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死にたかった夜に  作者: 豆腐
第2章
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人生の続き

屋上から階段を降りる音が、妙に大きく響いた。蒼と私の靴がコンクリートを踏む音だけが耳に残る。さっきまでの死にたい気持ちはどこかへ消えて、頭の中がぼんやりしてた。


「俺んちでいいか?」


蒼が煙草の箱をポケットで弄びながら言う。


「……うん。」


気力なく呟いた。


雑居ビルの裏路地を抜けて、街の喧騒が遠ざかる。蒼の背中を追いながら、冷たい夜風が頬を撫でる。

こんな状況、バカみたいだと思った。


数十分後、新しめのマンションの前で蒼が立ち止まった。


「入れよ。」


オートロックを解除して、無機質な廊下を進む。部屋は広くてシンプルな内装だった。

床にビールの空き缶が数本転がっていて、テーブルの上には煙草の吸い殻が散らばってる。生活感だけは妙に漂っていた。


「結婚したんだから、ここがお前んちってことでいいな?」


蒼がチラッと私を見た。私は黙って荷物を置いた。


それから数日が経って、私たちは奇妙な同居生活を始めた。アパートはそのままにして、とりあえず蒼のマンションに移り住んだだけだった。


蒼はほとんど家におらず、1日も帰ってこないこともあったけど、その日は珍しく家にいた。キッチンの換気扇の下でタバコを吸っていた蒼が、おもむろに口を開いた。


「籍、入れるか?」


コーヒーを飲む手が止まった。


「……うん。」


短く答えたら、蒼が「じゃ、いつにする?」と言い、火の消えかかった煙草にライターをつけた。

でもその前に、親に報告しないとまずいと思った。普通はそういう順番だ。


「……親に、言うよ。」


蒼が少し眉を上げて、「面倒くせえな。まあ好きにしろよ」と言った。


実家に電話をかける手が少し震えた。お母さんは元気かな。いきなり“結婚する”なんて言ったら、お父さん怒鳴るかな。ましてや出会ってすぐの男と。

こんな事を考えて、発信ボタンを押すのを躊躇った。

しかし、やらなければならない。


勇気をだして電話をかけると、数コールでお母さんが出た。


「もしもし、灯ちゃん。どうしたの?」


久しぶりの母の声はとても優しくて泣きそうになった。


「お母さん、久しぶり。あのね、私結婚するの。」

「……いきなり連絡してきたと思えば……相手は誰なの?」


少し声が低くなった。


「矢崎蒼って人。」

「……いつ挨拶にくるの?」


優しいけど、どこか有無を言わさぬ口調だった。予想してた怒鳴り声はなかったけど、拍子抜けするような余裕はなく、「近いうち。決まったら連絡する。」とだけ言った。



1週間後、蒼と一緒に実家へ挨拶に行った。

お父さんは最初眉をひそめてたけど、案外すんなり受け入れてくれた。お母さんも「ちゃんと幸せになりなさいね」と言うだけで、思ったより穏やかだった。


蒼の家族には挨拶をしなくていいのだろうか?

親や兄弟のことも、何も知らない。

「蒼の実家は?」と聞くと、母親が1人いるが、絶縁しているので挨拶はいらないという。



それから1ヶ月後、私たちは区役所で籍を入れた。

婚姻届で初めて蒼の年齢を知った。

(蒼、27歳なんだ…)

結婚相手の生年月日を婚姻届で知るなんてなかなかないだろう。

自分が住んでいたアパートもそのタイミングで正式に引き払った。


こんなあっさり物事が進むなんて。

この間まで死のうとしていたのに。本当に人生は何が起こるかわからない。


---


蒼のマンションは2LDKで、私にはリビングの隣の部屋があてがわれた。狭いけど、私には十分だった。元々荷物なんて段ボール一つ分しかない。服と本を並べて、あとは布団を敷いただけ。それでも自分の部屋があるってだけで、妙に落ち着いた。


蒼は相変わらず家にいない。夜中に帰ってきて、朝にはもういないなんて日がほとんどだ。一緒に寝るなんてありえなくて、リビングで顔を合わせることすら少ない。でも、それが私にはちょうどよかった。誰かとずっと一緒にいるなんて、息が詰まるだけだ。


ある朝、蒼からメッセージがきていた。

“コンビニで食い物買っといたから。”

サンドイッチとおにぎりが入った袋がテーブルの上におかれていた。

(食べろってことかな…?)

もしかして、急な環境の変化や仕事の疲れなどでまともにご飯を食べれらていないことを察していたのだろうか…。


別の日、私が風邪で寝込んでいたとき、ドアの向こうから「生きてるか?」って声がした。ガラガラの声で「…なんとか」とだけ返し、眠りについた。朝起きて少し身体が楽になっていたので、起き上がってリビングに行くと、テーブルの上に薬とスポーツドリンクが置いてあった。蒼の姿はなかったけど、私のために用意してくれたんだ。


顔を合わせることは少ない。会話だってほとんどない。でも、蒼のさりげない優しさを少しずつ感じていた。

蒼が帰ってきた気配を感じるたび、妙に安心する自分がいる。

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