第三話 笑っていても、どこか虚しい。
恋の言葉は、毎日聞いた。
花束、宝石、ラブレター。
まるで夢みたいに――いいえ、これは現実。異世界転生、そしてチート人生。
なのに、どうしてこんなに、胸がざわつくんだろう?
誰かが「好き」と言ってくれても、そこに“私”はいない気がする。
見ているのは、美貌。惹かれているのは、スキル。
――じゃあ、本当の私は、どこにいるの?
楽しいはずの日々が、少しずつ形を変え始める。
笑顔の裏に、こっそり芽生えた小さな寂しさが、やがて“恋”を知るための扉になる――。
どこに行っても、愛される。
誰に会っても、求められる。
毎日が、祝福のような日々だった。
……けれど、美琴は時折、ふと立ち止まるようになった。
「ねぇ、私のどこが好き?」
そう尋ねると、誰もが決まってこう答えた。
「すべてです!」「見た瞬間から!」「オーラが違う!」
(……それ、全部“魅了スキル”があるからでしょ)
美琴が好きなもの、考えていること、日々のつぶやき。
それらを聞いてくれる人はいても、それに共感したり驚いたりしてくれる人はいなかった。
「“美琴様が仰ることですから”って、それじゃ話が終わっちゃうじゃん……」
まるで、自分の言葉も、心も、誰の胸にも届いていないような気がしてきていた。
笑えば、誰もが微笑み返してくれる。
褒めれば、みんなが喜ぶ。
(私、誰かとちゃんと話したいだけなのに)
特別扱いされ続ける日々。
その中で、美琴は次第に「話が合う人」「素でいられる人」を探すようになった。
だが、それは難しかった。
ちょっとした冗談も“女神の言葉”として解釈され、
スープがしょっぱいと言えば料理人が泣き崩れ、
「空がきれいだね」と言えば、詩人たちが一斉にその言葉を作品化した。
(もう、ボケもツッコミも成立しない……!)
チートは、最強すぎた。
だからこそ、人と同じ目線で関われない。
……それが、こんなに寂しいことだとは、思わなかった。
ある夜、美琴は月明かりの中で一人、湖のほとりに座っていた。
周囲には誰もいない。
スキルも、美貌も、誰の目にも届かない。
「……なんで、こんなに満たされてるのに、寂しいんだろ」
胸を締めつけるような、この感情。
「……違う。私、誰かに“好きになられたい”んじゃなくて……」
自分の口から出た言葉に、ハッとする。
「私が……誰かを好きになりたいんだ」
ドキドキして、緊張して、うまく話せなくて、
でもその人の声が聞きたくて、また会いたくて。
そんな“普通の恋”が、したい。
スキルも、美貌も、何も関係ない、
自分の心で誰かに惹かれていく恋。
「……できるのかな、私にも」
月は静かに、優しく、美琴を照らしていた。
それからしばらくして、美琴は新しい町へ向かう準備を始めた。
“何か”が変わり始めている気がした。
……いいえ、“何か”に会える気がした。
心の中で、ずっと奥にしまっていたある記憶が、小さくノックをしていた。
――あの子、今どうしてるのかな。
思い出すのは、小さな手と、青い花の景色。
(私が守ったあの子。生きて、どこかで……)
風が吹く。
その中に、かすかに花の香りが混じった。
「……行ってみよう」
新しい旅路の先に、運命の誰かが待っている。
そんな予感が、美琴の背を押した。
――第3話 完
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一ノ瀬和葉