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姉上からのお願い

「耐えたわね。流石私の弟! でも、まだ終わらないわよ!」


 あ……ダメだこれ。

 姉上が追撃のために一歩踏み出したが、俺にはその後に続く攻撃を避けるだけの術がない。

 今の俺は弾き飛ばされたことで体勢を崩しているし、何より頭突きのせいで頭の中がシェイクされている。そのせいで世界が揺れているうえ、体にもうまく力が入らない。こんな状態ではどうあがいても姉上の攻撃を避ける事なんてできるわけがない。


 それでもどうにかしようと反射的に魔法で壁を作ったのはこれまでの経験の賜物だろう。まあ、意味があるかは知らない……いや、意味なんてないだろうけど


「ま、待ってください! それ以上はこの場所が耐えられません!」


 姉上の拳が俺の張った平面魔法を砕く瞬間、俺達を……というか姉上を制止する声が響いた。


 そんな制止の声を受けて姉上は動きを止め、姉上の拳は俺の顔面の直前で寸止めされていた。どうやら、俺は生き残ることができたようだ。


「……ふう――いたっ!?」


 制止の声を受け入れたってことはこれでこの戦いも終わりだ、と気を抜いた瞬間、俺の顔面の前で止まっていた拳が動き出し、頭を小突いた。

 ……うん。小突いただけでなんで岩を殴りつけたような音がするんですだよ! くっそ……めちゃくちゃいてえ……。


「最後まで油断したらダメじゃない。ね?」

「王女からの止まれって言われたんだからそこで戦いは終わりのはずではありませんか?」


 先程制止の声をかけてきたのはティアリアだ。そして姉上はティアリア達王族に仕える騎士。だったらティアリアの命令は絶対だろうに。


「止まれ、なんて言われてないわ。これ以上は耐えられない、って言われたんだから、耐えられる攻撃ならいいってことでしょ?」

「……それは屁理屈でしょ」

「通すことのできない理屈より、力のある屁理屈の方が役に立つのよ。覚えておくと便利だったわ」

「だった、って……いえ、いいです。大体は理解してるつもりなので」

「あ、ほんと? 流石は私の弟ね」


 そう言って笑っている姉上だけど……笑い事じゃないだろ。

 だって、便利だった、ということはすでに実践したってことで、それはつまり力で屁理屈を押し通したってことだろ? それも、うちでの話じゃなくて王都での話だろうから他の貴族、あるいは下手をすれば王族相手にだ。

 ……どう考えても問題にならないわけがないのだが、兄上は知っているんだろうか? それとも、そんな問題冴叩き潰すほどの力を見せつけたのだろうか? ……なんだか姉上の場合は後者な気がするなぁ。だってこの人、多分核爆弾が直撃しても生きてるだろうし、生半可なことじゃ止められなかっただろう。文句を言ってきても力理論でごり押しして終わりそうな気がする。小言くらいじゃまったく響かないだろうしなぁ。


「でも、久しぶりに話ができて良かったけど、折角だしもう少し遊ばない?」

「……いやですよ。ここで戦う事になったら今度こそ怒られるだけじゃすまなくなるでしょう」


 周りを見てみると、穏やかに昼寝ができるような憩いの場であったはずの学園の庭が、戦場のように地面が抉れ、花が散ってしまっている。既に王女から止めがはいっていることもあるし、流石にこれ以上は本格的に処罰を受けそうな気がする。


「そうね。だから、〝ここ〟じゃなければいいんじゃないの?」

「ここじゃなければって……」


 じゃあどこで戦うんだ? もしかして学園の訓練場とか街の外とか? どっちにしても嫌だ。というかそもそも姉上ともう一度戦うなんて御免こうむりたい。


 だが、どうやら俺が考えているようなことにはならないようだ。


「丁度騎士達の練習相手が必要だったのよね。私が相手だと階級が邪魔をしてるのか腑抜けた戦いしかできないし、どこかから人を引っ張ってこようと思ってたところなの」


 騎士達の訓練相手ねえ。姉上ってそんなことしてたのか。強敵を相手にする経験だと思えば最適な人選かもしれないけど。

 でもまあ、確かに上司を相手に戦えって言われても全力を出しづらいのは理解できる。出世したい奴もしたくない奴も、今後も騎士の一員として同じ場所で働き続けるつもりなら上司の機嫌を損ねるわけにはいかないだろうし、全力で殴りかかるのは難しいだろう。……でも、姉上の場合は話が違ってくるんじゃないかと思う。


「いや、それって階級が邪魔してるんじゃなくて、素で姉上より弱いだけじゃ……」


 多分、みんな本気でやってるんじゃないか? その上で、姉上の求めている水準に届いていないだけで。

 いやまあ、それはそれで騎士としてマズいんじゃないかと思うけどさ。


「や~ね~。私が稽古をつけてあげた人達がどこに所属してると思ってるの? 王国騎士団よ? そこに所属してる人たちが、あんなに弱いわけないじゃない」

「……そうかもしれませんね」


 なんて返事をしたが、正直騎士だから特別強いとは思ってないし、やっぱり普通に姉上の基準に届いていないだけな気がする。


「ええ。だから、エルドなら階級とか関係ないし、年下にいいようにやられることになったら流石に本気を出して戦うでしょう?」


 そりゃあまあ……騎士ってプライド高いだろうし、いくらウルフレックの者って言っても年下のガキに負けるとなったら本気になるだろうさ。それに、俺だったら姉上と違ってそこそこの強さ程度で収まってるし、本気でやっても勝ち目のない姉上を相手にするのとは違って本気で勝ちに来るだろう。


 でもさ、その場合かなり危険な状況にならないか?


「その場合俺が本気の騎士団と戦う事になって危険になると思うんですけど?」

「へ……? もー、なにいってるの? あなたが騎士団程度に負けるわけないじゃない。騎士団は強いでしょうけど、あなたに勝てる人なんているわけないんだから余裕じゃない?」

「姉上。ここはウルフレックではありませんよ。俺が取れる手段は限られていますし、言動には気を付けてくださいね」

「あっとっと……そうだったそうだった。ごめんね?」


 全くこの人は……王女や他領の貴族がいるのに〝俺の事〟なんて話すなよな。今のはまだよかったけど、これで『黄金』という単語を口にしてたら色々と終ってたぞ。


 昔っからだったけど、頭は悪くないのにどこかぬけてるんだよな、やっぱり。まあ、知能を全部戦いに費やしているんだろうけど。


「でも騎士団の稽古の話は本当だから、よろしくねー」


 なんて言いながら手を振って離れていこうとする姉上。でも勝手に話しを決めないでほしい。


「あ、ちょっ! 部外者の俺がそんなことできるわけないでしょ!」

「ダイジョブダイジョブ。私が話を通しておくから。お姉ちゃんこれでも凄いのよ? 私が話をすると大体みんな頷いてくれるの!」

「それ、みんなまともに対応するのを諦めてるだけじゃ……」

「じゃーねー」

「あっ! 姉上!?」


 言いたいことだけ言い終えると風のように去っていった姉上。俺はその背中を眺める事しかできなかった。


「マジかよあの姉……正気か?」

(正気だったら王女の前であんな振る舞いしねえだろ。しかも王女に挨拶もしないで置いていったぞ)

「……マジかよあの姉。正気じゃねえな」


 言われてみればそうだな。あの人、王女たちと話しに来たんだろ? それなのに最後はその王女たちに挨拶もなく帰っていくとか……頭がどうかしてるだろ。


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