『黄金』、王都への出発
「エルド」
玄関前で荷物の積み込みを見ながら兄さんと話をしていたんだけど、積み込みが終わったと報告を受けたすぐ後にまた別の人が屋敷から出てきて声をかけてきた。
この女性の名前はミリエラ・ウルフレック。俺の母親だ。
ウルフレックなんて野蛮な土地には似つかわしくない程お淑やかな見た目と振る舞いの淑女で、どうしてこんなところに居るのか気になる程だ。……まあ、父親と結婚したからなんだけどさ。多分兄さんは母親になんだろうなぁ。
「母上。いってきます」
「ええ。いってらっしゃい。でも、先のアルクの言葉は忘れてはなりませんよ。あなたの『黄金』は、時と場所次第ではあなたを害する災いに繋がりかねないのですから」
さっきの言葉って……聞いてたんかい。あんた多分部屋にいただろうに、外の話声が聞こえるってどんだけ耳がいいんだよ。……はあ。流石はウルフレックの女主人ってわけか。
「……分かっています。はあ……こんなことなら『黄金』なんてほしくなかったのになぁ」
最初は喜んださ。『平面』なんてよわよわな魔法属性を与えられたことで、この先どうしようなんて悩んでいたところに『黄金』の魔力が発現したんだ。これで勝ち組だ! なんて思いもしたし、実際役に立ってはいるからありがたいではあるんだけど、それはそれとしていざ学園に通うことになると厄介事の予感しかしない。
できる事なら普通の学園生活を送りたかったけど、たぶんむりだろうなぁ。『黄金』を隠すとなったら絶対にバレないように友達とも壁を一枚作って接する必要だし。『平面』魔法を使うだけに、友達とも壁を作るってか? うるせえよ……はあ。
「そんなことを言ってはなりませんよ。『黄金』自体はあなたにとっても我が家にとっても光栄な事なのですから」
そりゃあね。俺だってわかってますよ。貴族的には王国の象徴であり、王家の血族である証明の『黄金』が発現したことは喜ばしい事だって。でもそれ、厄介事を許容できるだけの力と余裕があれば、の話だろ? うちの領地にそんな厄介事に関わっている余裕なんてあるわけがないんだから、邪魔としか言えないとおもう。こんな力が無くても領地を守っていくだけならやっていけないことはないんだし。
「それは分かっていますけど、でも全力で魔法を使うことができないのでは、これからの学園での生活に支障が出てくるじゃないですか」
「……いや、エルドの魔法なら学園程度は何の支障もないと思うけど……」
俺と母上の話を聞いていた兄さんが小さく呟いたけど、まあ正直俺もそう思うよ。だってどう考えたってうちの領地より危険なわけがないし。
でも、それはそれとして学園ではここで必要な能力とは別の者が必要になってくるだろうし、状況次第では俺の魔法属性が足を引っ張る可能性場十分に考えられることだ。
「何言ってるのさ、兄さん。本番では普段と同じことは出来ないんだから、自分ができる最善の備えをしておくべきでしょ。能力が制限されるなんて、危ないじゃん」
「それはそうなんだけど……エルドだしなぁ」
「酷くない? 可愛い弟が危険な目に遭うかもしれないって言うのに」
「世界四大禁域で暴れまわってるくせに何言ってるんだか。それに、何か起こるって決まったわけじゃないんだから、そんなに警戒する必要もないと思うよ」
「平時こそ戦時の暮らしを意識せよ、がうちの家訓でしょ。当主がそんなんでどうするのさ」
「そうだけど……うーん。それ家訓っていうか、父上が言ってただけだしなぁ」
父上かぁ……そんなこと言ってたくせにもう死んじゃったんだから、正しいのか間違ってるのか微妙に困る言葉だよなぁ。
父親に関してだけど……この領地の性質、そして兄さんがこの若さで当主という点から分かるかもしれないけど、もう死んでいる。俺が生まれた時には確かにいたし、俺が小さい頃も一緒に遊んだし戦いの仕方を教えてもらいもした。
死んだのはほんの数年前……大体三年前くらいかな。兄さんが学園に在学中に死んで、それによって兄さんは卒業後すぐに辺境伯家当主の座を引き継いだ。
そのせいで兄さんに結婚相手も婚約者もいない。まあそうだよな、って感じだ。だって当主が不在となってまだ若いガキが当主になったんだ。しかも、こんな問題だらけどころか問題しかない領地で。
ウルフレックの立ち位置からして完全に潰れることはないだろうけど、それでも栄華、栄達が望めるかといったらその可能性は低いと言わざるを得ない。
「エルドの言いたいことも分かりますが、普段の生活では使用を気を付けろ、というだけです。あなたの能力があれば落第はしないでしょうから、そこまで気にする必要もありません」
ん……まあ知力で言えば俺は他の学生に比べて圧倒的有利だし、武力もそうだ。問題は魔法の属性が役立たず扱いされそうなことくらいなんだよな。ただ、その程度のことで落第することはないから、『黄金』を使わざるを得ないなんて状況はまずないだろう。
だから本当に、うっかり使っちゃった、なんて状況にならないように気を付けろっていう忠告だろうな。
授業や普段の生活なんかで『黄金』を使うことになる可能性があるなら、その事柄に関しては素直に諦めた方がいいかもしれない。どうせそこで諦めたところで何があるわけでもないんだから。
「ただし、どうしても使ってはならないというわけではありません。あなたが必要だと思った時は、迷わずに使いなさい。一番大事なのはあなたの命なのですから」
「はい。分かりました、母上」
なんて言って頷くと、突然抱き着いてきた。いや、抱き着いてきたというか、抱きしめてきた、か。
兄さんもだったけど、うちの家族って基本的に愛情表現が激しいというか、はっきりしてるんだよね。
明日には死んでいてもおかしくないし、なんだったら今日このあと死んでもおかしくはない。たった三年離れるだけではあるけど、俺達にとってはそれが根性の別れになる事は珍しくないんだ。
それが分かっているから、死んだときに後悔しないように、そして死んだ後に残された者が少しでも悲しくないようにはっきりと愛情を伝えるんだろう。
前世の常識がある俺としてはこんなはっきり表現するのは恥ずかしさがある。けど……嫌ではない。
「クラリスも向こうにいるけど、仲良くしてね」
「王室騎士をやってるんだから姉さんに会うことはそうそうないと思うけどね」
うちの言えは武力があるだけあって王家からもそれなりに期待されている。なので、世代ごとに毎回一人は王宮で勤める騎士として出仕している。うちのねえさんがまさにそれだ。確か今は王妃の護衛をやってるんじゃなかったっけ?
あ、そうだ。姉さんに話しを通しておけば俺が『黄金』を使っても隠してくれるかも……無理だな。あの人にそんな腹芸ができるとは思えない。むしろ今まで俺のことを黙っていることができただけでも奇跡だ。まあ、裏表のない性格だからこそ王妃から信頼されてそばに置かれているのかもしれないけど。
「それじゃあ、元気でいってらっしゃい」
「はい! いってきます!」
そうして俺は不安と期待を綯い交ぜにしながら、学園に通うべく王都へと出発していった。




