面倒ごとが増えたようで
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「おいおい、大丈夫かあのお姫様。だいぶお疲れみたいだな」
ティアリアから疑いの眼差しを受けながら午前中の授業が終わり、今は昼休み。普段ならエリオット達と食べたりするのだが、今日はティアリア達から距離を置いておきたかったこともあり、一人で学園をだらだらと歩いていた。
そんな中で、周りに誰もいないからかペンネが話しかけてきたわけだが、その内容はティアリアのことについてだった。確かに疲れてる感じはしたけど……君そんなに他人のことを心配するようなたちだったっけ?
「ま、本人も言ってたみたいに大変なんだろ」
「その原因を作ったお前はお気楽みたいだけどな」
それを言うなよ。それに、ある意味ギブ&テイクだろ。
「だって絶対に大変だって分かるところに首を突っ込みたくないし。暗殺者から助けてやっただけでも感謝するべきことだろ」
「もっとスマートに片付けられそうだったけどな」
スマートにねえ……でも結局それって結果論だよな。確かに最速で駆けつけて暗殺するとか、敵が何かする前に仕留めるとかしてれば『黄金』がバレずに済んだかもしれないけど、それは敵がどんな存在で、何をしてくるのか分かっていればの話だ。道中でのエリオットとローザリア達のことも見捨てるわけにはいかなかったし、あの時はあれが最善だったと思う。
それでも他に方法があったとしたら……
「たとえばお前が戦うとかか?」
チラリと俺は自身の影を見ながら問いかけてみる。あの時ペンネがいれば、俺がエリオットたちのことを助けている間にペンネがティアリア達のことを助けに行けたし、見た目は魔物だから俺みたいにこそこそしないで堂々と敵を襲うことだってできたはずだ。
「あ? 何言ってんだ。そんなめんどくせえこと俺様がするわけないだろ」
ま、そうだよな。お前がそんなことをしないってことくらい分かってたよ。
「じゃあどのみち『黄金』を使うしかなかったじゃん。流石にあのレベルの相手だと素で戦うのは厳しかったし」
「だとしても、あんな派手なことしなくても行けた気はすっけどな」
……うん。それはそう。真面目に戦ったのは確かだし、敵に自爆を許す時間を与え耐えてしまった理由があるのも間違いない。
でも、ちょっと調子に乗って遊びが入ったことは認めざるを得ない。だって久しぶりのまともな戦いだったし……仕方ないだろ?
「っつーか、まあやっぱりって感じはしたけどよ、疑われてんのな」
「仕方ないさ。あんな状況だし、顔は隠してたって言っても完全に別の姿になってたわけじゃないんだから」
一応ティアリアが気絶している時に出ていったし、万が一を考えて全身にはっぱを纏ったりして誤魔化しておいたけど、背格好や声までは変わってないんだからバレてもおかしくはない。
「これからどうすんだ?」
「どうするって? どうもしないけど。何かするつもりだったら最初から『黄金』のことを隠してないだし」
「そう言うだろうとは思ったけどよぉ。でも、気づいてんだろ?」
気づいたこと、なんて言われても、普通はその言葉が指す存在がいなければ何を言っているのか分からないだろう。でも、今の俺にはしっかりと心当たりがある。
ペンネが問いかけてきた言葉の意味。それは……
「学園に不審者が増えたこと?」
「ああ。不審者っつーか、多分王国の騎士か諜報あたりだろうがな」
まあ、そういう訳だ。あんな事件があったんだから当然と言えば当然なんだけど、最近学園に外部の人間が多く存在している。それも、堂々と訪問しているという感じではなく、陰ながら潜んでいるような、そんな感じ。
そして、その目と耳は俺達にも向けられている。
といっても流石に常時見張られているというわけではないんだが、それでもうっとうしいことに変わりはない。まあ、王女が学園行事中に命を狙われて事件が起きたんだから、一緒の班で行動を共にし、王女の動きを随時把握することができていた俺達は敵として、あるいは敵の手先として疑うには十分すぎるだろうな。
「目的は王女の護衛とかそんなのだろ」
最初の頃はそれこそペンネがこうして直接声を発して話をすることができないくらい調べられていたけど、最近では俺達のことはもういいと判断したのか、それほどうっとうしく調べてはこない。精々がティアリアの周囲に潜んでいるくらいだ。
「だろうな。だが、これ以上増えると面倒だぞ」
「っていっても、この程度の練度なら何人いても変わらないだろ」
「気軽に喋ることが出来ねえってのは結構だるいんだぞ」
こうして特に調べているわけでもないのに俺に気取られる程度の能力しかもっていない隠密なんて、敵になり得ないんだから気にすることはないだろ。
精々ペンネとの会話くらいだけど、頭の中で話すことができるんだから、問題ないと言えば問題ない。だるいだけなんだからそれくらい我慢しろ。
『別に声にしなくても話をすることくらいできるからいいじゃん』
『こっちだって話すときに気い使うだろ。なんだって俺様がそんなことで気を遣わなくちゃならねえんだっての』
魔物が人間の生活圏内にいるんだから、それくらい気を遣えよ。
なんて、そんなことを言っても無駄なんだろうけどさ。
「にしても、今日は一段と人が多い気がするなぁ」
今までもそういった隠密とかはいたけど、今日はなんだかその数が多い気がする。気のせい……じゃあないよな?
「今までのは小手調べで、今日からが本番とかじゃねえのか?」
「……それはそれでだるいなぁ」
「やっぱりてめえも同じこと思ってんじゃねえかよ」
そりゃあまあね。昨日までの状況ならまだ許容内だったけど、それでも邪魔だと思っていることには間違いないんだから。それが増えるとなったら流石にめんどくさい。
「あー、いたいた。エルド、こんなところに居たんだ。探したよ」
学園内をだらだらと歩いた結果、現在は人気のない庭園のベンチで休んでいたんだが、そんな中で俺のことを呼びながら誰かが近づいてきている。声のした方向へ顔を向けると、そこにはエリオットが疲労感の滲んだ顔でこっちに駆け寄ってきていた。
「ん? エリオット? どうしたんだ、こんなところに来て」
普段は人なんて来ない場所のはずだ。だから今も人気がなく、ペンネとのんびり話をすることができていたんだし。そんな場所にエリオットが来るなんて……いや、そう言えば俺を探していた、みたいなこと言ってたな。何かあったんだろうか?
「こんな所って思ってるならもっと普通のところに居てよ。……エルドにお客さんが来てるみたいだよ。教室まで人が来たんだけど、その時に君がいなくてさ。代わりに僕が君のことを呼ぶことになったんだ」
「あー、そりゃあ悪かったな」
適当にぶらついてここに来たから行き先なんて誰にも告げてなかったし、探すのも大変だっただろう。客って言われても誰かと約束していたわけじゃないんだから俺が悪いわけじゃないはずだけど、それでもなんだか悪い気がするな。
「いいよ。でも早く行ったほうがいいよ。もう結構待たせちゃってるから」
「ちなみにどれくらい探してたんだ?」
「え? あー、うーん……三十分くらい?」
「げっ……そりゃあマズい。いや、ってかエリオットも良くそれだけ探してたな。普通に見つかりませんでしたって言って諦めればよかったんじゃないか?」
というか、三十分って昼休みが始まって割とすぐから探し始めたってことだろ。そうなると昼飯もまだ食べてないだろうし……なんか本当に悪い気がするな。
「それが出来たらよかったんだけどね。うちのお姫様からのご命令だったし、仕方ないよ」
「ローザリアからの命令? そんなことをするような相手なのか。いや、そもそもローザリアが対応に当たるような相手なのか?」
用があるらしく昼休みになるとさっさと教室を出ていったローザリアだったけど、あれはきっとこの来客のためだったんだろう。だが、ローザリアが接待するような相手が俺に用事ってなると、なんだか嫌な予感がする。また面倒ごとでも怒るんじゃないだろうか?
「らしいね。僕は直接会ったわけじゃないから事情は知らないけど、王国近衛騎士の第三副隊長みたいだよ」
……ん? ……なんだっけか。エリオットの言った名前になんとなく聞き覚えがあるような気がするんだけど……うーん。
「まあ、実際に会ってみるしかないか。場所は応接室でいいんだよな?」
「あ……あー、そこまでは聞いてなかったけど、多分そうじゃないかな?」
面倒ごとの予感はするが、だからといって呼びに来たのに行かないわけにはいかない。
はあ、と小さくため息をついてから歩き出そうとしたのだが……
『――あ、おい‼ まずいぞ。なんか来る!』




