『選ばれた者』
そうして俺はペンネに指示を出して戦場を駆け抜けていったのだが……見えた。混乱している兵士たちの奥。一番後ろになんだか〝らしい〟恰好をした偉そうなやつが二人いる。
全身ギンギラギンって感じの黒を基調として銀で飾りをつけまくった奴と、サーコートを付けた爺さんだ。
「――ダル爺。今回のやつってわざわざ俺達が来る必要ってあったかぁ?」
「殿下の命だ」
「殿下ね……陛下じゃないってところがなんともな。それに、相手も同じく殿下じゃんかよぉ」
「反逆者となった者だがな」
「その反逆者ってのもどこまで本当か眉唾だよねぇ。『黄金』が使えるって嘘をついたってことらしいけど……本当に使えるかもしれないじゃんか。普段使わないのは、まだ使い方を覚えていない、ってだけでさぁ」
「それは貴公の考えか?」
「まぁねぇ。うちの一族の『白銀』もそうだけど、これって結構扱いがムズイのよ。それよりも効力の高いと言われてるらしい『黄金』様なら、好きに使えなくてもおかしくないかもなぁ、なんてことは思ってるね」
「ふむ。だが、殿下の命である以上は我らの行動は変わりはしない」
「それが王族同士の家督争いだとしても?」
「事の可否や善悪を判断するのは我々ではない。そんなものはのちの歴史家たちに任せればいい。我々がやるべきことは、王家の命を守り、王家の敵を滅ぼすことだ」
どうやらこの二人は命令されたから来ているという点は同じでも、それぞれのスタンスというか考え方は違うらしい。
そんな話を聞いているうちに二人の前に到着したのだが、立ち止まったペンネとそこから降りてきた俺を見ても二人は武器を構えずに余裕の態度を見せて話を続けている。
「それに、我々が来たことも全く飲む意味とはいえまい。あの獣。我々で対処することができたが、それでも追い払っただけだ」
「あ~、あれかぁ。確かに俺達がいなかったら一般兵だけじゃ厳しいかぁ。なんだったらあのまま全滅しててもおかしくなかったねぇ」
「あの一匹だけで半数も削られたのだ。我々が止めなければ、そうなっていただろう」
「そうしたら王子殿下は政治争いに負けて敗走かぁ……いや、処刑かな?」
「あまり不敬なことを言うなよ?」
「はいはい。……ところで、その獣と一緒に現れた君は何者なのかなぁ?」
話しが一段落ついたからか、そこでようやく俺達へと話しかけてきた。
「お初にお目にかかります。ウルフレック辺境伯家が次男。エルド・ウルフレックと申します」
こんな状況ではあるけど一応貴族だし初対面だし、相手は王族の側近みたいな立場なんだからある意味権力者だ。礼儀は必要だろ。
それにまあ、なんだか少し格好つけたい気分だった。久しぶりの戦いの空気に気分が昂ってるのもあるかもな。
「ウルフレックぅ……? そんな辺境のがどうしてこんなところに居るのやら」
「王女殿下のご学友だな。今回の件に下手に関われば、貴公の故郷にも被害が及ぶこととなるが、そのことを理解しているか?」
「いやいや、あのデカい犬に乗ってここに来た時点で理解してるでしょうよ。ねぇ?」
「まあ、そうですね。それに、さっきクソッタレな王子様の手駒を半分くらい潰してしまったので、もう関わってしまっているんで今更引くことは出来ませんね」
「なるほど……確かに、その獣が貴公のものだというのであれば、貴公は我らの敵であるな」
そう言い終えると老人の方が剣を抜き、構えた。
剣を持ってるってのとこの空気……こっちが『王家の剣』か? となるともう一人のチャラい方が『白銀』か。まあ、らしいっちゃらしいな。
ただ、一つだけ言っておくことがある。
「――一つ、訂正をしておきます」
「んん?」
「俺があなた達の敵なんじゃなくて――お前らが俺の敵なんだよ」
なに上から目線で語ってんだ。自分達が勝つことを前提に調子に乗って、人を見下すような態度してんじゃねえよ。
言い終えるなり平面魔法を使って小さな板を弾として飛ばす。以前に戦った騎士程度ならこれでおしまいだが、さてこいつらはどうだ?
ペンネと戦えていたことを考えるとこれじゃあ終わらないだろうけど、その出方次第で分かることもある。
そう思って様子見をしていると、爺さんの方は剣を振って俺の放った弾をすべて斬った。
「ふむ。見えない何かを飛ばしている。……なるほど。これが『平面』属性の魔法か。確か、板状の魔法を飛ばして攻撃するという情報があったな」
見えてなかったのに今のを全部切ったのか……確かに、それだけの実力があるんだったらそりゃあ『王家の剣』なんて呼ばれて王族から頼られるのも当然か。
それはそれとして……
「はっ。ご丁寧に俺達のことを調べたのかよ」
「どのような敵であろうとも、敵を侮ることは敗因足り得るものであるのでな。それで、この程度でどうにかできると思ったか?」
できる事なら初撃で終わってくれたらとは思ったけど、本当に終わるとは思っていない。
「いや? まあ終わればいいとは思ったけど、それはそれでつまらないから生きててくれて良かったよ」
言い終えるなり次の攻撃を放つ。今度は奴らの頭上に巨大な平面の壁を縦に成形し、それを叩きつける。
ギロチンのように叩きつけられる平面の板は、何もしなければ二人を両断するに足るだけの威力があった。だが、そうはならなかった。
「それが『白銀』か」
叩きつけた平面は、銀色の光を纏う男が右手を上にあげる事で掴んで止めていた。そしてそのまま乱暴な動作でこちらに投げ返してきた。
投げられた平面が俺に当たる前に魔法を解除し、霧散した平面魔法の残滓だけが過ぎ去っていく。
二人とも見えていないのによくやるな。
「そう。これが我が家に伝わる力だ。『黄金』とは違い、確実に人世代に一人は発現する我が家が選ばれた者である証拠さぁ」
「選ばれた、ねえ……それは『黄金』よりもか?」
これまで『黄金』の話は何度も聞いてきたけど、『白銀』なんて一度も聞いたことがなかった。それだけこの国では『黄金』の価値が高いってことでもあるけど、それでも一度も話を聞かないのはおかしい。つまり、話題に上がらないくらい『白銀』の価値が低いってことでもある。
それなのに〝選ばれた〟なんて自称するなんて、恥ずかしくないのか?
そう思って挑発がてら聞いてみたのだが、予想以上に効いたようで銀男は盛大に顔を顰めている。
「ふんっ! 『黄金』なんて、いつ出てくるかもわからないおとぎ話じゃないか。そんなものを当てにできるわけがない。確かに、発現した者は運が良いのは認めてもいい。でも、それだけだ。たまたま生まれた時に他者とは変わった魔力を持っていたというだけの事でしかないのさぁ」
まあそれはそうかもしれない。だって発現した俺自身運が〝悪かった〟と思ったし、実際運要素が大半だけどさ。でも、隣の剣士が睨んでるけど良いのか?
ただ、その運って奴が大事なんじゃないかって思うんだけどな。
「でも、そういう生まれ持った奴のことを『選ばれた者』っていうんじゃないのか? この国はそれで成功してきたんだろ?」
この国はその成り立ちも発展も、一から十まで『黄金』が関わってくる。でも、その『黄金』だって一種の才能だ。才能があるものが発展させるのは普通のことで、その才能を否定するのは違うだろ。
「わかってないなぁ。まぁ、選ばれなかった側の人間としては、常に選ばれた者側である俺達のことを認められないのも無理はないかぁ」
肩を竦めながら見下すように笑っている銀男。それだけ自身の持っている『白銀』とやらに自信があるんだろう。あるいは、『黄金』を手に入れることができなかった悔しさ、みじめさを隠すために強がっているとか?
どっちにしても、『黄金』をもっている俺からすれば滑稽な話だ。




