秘密の通路って厄介事の匂いしかしないよね
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「――あれが城かあ……」
田舎であるウルフレックを出発して二週間。俺達はついに王都へと到着していたのだが、学園が始まるまでは更に二週間近くかかる。その間知り合いがいるわけでもなくとても暇なので観光をすることにしたんだけど、流石は王都。うちみたいな田舎とは違ってかなり発展してるな。
まあ、うちも田舎にしては発展してる方だけどさ。なにせ他に発展してる場所がないから、あの辺りの人たちは皆辺境伯領の領都にやってくるんだから。
それでもやっぱり王都は何というか華がある気がする。
「クソガキ。んなことしてっと、田舎もん丸出しだぞ」
銀色の子犬の見た目をした魔物、ペンネが俺の横を歩きながら嘲笑うように注意してきた。
でも、魔物を使役してペット、あるいは使い魔としていることは割と普通の事なので問題ないが、しゃべる魔物は流石に珍しいのでできるだけ人前では喋らないでいてもらいたいところだ。
「まあ田舎もんなのは事実だし。それに、見知らぬ誰かに笑われたところでどうでもよくない? これから関わるわけでもないんだから」
「ガキの癖に、妙に達観してんなあ。お前みたいな歳のガキは、たいていが見栄を張るもんだってのに」
ガキって言っても前世で大人として生きた記憶があるしねぇ。それに、ウルフレックで暮らしてれば見栄なんて張ったところで意味がないなんてのは誰でも理解していることだ。
まあ、ありのままの自分、ってやつだけで生きていける程人生甘くはないのは知ってるから時と場合によるけど。
「必要な時には見栄も張るさ。でも、今は関係ないからいいかなって。それより、なんか面白そうな場所知らないの? 長生きしてるから王都にも来たことあるんでしょ?」
「俺様が来たのはもう二百年以上前の話だぞ? 変わってるに決まってんだろ」
「えー。つっかえないおばあちゃんだなあ」
ペンネはかなり強力な魔物だったみたいで、もう何百年も生きているらしい。でもここ最近はうちのそばの禁域で引きこもっていたらしいし、情報源としては役に立たないようだ。
「……あんまし舐めてっと、丸かじりしてやんぞ」
「それで齧ることができなかったわんこがなんか言ってらあ」
そんな強がったところで、前に俺のことを噛みつけなくて負けを認めたんだから意味ないって。
「……いつかぜってーぶっ殺す」
「はいはい。――あ。あそこの魔法具店って面白そうじゃない?」
睨みつけてくるペンネの言葉を軽く流しながら、路地に入ったところに看板を掲げていた魔法の道具を売っている店を見つけた。
「……そうかあ? なんだかぼろくねえか?」
「それがいいんじゃん。ああいうところに隠れた名品が転がっていることがあるかもしれないでしょ」
「なんとも甘い考えだが、ねえとは言い切れねえのがなぁ……」
いいよね、魔法具って。俺自身魔法は使えるけど『平面』しか使えないから、地球の創作のような炎を出したり海を操ったりとかすることは出来ない。着火や飲み水の魔法すら使うことができないんだから、残念としか言いようがない。
でも、魔法具があれば疑似的にではあるけど俺も魔法らしい魔法を使うことができる。杖の先から火を出したりとか、剣に雷を纏わせたりとか。
因みに、ライターとスタンガンで十分じゃん、なんてことは言ってはいけない。俺が求めているのは実利ではなくあくまでもロマンなんだから。
「普通ならこんな路地に入ってくのは躊躇うもんなんだろうけど……」
「んなもんビビるような性格じゃねえだろ」
「性格っていうか、強さ? ぶっちゃけうちの領地の方が怖かったし」
「世界で最もヤバい場所に挙げられるところと比べんなよ」
普通の客は、大通りのそばとはいえどこんな薄暗さのある路地に入ってまで店を探したりはしない。でも、俺達にとってはこの程度の薄暗さなんてなんてことないし、こんなところに居る暴漢が襲ってきたとしても問題にすらならないので、ためらうことなく進んで行く。
ただまあ、死ぬことはなくても狙われるのは面倒だ。顔を覚えられないようにフードを被っておこう。
「うわぁ……雰囲気は抜群だね」
「品揃えも店の態度も最悪だけどな」
「それがいいんじゃん」
見かけた店に入ってみたんだけど、どうにも寂れている。
いやまあ、寂れているのは店構えからして分かってたんだけど、なんというか、造りはいいはずなのに薄暗さや品ぞろえの悪さ、物の配置に加え、店主らしき人物がこちらを無言で睨み続けているせいで客が寄り付かなそうな雰囲気を醸し出している。
真っ当な品を探しに来たんだったら、こんなところすぐに出ていくだろう。だってまともな品なんてなさそうな雰囲気してるし。
でも、基本的に冷やかし気分で来ただけの俺としては満点の店だ。もちろんいいものがあったら買うつもりだけど、たぶんないでしょ。
「おい。見て回ったけど、ゴミしかねえぞ」
「うーん……ここは外れかぁ。次は良いのがあるといいんだけど……」
他にもちょっと歩いたら似たような店があるだろうし、なんだったらその辺の人に聞いてもいい。まだまだ時間はあるんだし、寂れた魔法具店巡りをして観光と行こう。
「次も回るつもりかよ」
「あったり前じゃん。……んー」
と、そこで不意に俺達以外の気配が知覚にあることに気が付いた。近くにある、というか、正確には近くにやって来ている、かな。
店主はそこにいるし、入り口の方向でもない。さっきまで建物内に気配があったってわけでもないとなるとどこからやって来たんだってなるんだけど……
「気づいてんだろ?」
「まあねー。でもどうしたほうがいいと思う?」
やっぱりペンネも気づいてたか。でもどうしたほうがいいかな? 敵……あ、俺達じゃなくて店主やこの店に対する敵ね。そういう感じのやつだったら注意をしておいてもいいかもしれないけど、それやるとこんどはこっちまで目をつけられそうな気がするんだよなぁ。
そこんところ、何百年も生きてるペンネさんはどう思うよ?
「好きにすりゃあいいんじゃねえか?」
なんて適当な……それじゃあ聞いた意味ないじゃん。
「いや、そうするつもりだけど、何かやるにしても判断材料としてなんか参考になる考えとか知りたかったんだけど……犬っころには難しかったか」
「てめえ……」
「とりあえず、スルーでいっか。興味はあるし知りたいけど、王都についてしょっぱなおかしな事に関わって問題起こすわけにもいかないし」
この店で買い物したわけでもないし、親切にしてもらったわけでもない。今後取引の予定があるわけでもないし、言ってしまえばただの他人だ。こんなところに店を構えているんだったら門田があったとしても心得ているだろうし、下手に首を突っ込むのはやめておこう。
「……ま、それが無難だろうな」
「うん。……ごめんだから、齧るのやめてくれない?」
さっきから人の脚に噛みついてるの分かってんだからね? お前の噛みつきって、『黄金』を使わないで防ぐの地味に大変なんだから。
「これで味がついてたら丁度いいんだけどな……」
「人の体を骨扱いするのやめてくれる!?」
後で牛の骨でも買ってあげるから我慢してよ。というか、魔物達のボスとしての威厳はどこにいったの?




