お父様の言う通り、確かに痛みはすぐに治まった。その代わりに、何者かの声が、絶えず私の頭の中に直接響いていた。
『今のセリアはセリアではない。昔のセリアが真のセリアだ。今のセリアはセリアではない。昔のセリアが真のセリアだ。今のセリアはセリアではない。昔のセリアが真のセリアだ』
何度も何度も、同じ内容が頭に聞こえてくると、ぼんやりと、それが正しいと思うようになってきた。
どういう魔法なのかわからないが、このままでは本当に、昔の私が正しいと思ってしまう。そんなの、冗談じゃない! 私は前向きに生きて、死の運命を変えて……家族に復讐するんだ!
「は……離しなさい!!」
私は、強引にお父様の手から逃れると、よろけながらも距離を置くことが出来た。
さっきの魔法は、一体何だったのだろう。お父様も魔法が使えるのは知っているけど、あんな魔法は見たことがないし、そもそも今のお父様は、ほとんど魔力を有していないはずなのに……。
「ふん、やはり相当弱体化しておるか。小娘一人程度に苦戦しているようでは、話にならん。いや、それかワシの魔法を跳ねのける程、セリアの意志が強いのか……?」
「はぁ、はぁ……な、なにをぶつぶつと……」
「まあ良い。それなら、体に教え込めばよかろう。ジェシカ、任せても良いな?」
「お任せください、お父様! 殺さない程度に、たっぷり遊んでさしあげますわ!」
お姉様が指をパチンっと鳴らすと、部屋の中に数人の兵士がずかずかと入ってきて、私をとある場所に連れてきた。
その場所とは、お城の地下にある牢屋の近くにある、かび臭くてじめじめした、小さな部屋だった。
「ふふ、ようこそ私のスイートルームへ」
「スイートルーム? こんなかび臭い場所がですの? お姉様も、面白い冗談が言えるようになられたのですね」
「冗談じゃなくってよ? あなたのような人間を連れてくる部屋を、綺麗にしておく必要は無いもの」
……なるほど。お姉様の性格からして、なんとなくこの部屋で行われていることが、読めた気がする。
「ここは、お姉様の嗜好を満たす部屋ということですね」
「ご名答、花丸を差し上げますわ」
加虐趣味を持つお姉様は、気に入った男性をいたぶって遊ぶ時や、気に入らない人間をいたぶって服従させるために使う部屋を持っていると、聞いたことはあったけど、幸か不幸か、私には縁のない部屋だった。
それがまさか、こんなところで初めましてになるとは、思ってもなかったわ。
「さてと、なにがあってそんな愉快な振る舞いをするようになったのかは存じませんが、また昔のように、可愛げのあるあなたになるように、至高のフルコースを振舞ってさしあげますわ」
「それは楽しみですこと。ですが、私は長年あなた達に苦しめられたから、痛いことも苦しいことも、常人よりは慣れておりますわよ?」
「ご安心なさって。私のフルコースは、どんな屈強で精神力が高い人間でも、耐えることは出来ないものですから。もし耐えられたら、心の底から称賛いたします」
部屋の壁にかけられた松明の火で照らされるお姉様の表情は、まるで絵本に出てくるような悪魔そのものだった。
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