『黄金』の疑い
別の作品の書籍化作業に追われてしばらく休んでいましたが、連載再開しました。
楽しんでいただければ幸いです。
「――随分と人気みたいだな」
実戦のための野外演習が終わってからしばらく。俺は何事もなく普段通り教室に通って学生として過ごしているのだが、全てが何の変化もないというわけではなかった。たとえば、今俺が話しかけた女子生徒……いや、王女のティアリアとかな。
「そうですね。皆、私ではなく『黄金』を求めているようですが」
あの日俺は敵を倒すために『黄金』の魔力を用いた。実際に使ったところが見られたわけではないが、それでも魔力の痕跡は残っていた。誰が使ったかまでは分らずとも、『黄金』が使われたということは事実であると判断され、どうやらそれがティアリアではないかという話になった。
それによってティアリアは自身の実家である王家から調べを受けたり、貴族達から接触があったりと大変忙しい日々を送ることになっているようだ。今日だって、本来ならとっくに授業が始まっているにもかかわらず学園に遅れてやって来ているほどだ。
本来ならそいつらの対応は俺がしなくちゃいけないものだったと考えると、ティアリアに身代わりになってもラうことができて良かったと思うが、それと同時に申し訳なさも感じる。
「そりゃあ貴族たちにとって『黄金』の魔力は大事なものだからな」
「それは理解しています。ですが、今回の件はどうにも私が『黄金』を使ったのだとは思えないのです」
「……じゃあ誰が使ったって言うんだよ。『黄金』なんて王族以外に使えないだろ」
あの時俺が使ったのは『平面』……防御用の魔法だったし、ティアリアは『結界』という同じ防御用の魔法属性を持っている。だから魔法を使ってできることは同じような結果になる。
だからそこで起こっていた現象なんかを調査した結果、ティアリアが『黄金』の魔力を用いて結界で敵の攻撃を防いだのだろう、と判断されたわけだ。そしてその結果は誰もがそうなのだと信じている。
だが、ティアリアはその結果を受け入れることができないようで、首を横に振って否定した。
「そうでもありませんよ。貴族の半分ほどは王族の血を継いでいますから。可能性はなくはありません。もっとも、発現率を考えれば王族が最有力ではありますが」
まあ、実際王族じゃない俺が発現してるんだからな。比較的王家の血が濃いとはいえ、他の一般貴族の家で発現してもおかしくはないだろう。
最も、いくらティアリアが大変で、自分が使ったと信じられなかったとしても、俺は自分から名乗り出るつもりはないけど。だってどう考えても面倒ごとになるだろ。やだよそんなの。
「……あなたではないのですか?」
「俺? 俺がなんだって?」
なんて思いながらティアリアから視線を外し、窓の外の景色をボケっと見ていると、不意にティアリアが問いかけてきた。
その問いに振り返ってみれば、ティアリアが疑いの眼差しで俺のことを見つめている。
「ですから、あの時私達を助けたのは……『黄金』を使ったのはあなたなのではありませんか?」
どうやら俺のことを疑っているようだ。でも、なんでだろうか。そんなバレるようなヘマをしたつもりはなかったんだけど……
(つってもお前ぬけてるからな。どっかでヘマをしたんじゃねえのか?)
そうなんだろうか? ペンネの言ったように〝ぬけている〟とは自分では思わないが、まあ油断している、というのはあるし、うっかりをすることもある。
それもこれも、ある意味では『黄金』のせいだ。この力があるから大抵のことは最後にはどうとでもなると思ってしまっているから、物事を真剣に考えることをせず、なあなあで進めることがある。
まあ、俺が悪いわけなんだけど。悪いところが分かってるなら治せよって話なんだけど、これはもうそういう気質だろ。
そもそも、『黄金』の魔力なんて欲しくなかったと言いながらも、それを当てにして行動しているなんてダブルスタンダードをしてること自体がおかしいんだとも思う。まあ、折角あるものなんだからこれからも使っていくつもりだけどさ。
後は、ここが俺にとっては〝異世界〟だってことも関係しているかもしれない。
俺は命を掛けて戦ってきたし、死を覚悟したこともある。仲間や家族だってしっかりと大事にしている。――けど、どこまで行っても〝お話の中の世界〟に思えてしまうことがある。
でもまあ、そんな感じで俺が浮ついているとか油断しているってところはあるのは理解しているから、それのせいでどっかでミスをしてバレたってことは考えられる。
……でも、このティアリアの様子かラすると、疑ってはいるけど確信はない、あるいは本当にただそんな気がしただけとかその程度だと思う。
「俺がって……そんなわけないだろ。第一俺は魔物の群れを相手にしてたし、合流したのだって最後だっただろ」
「ですが、もし本当に『黄金』が使えるのでしたら、魔物の群れも問題なく処理することができたでしょうし、禁域という森の中での活動に慣れているあなたでしたら、その後に潜みながらあの場所に近づき、事が終わったら後から合流したように装うこともできるのではないでしょうか」
「そこまで行くと誰でも『黄金』が使えるってこじつけることができるな。その辺の一般人でもいけるんじゃないのか?」
とは言ったが、ティアリアの予想自体はそれ程間違ってないんだよな。実際にさっさと魔物達を倒して色々動いていたわけだし。
もっとも、最初に遭遇した魔物の群れは別に『黄金』を使って倒したわけじゃないけど。
ただ、それ以上俺のことを疑う理由はなかったようで、ティアリアは眉を寄せて迷った様子を見せた後、小さく息を吐いてから首を振った。
「……そうかもしれませんね。いえ、そうですね。あまりにも今の状況が想定外のことだったので、他者に責任を求めていました。これで私が実際に『黄金』を使ったという感覚でも残っていればだれも疑わずに済んだのかもしれませんが……いえ、これすらもいいわけでしかありませんね。申し訳ありません」
「……まあ、そう言うことだってあるさ」
やっぱり押し付けたのはマズかったか? でもなぁ……命を助けてやった対価だと思えば安い……よな?
……まあ、少しくらいは優しくしてもいいかもしれない。




