英雄症候群
──何の前触れもなく唐突に、息が苦しくなって限界になって、必死になって水面から顔を出した時のように意識が覚醒する。
ほんの少し、それでも確かに乱れた呼吸。周りには大きな雪の山と、焼け焦げた木々。あの出来事が現実だと裏付けるには十分すぎる証拠…だね。
魔力の使いすぎで意識が飛んだか、それとも疲れて寝てしまっていたのか。…どちらにせよ、私が死んでいないということは、長く時間が経っていても精々2日。
「……」私の身体は見たところボロボロのままだが、傷口は回復している。
状況を整理しているとお腹が空いてしまった。指先に炎を生み出し、目の前の雪の華を溶かしていく。溢れる魔力を浴びつつそこに埋もれていた"それ"に手を伸ばし───
「…どうしようか。」お腹も膨れたことだし、いい加減次の目標でも決めないといけない。…今更目標なんて、ほぼないようなものだけれど。
『だったら、魔王を倒してよ。』
…背後から、『英雄』が話しかけてくる。肩をすくめ、私は言い返す。
「私一人で…?無理だよ。冗談じゃないってば。」
『おやおや、いったいいつから一人だとお思いで!?』側転をしながら目の前に現れる『花形役者』。
『あたし達もいるでしょう?3人でならきっと勝てますよ!でしょう?リア!ディネリンド!』
『うん、そうだね。ディネリンドとアミニスと一緒なら、きっと勝てるよ。』
「…」
胸の奥が、チクリと痛む。罪悪感かと一瞬疑うが、そんなことはない。それでも何か、引っ掛かるところがあったんだろう。
「……二人とも、静かにして。魔王討伐もするか─」
「アソボ!アソボ!」小さなロボットが、私のことを呼ぶ。苛立ちのまま、乱雑に蹴り飛ばして破壊すると…
「─貴女が、これをしたの?」
背後から、声が聞こえる。雪華を溶かした時の魔力でバレたのだろうか。…村のことだろうか。それとも英雄のこと?どちらにせよ、私が原因のようなものだ。
「…だったら?」
振り向きながら告げ─
「死になさい。」私の顔面に、彼女の拳が当たる。…四天王が一角、サキュバスの…ルマエルの拳が。
大きく吹き飛び、私の身体が木々を薙ぎ倒していく。本来致命傷レベルのその一撃を受け、ようやく木にぶつかり止まった私は…
「…危なかった。」
『本当にですよ!あたしたちがいなかったらどうしてたんでしょうね!』
『無理しないでよ、ディネリンド。』
拳を受け止めたのは刀を携えたアミニス、私の背中の衝撃を庇ってくれたのがリア。少しばかり敵前で作戦会議。
「…どうしよう、これ。なんとかなるかな。」
『やるしかないでしょう?どうせ逃げられる相手でもなさそうで─』
リアが飛び出し、つい先刻吹き飛ばされなぎ倒してきた木々の向こうから突っ込んできたルマエルを弾く。
『いいから早くして…!』
「うるさい、わかってる…」
その光景を前に、ルマエルは一瞬攻めを放棄する。思考を巡らせ、サキュバスを殺したディネリンドという存在への溢れんばかりの殺意を抑え、脳を動かす。…そして出た結論は─
「…ずいぶんと、気持ち悪い人形遊びですね。」
ルマエルはディネリンドを…氷人形と語り合うディネリンドを見下ろし、そう告げた。
死という事実を前に心が砕けたか、仲間が死した上で何か狂人のような行動をしたか。いずれにせよ、仲間の幻覚を見ているのは事実。そんな哀れな人間を拳で貫こうとして…
『まぁまぁそうカッカなさらず!あたしもいるんですからね!』氷の刀を振り抜く、アミニスの氷人形。邪魔をする氷人形に舌打ちしながら、互いに構えを取り直す。




