魔物の次は暗殺者
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「きゃあっ!」
エルドに続きローザリアとエリオットまでを置き去りにして逃げていたティアリアだったが、緊張した状態で止まることなく走り通しだったからだろう。疲労がたまり、遂には受け身すらとることができずに転んでしまった。
「殿下! ……お怪我はありませんか?」
転んだティアリアに反応してすぐに駆け寄るキリエだったが、その行動には普段のような覇気がなかった。彼女もまた、これまでの行動によって疲労がたまっていたのだ。
だがそれでも自身の役割を果たすべくティアリアのことを起こそうとするが、ティアリアは転んだまま体から力を抜き、立ち上がろうとしない。
どうしたことだろうかと覗き込んでみるが、ティアリアは俯きながら涙を流している。
「私は……私はどこまで無能なの……」
「無能などとっ……そのようなことはございません!」
「ですが、彼らのことを友人だと……少なくとも、そうなりたいと口にしたはずです。だというのに私は彼らをおいて、自分だけ逃げだしたのです。これが無能と言わずしてなんというのです」
命の危険はあるとはいえ、このチームであれば何の問題もなく授業を終えることができるだろうと考えていたし、それは全員の共通の認識だった。
だが、そんな予想が自分が原因で崩れ去り、仲間を危険に晒してしまった。仲良くしたいと思っていたエルドは最初に置き去りにして逃げ、仲良くしてくれたローザリアとエルリックも先ほど見捨ててきた。
仲間を見捨てて自分だけ逃げ、にもかかわらずまともに走ることができずに泥にまみれているみっともない自分。これを無能と言わずになんというのか。
「私に力があれば、彼らをおいて自分だけおめおめと逃げ出すことはなかったでしょう」
王族の血が流れている者は『黄金』という強力な力を手に入れることができるかもしれない。
そしてその可能性は王族としての血が濃ければ濃いほど増す。王族の直系であるティアリアであれば、『黄金』が発現してもおかしくはなかった。
黄金に輝く髪に瞳。『黄金』とは魔力に宿る力の事ではあるが、その力を宿している者は体にも黄金の特徴が現われると言われている。だから誰もがティアリアのことを期待した。そして、それはティアリア自身もそうだ。
しかし今のティアリアはまだ『黄金』が発現していない。かといって今後も発現しないとは限らない。むしろ金の髪と瞳を持っているだけあって、他の王族に比べれば『黄金』が目覚める可能性は高いだろうと考えられている。
そして、そのせいで王位継承争いがここまで激化しているとも言えた。
『黄金』が発現すればその時点で次の王はその者と決まる。そういう法律があるわけではないが、貴族達も他の王族も、その者を支持するという不文律があるからだ。
だからティアリアに『黄金』が使えれば、その時点で争いなんてなくなる。少なくとも、表立っては王位継承権がティアリアより上だったとしても従順になるしかないのだ。
たとえ、それまで国王となるべく生きてきたとしても、問答無用で臣下の一人へと落とされることになる。
そんな事態になる事を避けるべく、他の王族はティアリアを狙うのだった。
そして、その結果仲間を命の危険に晒すこととなった。
「それはこんな状況に陥れた者が……!」
「そもそもこのような状況に陥ることもなかったはずです。敵が誰なのかなどとっくに分かっていたのですから、血がつながっているからと、まさか周りを巻き込んでまで殺しに来ることはないだろうと油断していなければ、このような状況を作ってしまうこともなかったはずです」
「殿下……っ! がっ――」
『黄金』を手にしていなくとも他に対策の使用はあったはずだ。だがそれを怠ったせいで仲間が傷つき、命の危険に晒すことになった。これを悔やまずにはいられない。
損あんティアリアを見て心配そうに顔を顰めたキリエだったが、次の瞬間、横合いから突然剣が振りぬかれ、キリエのことを弾き飛ばした。
「王族の護衛が油断しちゃだめだろ。ま、ガキの分際にしてはよくやってるか」
「き、さま……何者だ!」
キリエは弾き飛ばされ、木に激突しながらも死んではいなかった。それは偏に王女の護衛として身に着けている装備のおかげであった。彼女が普通の生徒だったなら、その一撃を受けた時点で弾き飛ばされるのではなく胴体を二つに分けて死んでいただろう。
だが、死んでいないといっても弾き飛ばされただけあってダメージは負っている。それでもキリエは無理矢理体を起こして立ち上がり、剣を構えながら襲撃者を睨みつける。
「んなこたあ聞かなくても分かんだろ? こんな状況で現れたんだ。しかもてめえに攻撃まで仕掛けた。そら、聞く必要がどこにある――暗殺者だ」
キリエと距離ができてしまったことで、襲撃者のことを見ながらじりじりとゆっくり後ろに下がっていくティアリアのことを見て鼻で笑いながら、襲撃者は……いや、暗殺者は話す。
「まあ、こんなでけえ騒ぎを起こしたんだから、〝暗殺〟なんて言うにはちっとばかし不釣り合いかもな。でもまあ、見てる奴が全員消えれば立派な暗殺だろ。なにせ、誰がなにをどうしたのかなんて誰にも分らなくなるわけだしな」
武器である歪曲した短剣を片手で持ちながら肩を竦め、冗談めかして話す暗殺者の男。その様子からはこれから殺しをするとは思えないほど気楽に思えるが、それだけ男にとっては気負う必要のないくだらない仕事の一つということだろう。
「お兄様からの指示ですか?」
ティアリアはゆっくりと下がりながら暗殺者の男を睨みつけながら気丈に問いかけるが、その体は震えていて、時折足をも連れさせそうにすらなっている。
「お兄様ってーと……王子か。さあな。俺はただ上から指示を受けただけだ。自分を殺そうとするやつが誰なのかもわからなくて残念だったな」
そうして話をしているうちにティアリアはキリエの許へと辿り着き、結界属性の魔法を使って一応の守りを施す。
「……キリエ、動けますか?」
「はい。ですが、奴を倒すのは厳しいかと……。ですが、殿下が逃げる時間くらいは稼いでみせます」
「そんなっ……! あなたまで見殺しにしろというの!?」
「ですがそれ以外に方法がありません!」
そう叫びながらキリエは男へと向かって走り出した。そして、結界の外に出た瞬間――
「バカが。〝それ〟すらも方法じゃねえってのが分からねえか?」
くだらないものを見るような眼差しで男は突っ込んできたキリエの腹を思い切り蹴り飛ばし、先ほどとは比べ物にならない程の勢いで吹き飛ばした。




