やっぱり平凡は無理だった
「つまり戦いは避けられないと」
「加えて言うなら、殺さないのは王族だけで、他の抵抗した者は迷うことはないだろう」
そう言ったキリエの言葉にエリオットも同意する様に頷いているところを見ると、まず間違いなく王女以外……ティアリア以外のメンツは皆殺しってのは間違いないんだろうな。
「つまり、負けたら死ぬのは変わらないってわけか」
やる事に迷う必要がないって意味ではありがたい……のか? まあ俺としては相手の出方とか関係なく戦うつもりだけどさ。
「……やはり、私が投降すべきなのでしょうね。今の時点であれば皆さんの命を守る事くらいは……」
だが、敵の素性や本気度が判明したことで弱気になったのか、ティアリアが思いつめたような表情でくだらない事を言い出した。
「だから、俺はお断りだっての」
「ですが、戦いにならなければあなたに迷惑をかけることもありません」
「だとしても、それじゃあ〝俺が気に入らない〟」
敵がどんな奴なのか分かった。その危険度も理解した。その上で断言した俺に対して、ティアリアだけでなく他のメンツもそれまでのどこか沈んだ表情を消して驚いたような顔をむけてきた。
……なんだお前ら。まだ俺が戦うって言った意味を理解してなかったのか?
「正直言って、まだお前のことを心から身内だと思ってるわけじゃない。今の俺達の関係はあくまでも上っ面だけのお友達だ。学園生活が終わればそれと同時に終わるような、薄っぺらい関係でしかない」
「……」
「でも、それでも友達を名乗ることを決めたんだ。だったら、ここで見捨てたらウルフレックの名折れだろ」
「え……」
だから、そんなに驚くようなことか? ……いや、驚くようなことだな。なにせ、友達のため、なんて理由だけで戦争しようとしてるんだから。
そう思うと、なんだか自分の無茶苦茶さに笑いが零れてくる。
でも、これが俺だ。無茶苦茶なことを言っているのも、手のひらくるっくるで支離滅裂なのも、行動に芯が通っていないのも理解している。
「良いことを教えてやるよ、世間知らずなお姫様。――『ウルフレックは仲間を見捨てない』んだよ。禁域の魔物が相手でも、ドラゴンが相手でも、そんなドラゴンすら容易く狩るような化け物が相手だとしても。国一つが相手になったとしても。それでも俺達は絶対に仲間を見捨てない」
それでも、これが俺で、ここで退かないことを好しとしたのも俺だ。意見も態度も翻しても、それでもウルフレックとしての在り方だけは変えるつもりはない。
「俺達のことを仲間に引き入れようとして調べたんだろ? だったらお前だってそれを知ってるんじゃないのか? 俺自身、これまでに多様なことを言ってきたしな」
「……そこまでのものだとは思いませんでした」
「そうか? なら今日ここで覚えていけ」
普通に考えれば状況は絶望的なんだろう。実際、ティアリア達は状況の悪さに悲嘆してたわけだし。
でも、やることははっきりしている。覚悟なんてとっくに定まっている。なら、後はやるだけだろ。そう考えると自然と笑えてくる。
それにそもそも、俺にとってはこの程度の状況は絶望的でもなんでもない。
ちょっとだけ……本当にちょっとだけ格好つけて一歩踏み出し、城壁から飛び降りてペンネの背中に立つ。
「良いのか? それを使ったら色々と終るぞ?」
何だペンネ。お前そんなに気遣いの出来る奴だったか?
「仲間を見捨てるクソッタレよりマシだろ。それに、お前が言った通り俺が蒔いた種でもあるからな」
俺が調子に乗って『黄金』なんて使ったことが巡り巡ってこんなことになったんだったら、これは俺がけりを付ける事態だろ。
「お前は良くても他の奴らはどうなんだ? お前の兄とか、絶対小言を言ってくんだろ」
うーん……確かに。わりと勢いで戦うことを決めたけど、絶対に兄上とか迷惑かけるだろうし、なんか言ってくるよなぁ。
「なんだ、お前そんなに俺達のこと心配してくれるキャラだったのか?」
「……うるせえ」
そんな照れるなよ。でもまあ、何か言ってくるだろうけど、それほど心配する必要もないと思う。
「まあ、何か言われるだろうけど、大丈夫だろ。なんだかんだ言っても、あの人もウルフレックだ。仲間を守るための行動にとやかく言うことはない。母上もやりたいようにやれって言ってたしな」
むしろ、ここで友達を見捨てたなんて言ったら、その方が怒られる。なんだったら戦いを回避した先で母親と兄と姉を相手取るクソふざけた戦い……それこそ本当に絶望的な戦いが行われることになる。そんなのはごめんだ。
「それに、いい加減俺も飽きてきたんだよ。たまには遊ばせろ」
「――はっ! やっぱりてめえが平凡に暮らすことなんてできるわけなかったな」
……まあ、そういうことになるな。
ウルフレックでの暮らしは嫌いと言うほどではない。けど、あそこで俺は異物だったというか、少しみんなと違っていたと思っていた。言い換えるなら、常識人なんだと思っていた。
でもそれは、思っているだけだったというわけだ。
前世の記憶という、ある意味常識的な意識があったからウルフレックの常識をおかしいと感じることがあった。だからこそあそこを離れて普通に旅をしたり平穏な暮らしを求めていたんだけど……どうやら昔の記憶があるだけで、意識の根っこの部分は俺も十分にウルフレックになっていたらしい。
それがいい事なのか悪い事なのか……。この世界に馴染んでいるって意味ではいい事なのかね? 少なくとも、今の自分の状態を嫌いだとは思っていない自分がいるのは確かだな。
「向こうにいる強敵二人は俺がどうにかするけど、状況次第じゃ他には手が回らないと思う。だから、その間お前らは他の一般兵たちの対処を頼む」
できる事なら俺一人でどうにかしたい。でも、ペンネが苦戦するような相手がいるとなると、流石に一瞬で終わらせるなんてことは出来ないだろう。俺とペンネが敵の強者と戦うとしても、その間は他の兵たちを放置することになる。三千の敵がいたとしても、それだけですぐに壁が壊されるなんてことはないだろうけど、壁の外にある街や畑、住民はどうなるか分からない。だから、兵を抑える役割を担うやつが必要になってくる。
「どうにかするって……」
「できるのですか?」
「できるさ」
俺がそう自信満々に言うと、覚悟が決まったのかローザリアが真剣な眼差しでこっちを見つめながら口を開いた。
「エルドさん。ロドウェルを治める一族を代表してお願いいたしますわ。――どうか、この街に住まう民の暮らしを守ってください」
「そこで自分達を守って、なんて言わないんだな」
「民を守る事が貴族の務めであり、誇りですもの。それに、自身の身は自身で守れるつもりですわ」
「自分勝手な理由で民を蔑ろにして攻め込んでくる王族に聞かせてやりたい言葉だな」
これが他の貴族達なら、自分達のことを守ってくれとか、街や領地を守ってくれとか言うんだろうけど、〝民の暮らし〟を守ってくれなんて言うとは……。
けど、そんな人物だからこそ好感が持てる。
「エルド。死なないでよ」
「大丈夫だっての。それに、本当にどうしようもなくなったらそれこそ奥の手――最終手段があるからどうにかなるさ」
そう言って笑ってやったが、今回の場合は俺よりもエリオットたちの方が危険だろうに。人の心配なんてしてる場合じゃないだろうと逆に心配になってくる。
でも、こいつも騎士の一族として鍛えてきたんだ。そう簡単に死んだりはしないだろうと安心するしかない。
「……エルドさん。私の事情に巻き込んでしまい申し訳ありません。私の行動の責任をあなたに押し付けることになってしまい――」
「あー、そういうのいいって。戦いの前にそんな暗いこと言うのやめろよ。それに、ここで戦う事を選んだのは俺だ。お前の行動の結果だとしても、責任自体は俺にあるんだから気にすんなよ」
ティアリアが謝ってくるが、それを遮って軽く手を振りながら拒絶する。
実際、こうして何度も謝られると心苦しいんだよな。だって俺が調子に乗って不用意に『黄金』を使ったせいなんだし……。
「それより、お前は死なないことを第一にしろ。俺が勝つのは当然だが、お前が死んだら色々と面倒なことになるし、そもそも俺が戦った意味がなくなるんだから。――キリエ。お前もしっかり守れよ。今度は敵が強いからって簡単に気絶したりするんじゃないぞ」
「ふんっ。貴様に言われるまでもない! 姫様は私がお守りするに決まっている」
コイツのことだし、多分命を掛けてでも守ってくれるだろう。それに、ティアリアに無茶をさせることもないはずだ。俺のことを嫌っているとしても、そこだけは信頼できる。
「それじゃあ、行くとするか」
後ろを任せることは出来た。なら、俺は不安なんて捨ててただやるべきことをやるために突っ込んでいけばいいだけだ。




