1年後の約束
それからまた奇妙で平穏な日々が続き、ふたりが出会ってから1年が経とうとしていた。私はカラオケのバイトを続けて、たまに真由と会ってお互い近状報告をしていた。
蒼は相変わらず家にいる時間が少なく、顔を合わせる頻度も低いが、あの頭を撫でられた日から少しだけ蒼との距離が縮まった気がしていた。
ある夜、時計が23時を回った頃、蒼の携帯が鳴った。珍しく家にいた蒼が電話に出る。
「屋上……わかった。」
短くそう言って電話を切り、真剣な表情で立ち上がった。
「出かける」とだけ言って玄関へ向かう蒼に、不穏な予感がした。
「どこに行くの?」
私が聞くと、蒼は一瞬立ち止まって振り返った。
「社長に呼び出された。」
それだけ言い残して、家を出て行った。
あれからどれだけ時間がたっただろう。時計を見ても頭に入らない。ずっと不安な気持ちが消えなかった。あの真剣な表情。電話中の低い声。
「そういえば蒼、屋上って……」
胸が締め付けられるような感覚がした。あの屋上――私が死のうとした場所で、蒼と出会った場所。蒼が親友を死なせてしまったのも、どこかの屋上だと言っていた。
とても嫌な予感がして、いてもたってもいられなくなった。私は家を飛び出した。
足は自然と、あの雑居ビルへと向かっていた。自然と涙が溢れてきて、街の灯りがぼやけて見える。
蒼がそこにいる保証はない。でも、なぜかじっとしていられなかった。
あの日、蒼がなぜあの屋上にいたのか。あそこが蒼にとって特別な場所だとしたら…。
錆びた手すりを掴み、階段を駆け上がる。息が切れて、足が震えた。屋上の扉を勢いよく開けた。
そこには、蒼がいた。複数人の男に囲まれ、地面に倒れてる。男の1人が、「兄貴を返しやがれ!」と叫びながら、鉄パイプで蒼を殴りつけていた。血がコンクリートに飛び散って、蒼の体は動かなくなっていた。
「蒼!!!!!!!」
私は、全力疾走で蒼の元に駆け寄った。
「灯………?なんで……くるな…!!」
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「……ぅ……。」
気がつけば、屋上の冷たいコンクリートに横たわっていた。蒼の元に駆け寄った私は、蒼と一緒に激しい暴行を受けた。身体がうごかない。男たちの姿はなかった。
もうすぐ死ぬんだと、すぐに察した。
「…うっ…」
「蒼……?」
隣には血だらけの蒼が横たわっている。
2人とももう動けない。蒼が血だらけの手で私の手を握って、弱々しく笑った。
「マサキ……あいつ、やっぱり俺のこと恨んでたんだ……。」
「マサキ…?」
「俺が殺した親友の弟だ。あいつはずっと俺に復讐しようとしてたんだ。だからわざと信頼関係を築くために俺を雇ったんだ………。」
さっき“兄貴を返せ”と言っていたのは、マサキという人だったんだ。
「今日でちょうど1年だな。」
「え……?」
「お前と1年前、ここで出会った。」
「あ………。」
日付が変わって、蒼と出会った日。この屋上で、真夜中に死のうとしていた。時間もちょうどこのくらい。
「お前のこと…好きになってた。」
私の手を握る蒼の手に少し力が入る。涙が止まらなくて、私も呟いた。
「私も。だから来たの。あんた今日死ぬんじゃないかって…」
蒼が掠れた息の下、最後の力を振り絞って私を抱き寄せた。冷たい体温が触れるのに、なぜだかとても暖かい。初めて感じる安心だった。
「1年前……実は俺もここで死のうとしてた。俺があいつを殺したのも今日のこの場所なんだ。あの日と同じような天気の夜だった。だから死ぬならこんな夜がいい。あいつを殺した日に。同じような夜にって…」
「そう…だったんだ。……今日も、あの日みたいな天気だね。」
蒼の声がだんだんと弱くなっていくのがわかる。
「あの時お前見つけてさ……脅かしてやろうと思った。本気で死ぬ気がなけりゃ人殺しって言えばビビって逃げてくと思って。そしたらお前、あんなプロポーズOKしちゃうんだもんな。」
「………。」
「こんなクソみたいな人生でも最後に笑えたからいいや。死にたかった夜に嫁と一緒に死ねるんだしな。」
「それなら良かった。蒼、ありがとう…………愛してる。」
「…なぁ…来世でさ…幸せな夫婦になろうぜ…今度こそ…ちゃんと…。」
「うん……約束ね……。」
蒼の腕の力が徐々に緩んでいった。
風の音だけが響いて、私の意識も遠くなった。
___蒼と一緒なら、どこへ行っても怖くないよ_____
完
読んでいただきありがとうございました。
全4話の短いストーリーに仕上げました。
ものすごく展開が急でしたが、もっと掘り下げた長編も執筆予定です。