表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/9

第四話 出会いは静かに、運命のように。

誰かに好かれることは、もう慣れてしまった。

でも――私が「誰かを好きになる」ことは、ずっとなかった。


魅了スキルを使わずとも惹かれてしまう人なんて、きっといない。

そう思っていたある日。


静かな午後、たった一人で本を読む青年。

彼の目に、一瞬、懐かしい影がよぎった気がした。


……どこかで、会ったことがある気がする。

心にそっと差し込んだ、小さな違和感。


それはまるで、時間を越えて導かれるような感覚だった。


これは、追われる恋じゃない。


人生で初めて――私が追いかけたくなった恋。

 それは、何気ない午後のことだった。旅の途中、立ち寄った大きな町――“フィリナ”の中心街にある複合商業施設〈ルナ・アーケード〉。その最上階のレストラン街の一角に、美琴はふらりと足を運んだ。


「……この辺り、おしゃれすぎない?」


 高級感漂う店が並ぶ中、ひときわ落ち着いた空気を放つカフェがあった。


 カフェ〈ベルトメール書房〉――壁一面に本棚が広がり、静かな音楽と共に、香ばしいパンケーキの匂いが漂ってくる。


「ここにしよ……静かそうだし」


 空いている窓際の席に腰を下ろしたその時。


「……あ」


 少し離れた席で、一冊の本を読んでいる青年の姿が目に留まった。


 背はすらりと高く、整った横顔。肩まで流れる淡い銀髪に、深い青の瞳。どこか、見覚えのあるような――


(あれ……? この人……どこかで……)


 ページをめくる指先も、無駄がなく静かで美しい。その目は本の世界に深く没頭し、周囲の喧騒けんそうなどまるで気にしていない。


 ふと、美琴の胸が騒いだ。


(……今の私のスキル、ちゃんと働いてるよね?)


 いつもなら、目が合えば即・崇拝。ため息をついただけで告白される。


 なのに、彼は美琴を見ても、何の反応も示さない。


 それが、なんだか――新鮮だった。


 数日後。


 美琴はまた、あのカフェ〈ベルトメール書房〉を訪れていた。


 そして、偶然を装いながら、彼の近くの席に座る。


 彼は、また静かに本を読んでいる。小さなティーカップを片手に、時折、ページの余白にメモを書き込んでいた。


(名前……聞いてみようかな)


 でも、話しかける勇気はなかなか出ない。


 こんなふうに、誰かのことを「もっと知りたい」と思うのは、きっと初めてだった。


 三度目の来訪で、ようやく勇気を出して話しかけた。


「あの、本……面白いですか?」


 彼は少し驚いたように顔を上げ、美琴を見た。


「……ああ。これは、戦時中に書かれた日記なんです。作者の目線が独特で、ちょっと惹かれてて」


「そ、そうなんですね。あの、私、美琴って言います。ちょっと前から、何度かここで見かけてて……」


「……セイです」


 彼の名前を聞いた瞬間、胸の奥が震えた。


(セイ……やっぱり……)


 その日から、美琴は毎日のように〈ベルトメール書房〉を訪れるようになった。


 セイと本について話す時間は、ほんのわずか。


 けれどその一瞬が、彼女の一日を照らした。


 ある日、セイが読んでいた本に、美琴が反応した。


「その本……私も読んだことあります。ラスト、衝撃でしたよね!」


「え? 本当に? この本、読む人少ないのに……」


 目を輝かせるセイの姿が、胸を締め付けた。


 もっと話したい、もっと笑顔が見たい。


 次の日、美琴は小さな勇気を出して、一冊の本を彼に渡した。


「これ、私のおすすめです。……よかったら、読んでみてください」


「ありがとう。返すとき、また感想言ってもいい?」


「もちろん!」


 それは、まるで恋文のやりとりのようで、胸がくすぐったかった。


 本を貸してから、数日後。


 美琴がカフェを訪れると、セイがこちらを見てほほえんだ。


「例の本、読ませてもらいました」


「えっ、どうでした……!?」


 セイは頷いた。


「すごく、よかった。特に主人公の最後の独白……なんというか、読んでて泣きそうになった」


「わかる……! あそこ、私も何度も読み返しました」


「共感できる読書相手って、貴重ですね」


「うん……私も、こんなふうに感想を語り合えるのって、すごく新鮮」


 しばらく会話が続いたあと、セイが言った。


「今度、この近くで古本市があるんです。……よかったら、一緒に行きませんか?」


 美琴の心臓が跳ねた。


「……行きたい!」


 セイがまた、少し照れたように笑う。


「じゃあ、土曜の午後にこのカフェで待ち合わせ、ってことで」


「うん、楽しみにしてます!」


 カフェを出た帰り道、美琴は自分の頬が熱くなっているのを感じていた。


(本当に私、追いかけてるんだな……)


 けれど、苦しくはない。


 胸の奥が、優しく、甘く震えている。


 セイ。


 あの日、自分が命をかけて助けた、あの小さな男の子。


 今では立派に成長し、こんなにも静かで、大人びた青年になっていた。


(まさか、こんな形で再会するなんて)


 けれど、彼の様子からして、美琴のことを覚えている様子はなかった。


 セイは言う。


「……なんだか、懐かしい気がするんです。あなたの声とか……空気感とか」


 それだけで十分だった。


 美琴の中で、過去と現在が静かに結びついていく。


 そして彼女は、初めて知る。


 “追う恋”というものの、もどかしさと、愛おしさを。


 その夜、美琴は月の下でひとり、アーケードの街灯を眺めながら、ふと呟いた。


「……私、今、恋してるんだ」


 胸の奥が温かく、でも少しだけ切ない。


「また、ここで会ってもいいですか?」


「……もちろん」


 微笑み合ったその瞬間。


 世界が、少しだけ優しくなった気がした。


 ――第4話 完

ここまで読んでいただきありがとうございました


次の話もお楽しみください


一ノ瀬和葉

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ