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桜の約束  作者: ysk
9/10

第九話「桜の木の下の真実」

沈黙の再会

曇り空の下、枯れた桜の木が不気味な影を三人へと落としていた。


悠斗は冷たく鈍い光を放つ鍵を握りしめ、その指先はわずかに震えている。凛はその鍵をじっと見つめ、目の奥に計り知れない思惑を隠していた。


春乃の胸には、説明のつかない不安と疑念が渦巻いていた。空気は重く、呼吸さえもままならない。


「楓がいなくなった理由……お前は知っているんだろ?」


悠斗の声は低く、冷たく鋭かった。まるで真実を切り裂く刃のように。


凛は目を細め、ゆっくりと息を吐く。その沈黙は、答え以上に意味を持っていた。


「知っているよ。でも、全てを話せば、お前は後悔するかもしれない。」


その瞬間、春乃の心臓が跳ね上がる。背筋を冷たいものが走り、思わず顔を上げて凛に問い詰める。


「どういう意味?」


再び訪れた沈黙は、桜の木すらも凍りつかせるほどの重さだった。


---


消えた兄の手がかり

冷たい風が桜の葉を容赦なく散らす中、悠斗は震える手で鍵を握りしめた。その冷たさが心の奥深くまで染み渡り、鼓動の音だけが耳に響く。


「楓が残した鍵……それが指し示すものは一体何なんだ?」


悠斗の声は静かだが、張り詰めた空気の中で鋭く響き渡る。


凛はゆっくりと空を見上げ、曇った雲の合間にかすかな光を見るように目を細めた。まるで過去の記憶と対峙するかのように、深く息を吸い込む。


「楓は、ある秘密を守るために姿を消したんだ。」


その声は低く、どこか痛みを伴った響きで、まるで喉の奥から絞り出すようだった。悠斗と春乃の視線が凛に集中する。


「その秘密を知るのは俺と……もう一人だけ。」


凛は一歩前に出ると、わずかに震える指先を胸元に添え、瞳を閉じた。そして再び目を開けた時、その瞳はまるで別人のように鋭さと悲しみが交錯していた。


「それは……悠斗、お前の母親だ。」


その言葉が放たれた瞬間、風が一層強く吹き、桜の葉が激しく舞い上がる。三人の間に重苦しい沈黙が落ち、ただ鼓動の音だけが静寂を切り裂いていた。


---


母との対話

悠斗はその言葉に大きく息を呑んだ。胸の奥で何かが崩れ落ちる音が響く。


「母さんが……?そんなはずはない。母さんは兄がいなくなった日以来、一切楓の話をしようとしなかった。」


その言葉を口にした瞬間、悠斗の心の中には怒り、悲しみ、そして不安が渦巻いた。母が知っていたのなら、なぜ黙っていたのか。信じたい気持ちと裏切られた思いが交錯する。


凛は静かに首を振り、その瞳に悠斗の混乱を映し出すかのようだった。


「それは、話せなかったんだ。楓が消えた理由を知っていたからこそ、言葉にできなかった。」


その説明は、悠斗の心にさらなる痛みを加える。一歩引いて考えれば理解できるはずなのに、感情は理屈を許さない。母への愛と憎しみがせめぎ合い、胸が締め付けられる。


春乃はふたりの間で揺れ動く感情を感じながら、遠くで桜の葉が舞い落ちるのを見ていた。その景色は悠斗の心の嵐とは対照的に穏やかで、逆に彼の揺れる心を際立たせた。


「悠斗くん、今ならお母さんと話せるはずだよ。」


春乃の言葉は柔らかくも、悠斗の心に鋭く突き刺さる。迷いながらも、彼は手の中の鍵を見つめた。その冷たい金属が、まるで楓の不在と母の沈黙の象徴のように思えた。しかし、微かに温もりを感じる瞬間、母への思い出が胸の奥から蘇る。


愛しているからこそ、知りたい。知ることが怖いからこそ、足がすくむ。それでも、真実と向き合う決意を胸に、悠斗は扉へと一歩踏み出した。


---


思い出の桜の木へ

風が強く吹き、桜の葉が舞い上がる。冷たい空気が三人の頬を刺し、沈黙が重くのしかかる中、凛はゆっくりと桜の木を見上げた。


「楓は、この桜の木の下にいる。」


その瞬間、悠斗は息を呑み、春乃の目が大きく揺れた。言葉はなくとも、心の奥で何かが崩れ落ちる音が聞こえるようだった。


桜の木の下に眠る秘密、母親が抱えていた真実。それは家族の記憶を静かに覆い隠していた。


悠斗は冷たい鍵を強く握りしめ、その感触が現実へと引き戻す。彼の指先はわずかに震えていたが、目には決意の光が宿っていた。


「たとえどんな真実でも、知る覚悟はできている。」


低く絞り出すような声でそう呟くと、悠斗は一歩踏み出した。その足取りは重くも確かで、過去と向き合うための最初の一歩だった。


桜の木の根元には、ひっそりと隠された古びた木箱が埋もれていた。悠斗は震える手で土を払い、鍵穴を見つける。その瞬間、心臓が激しく鼓動するのを感じた。


「これが……楓が残したもの。」


鍵を差し込み、ゆっくりと回すと、鈍い音とともに蓋が開いた。中には、色あせた日記と一通の封筒が入っていた。


日記を開くと、楓の筆跡がそこにあった。思い出と痛みが交錯する文字の中に、悠斗は真実を見つける。


『母さんは僕を守ろうとした。でも、守るために隠したことが、僕をここへ導いた。』


封筒の中には母親から楓への手紙があり、そこには愛情と後悔が綴られていた。涙が頬を伝い、悠斗は静かに目を閉じた。


「母さんは……ずっと苦しんでいたんだ。」


春乃はそっと彼の肩に手を置き、温かい眼差しで支える。凛もまた静かに頷き、三人は桜の木の下で過去と向き合う。


散る桜の葉が、まるで失われた記憶の断片のように舞い、彼らの心を静かに包み込んでいた。

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