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辺境伯家現当主ミルフォード・ウルフレック

 


「エルドーーーー!」


 屋敷に戻るなり俺のことを呼ぶ声が響いてきた。見れば玄関の前に陣取ってこっちに手を振っている男がいる。

 あれが俺の兄であり、ウルフレック辺境伯家の現〝当主〟。ミルフォード・ウルフレックだ。

 現在の歳は俺より五つ上なので十七だが、この若さでもしっかりと当主としての仕事をこなしているうえに、おれの『黄金』が問題にならないように手を打ったりして助けてくれているのだから頭が上がらない。


「ほら、ご当主様が呼んでるよ。行きな」

「はあ、わかったよ。……葬式には立ち会うからね」


 聞きようによっては酷い言葉に聞こえるだろう。お前はいつ死ぬんだ、なんて相手の死を願っている言葉にも思えるかもしれない。

 でもここではこれが普通だ。ウルフレックではいつ人が死ぬか分からない。親しい誰かが死ぬときに立ち会えるとは限らない。むしろ、立ち会えないことが多い。

 だから代わりに、その人の葬式には必ず参加するんだ。たとえどんな用事があっても、どれだけ離れていても、どんな状態であったとしても、必ず。


 ただ、それでも物理的に距離が開いていれば間に合わないこともある。そればかりはどうしようもないことだ。歩いて何か月もかかる距離だと、連絡をもらった時にはすでに葬式が終わっている、なんてことも普通にあり得るんだから間に合うはずがない。


 だから『葬式に立ち会う』というのは相手に早く死んでほしいと伝える言葉じゃなく、「私が間に合うところに居る時に死んでくれ」という意味で、転じて「私が側にいる時以外は死ぬんじゃないぞ」という意味になる。


 マリンダは口うるさいし、いつまで経っても人の尻を叩こうとして来る厄介なおばさんだけど、それでも死んでほしいなんて思ったことはない。だからどうか、まだまだ死なないでいてくて。


「安心しな。あんたが学園に通ってる間は死ぬつもりはないよ」

「そっか」


 呆れたように溜め息を吐きながら伝えられた言葉に安堵し、俺はフッと小さく笑うとマリンダに背を向けて兄さんの許へと向かっていった。


「ごめん。おまたせ」


 玄関前に立っている兄さんの背後には、馬車に荷物を積み込んでいる光景が繰り広げられていた。多分あれは俺の荷物だろう。そんなに積み込むものもないしうちの人間を信じているから監督する必要もないと思って指示だけ出して放置していたんだけど、どうやら兄さんが俺の代わりに見ていてくれたらしい。まったく、自分も忙しいだろうに。


「まったく、禁域に行ってたでしょ?」

「あれ? よくわかったね、禁域にいたって」

「エルド、『城壁』使っただろ? 流石にあれだけの輝きがあればわかるさ」

「森の木々に隠れてそこまで目立たないはずなんだけどなぁ」


 黄金に輝く巨大な壁はとても目立つ。だけど、上空から見ればはっきりとわかるとは言っても、それは上空から見るからだ。横から見るのでは森の木々が邪魔して黄金の輝きなんて見ることは出来ないはずなのに……どうしてわかったんだろう?


「僕は目が良いから。あれだけ明るくなればわかるさ」


 それでもこの館から見ただけだと、ちょっと明るくなった……かな? くらいで、光の加減次第ではそういうこともあるよね、と流してしまえる程度のものだ。なんだったらそもそもそんな微妙な違いなんて気付かない方が普通だろう。


「……それよりも、最後まで仕事なんてしなくてよかったんだよ。こっちとしては助かるけど、そこまで急ぎってわけでもないんだから」

「ううん。これから出てくからさ。最後にちょっと一仕事して満足しておこうかなって思ったんだ」

「ああ……まあ、三年って結構長いからね。慣れた生活と違う日常を送ることになるから、最後にちょっとだけ、って気持ちは分からないでもないかな」


 そう言いながら頭をなでてくるのはやめてほしい。兄さんからしたら俺はまだまだ子供だってのは分かってるけど、でも精神年齢的には大人になってるんだから恥ずかしいと感じてしまう。

 普段からこんなふうに子ども扱いしてくるのだから困ったものだ。


 でもまあ、こんなところで生きてきたんだ。いつ死ぬか分からないんだし、毎日を全力で生きることも、誰かとの繋がりを大切にするのも当たり前のことだから止めろとは言えない。


「でしょ? それにどうせ遅れても一日ズレるだけでしょ。入学までは二週間以上あるんだから、そこまで気にする必要なんてないって」


 ここから学園のある王都までは大体二週間くらい。輓獣を馬じゃなくて竜種にすればもっと早くなるけど、それだと無駄に目立つことになる。ただでさえ『黄金』なんていう爆弾を抱えているんだから、目立つ原因は少ない方が良いため今回は普通の馬を輓獣とした馬車で向かうことになったので二週間もかかってしまうのだ。


「ここは辺境だってことを忘れてない? ここでの一日のずれが一週間の到着のずれになる可能性だって十分考えられるんだよ。そうでなくても予定通り行動していても遅れることがあるのに……」

「ごめんってば。でも、大丈夫だって本当にさ。いざとなったら、魔法を使えば何とかなる場面も……まあ多分あると思うし。少なくとも、そこら辺の賊やちょっとした災害程度なら何とかなるよ」


 賊が襲ってきても何とかなるからそれで遅れることはないし、大嵐が来たとしても『平面』魔法で通路でも作って進めば何とかなる。土砂崩れも『平面』で新しい道を作るか、ブルドーザーみたいに土砂をどかせば何とかなる。


「……そうだろうけど、でもエルドはできる限り魔法を使うのは控えた方がいいんだから、遅れないように最善を尽くすべきだろ。ないとは思うけど、『黄金』を使うことになるかもしれない事態は避けるべきだ」

「あー、まあそうだね」


 普段から『黄金』なんて使わないけど、魔法を使っていればちょっとした気の緩みや、表んなことから使ってしまうかもしれない。兄さんはそのことを心配しているんだろう。


 これだけ心配してくれると、ついさっきまでお気楽に遊んでいたことがちょっと申し訳なく思えてきて、俺は引きつった笑みを浮かべながら顔を逸らすのだった。



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