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死にたかった夜に  作者: 豆腐
第3章
3/4

はじめて触れる君


私は高校を出てしばらくフリーターをやっていたが、親の圧と周囲との差を感じてなんとか就活を頑張り、事務の仕事に就いた。しかし、2年で人間関係で心が潰れてやめた。


そして25歳の今、カラオケ店でバイトをしている。

要領が悪いのは昔からで、迷惑をかけた分だけ怒鳴られてきた。父も母も、叱るんじゃなくてただ声を荒げるタイプだった。怒鳴られるたび、心が少しずつ削れて、家に居場所などなかった。


外で居場所を探したけど、そううまくはいかない。

気づけば周りと比べてばかりいた。あの子は大学に行って楽しい学生生活を送っている。あの子は結婚して幸せそう。


私は何だ? 自己肯定感なんて底をついて、性格も歪んで根暗になって、友達とも疎遠になった。

事務の仕事だって、上司の小言や同僚の冷たい目に耐えきれなくて逃げ出しただけだ。


バイトが終わり家に戻ると、過去の失敗が頭をよぎる。あのときこうしてればとか、後悔ばかりフラッシュバックしてきて、こんな卑屈な人間に未来なんかないと思う。

そんな夜が続いて、あの屋上に立ったんだ。でも今は、蒼の気配が微かに私を繋ぎ止めてるみたいだった。



蒼が帰ってきた気配を感じると、なぜか少し笑みがこぼれた。

(そういえば、籍をいれてもう半年になるのか…)

どうなるかと思っていたが、思いのほか心は安定していた。おかげでバイトも苦ではない。

今日も穏やかに1日が終われた。



翌日、私はとあるカフェにいた。未だに連絡を取り合う唯一の親友、真由とカフェでお茶をする約束をしていた。



「それで、最近どう?旦那とうまくいってる?」

真由が笑いながら言う。高校の頃からの親友で、私がどんな奴か知ってる相手。最近は連絡も減ってたけど、結婚の報告だけはしていた。


「うん、まあ、なんとか」


私がそう返すと、真由が少し目を細めた。


「なんか、昔より生き生きしてるね。あんなに死んだ顔してたのに。」


冗談ぽく言われて、苦笑いしかできなかった。でも、確かにあの屋上に立った夜とは何か違うのかもしれない。


それからしばらく他愛ない会話をして、夕方になる前には解散した。


「いつでも連絡してきなよー。」

「うん。真由もね。楽しかった!」


周りと比べてすっかり卑屈になった私は、傷つくのが怖くてなるべく人と関わらずに生きるようになっていた。

でも、今なら戻れる気がする。

本当は友達とこうやって他愛ない会話をしたり本音で語り合うことは嫌いじゃなかった。


(蒼のおかげかも。)


心でそう呟き、家に帰った。


家に帰ると蒼がいた。ソファにぐったりともたれかかって煙草をくわえてる。

いつも換気扇の下で吸っているのにめずらしい。よほど疲れているのだろうか。

「最近、顔見ないね」と何気なく言うと、蒼が目を伏せた。

私は冷蔵庫から水を取り出し、なんとなく蒼の隣に座った。


「なあ、お前、なんであの時俺のあんなやべえプロポーズOKしたんだ?しかも俺人殺してるって言ったのに。それも詳しく聞いてこないし。」


しばらく沈黙が続いたあと、急にこんなことを言われて、少し驚いたあとに私は小さく笑った。


「どうせあの時死ぬつもりだったから。だけど正直死ぬのも怖かった。あんたに人生もらっていいか?って言われた時、ちょっと安心したの。死ななくてよくなったって。それで殺されても、どうせこの人にあげた人生だしいいかなって。私もやべえやつでしょ。」


蒼はなんだそれ、と小さく笑うと、煙草を灰皿に押し付けて、ぽつりぽつりと過去のことを話し始めた。


「…19歳の時、親友が薬に手ぇ出して、どんどん壊れてった。周りの奴らも変になって、俺が止めようとした。雑居ビルの屋上で話してたんだ。けど、余計なお世話だって怒鳴られて、言い争いになって…殴り合いまで発展した。」

「そうだったんだ」

「縁まで来てて、落ちそうだった。目を覚ませって殴ったら、そいつが屋上から落ちた。俺が突き落としたんだ」

蒼の目が冷たくて、いつもと違う何かを感じた。

「すぐ警察に自首したよ。けど…」

「………。」

「不起訴で終わった。それからしばらく日雇いとBARの仕事で食いつないでた。3年前、アイツの弟に会ってさ。会社起こしたから働かねえかって誘われたんだ。兄貴を殺した俺を雇うのかよって聞いたら、『どうしようもなくなった兄貴に本気でぶつかってくれたのはあんただけだ』って言われてな。今はそこで働いて、夜はそいつが一昨年開いたBAR手伝ってる。」


蒼は話終わると、上を向いて、ふう と息を吐いた。


「そうだったんだ。話してくれてありがとう。」

「変な話しちまったな。でもいつか話しておきたかったんだ。こっちこそ聞いてくれてありがとうな。」


そういうと蒼は私の頭を撫でて、自分の部屋へ入っていった。


結婚して半年たつのに、はじめて触れられた。

頭を軽く撫でられただけなのに、顔が真っ赤に火照っていた。



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