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何もない日常

 ――◆◇◆◇――


「……なあ。王都って意外とつまんねえのな」


 学園に入ってからおよそ二か月が経過した。その末に出た答えがこれだ。

 最初の一ヵ月はよかった。お上りさんではあるけど都会のものを見るのが楽しかったし、入学して間もないから色々と学ぶこともあった。

 でも、二ヵ月も経つとそんな生活にも慣れてくるもので、学園の授業は物足りないし、飽きを感じてくる。


 前世ではあるが、一度学生時代を経験している者としてはこのつまらない平穏な学園生活が大事なものだってのは理解しているけど、こっちの世界に生まれ変わってこの方ほぼ毎日命がけの生活をしてきただけあって、この平穏が逆に辛いと感じてしまう。


「あ? んだよいきなり。ホームシックってやつか?」

「そう、かもな」


 与えられた寮の部屋で黄昏ているとペンネが揶揄うように言ってきた。けど、多分そういう事なんだろう。

 生まれ変わったばかりの時はあんな危険地帯さっさと逃げ出してやりたいなんて思ってたはずなのに、今では帰りたいと思うほどの場所になっているようだ。


「……チッ。んだよつまんねえ。大体てめえが家恋しさで憂うなんて、らしくねえだろ」

「そんなの自分でも思うさ。でも、学園ってのも正直くだらない事ばっかりだって思っちまったんだよ」


 将来王国のためになる人材を育てるための教育機関であり、国中から優秀な者が集まる、なんて場所のはずだけど、その優秀さってのはあくまでも〝国の運営〟という視点での優秀さであり、〝ウルフレック基準〟という意味での優秀さではなかった。

 もっと言うなら、まあまあ使えるかもしれない、程度の才能はいても、命を預けるに相応しい才能の持ち主はいないんだ。


 ……はあ。俺も変わったな。ウルフレック基準で全部考えるようになってる。昔はもっと普通だったはずなんだけどなぁ。


「そりゃあそうだろうよ。あんな場所で生きてるてめえらが、こんなところで政治ごっこをしてる奴らと一緒にいて話が合うかっつったら、そんなことねえなんてのは最初に言っただろうが」

「そういえばそんなこと言ってたなぁ」


 俺が入学する当日、友達なんてできるはずがない、みたいな話をされた気がする。

 一応友達自体は出来た。エリオットやロドウェル家の令嬢。それにクラスの他のメンツとかな。


 ……でも、その関係はどこか薄っぺらいものであることは自分でも自覚している。

 俺にはっきりとした目的があって学園に来ているわけじゃないからなんだろうけど、彼らとは学園に通うことに対して意識の違い、認識の違いがあるように思えるのだ。


「で、どうすんだ? そんな腐ってるくらい暇なんだったら、俺様と〝良いこと〟するか?」


 なんて悩んでいると、不意に背後から柔らかい何かが抱き着いてくるような感触がしてきた。

 抱き着かれながら首だけで後ろへと振り返ると、そこには銀色の髪を短く切ってある女性がいた。


「人間形態は気に入らないからあんまりやりたくないとか言ってなかったっけ?」


 ペンネだ。彼女は何百年も生きたというだけあって、自身の姿を変える技を身に着けている。普段の子犬状態もそれだしな。今のこの女性の姿は、ペンネが人間に化ける時に好んで使う姿だ。

 人間自体があまり好きではないせいで、基本的にこの格好をすることはないんだけど、なんでまたこのタイミングでそんな格好になってるんだか……って、〝良いこと〟をするためか。

 でも良いことって……


「ああ? まあそうだな。けど、お前とヤルんだったらこっちじゃねえとだろ? それともなんだ? お前は獣とヤル趣味でもあんのか?」


 やっぱりそういう意味だよなぁ。確かにこの状態のペンネは結構美女といって差し支えないくらいだけど、だからといってその中身を知ってるとな……獣状態でも嫌だけど、この格好になったとしても嫌だなぁ。


「ないし、そもそもお前とそんなことするつもりはないっての。……なんだっていきなりそんな話になったんだか」


 わざわざ返信までしてこんな話題を持ってくるとか、なんでいきなりそんなことになったのか理解できない。


「んなもん人間が暇な時にやることっつったらそれしかねえからだろ」

「そんなことないだろ。人間状態になっても頭が獣のままだからそんな発想になるんだよ」

「ハッ。百年も生きてねえガキが言いやがる。お前こそ人間ってやつを知らねえだろ。女を抱いた経験もないくせに何を語ってんだか」


 経験くらいあるっての。……まあ、前世のことだからどこか遠い感じの、ちょっと他人事みたいな感覚がするけど。


「……だとしても、お前とヤルつもりはないから安心しろ」

「チッ。つまんねえなぁ」


 そう言いながらペンネは抱き着いていた腕を離し、向かいの椅子にドカリと乱暴に腰を下ろした。


「つっても、結局暇なのは変わんねえんだろ? 向こうにいた時はさんっざんこんな田舎から出ていきてえなんつってたんだから、観光でもしたらどうだ?」

「観光ねぇ……出ていきたいって言っても、観光に行きたいとか都会に対するあこがれみたいなもんだったんだろうね。気づいたんだけど結局さ、人の数が多いだけでやってることなんてどこもそんなに変わらないんだよね」


 こっちに来てからもう二か月だけど、まだ二か月でもある。その短い期間に王都全てを見て回ることは出来なかったけど、それでもいろんなところを見て回った。

 でも、正直どこも同じだった。もちろんやっている店の名前とか売っている者は違う。けど、やっている内容や雰囲気というものはどこも同じだ。違いらしい違いなんてない。

 何だったら、うちの領都とも構造的な違いはそれほどないように感じる。


「そりゃあそうだろ。その場所特有のなんかがあれば変わるだろうけど、こんなところになんかあると思うか? 王都なんてのは、〝何もない〟からこそその場所にできるもんだぞ」


 建国をする最初期は色々あるだろうけど、ある程度発展してくると結局みんなに通った条件のところに首都を築くものだ。


 だが、それも当然の話だ。だって考えてもみろ。山奥にあったとして、そこまで人が来るかといったらそんなことはない。何かの宗教的な聖地があるんだったら別だろうけど、それでも多少栄えるというだけで首都として相応しいかといったらそんなことはない。


 首都にする以上は栄えないといけないわけだし、栄えるには多くの人が行きかう必要があるが、そういった流通の面を考えると何もない平野にあるのが望ましい。

 何もない平野だからこそ他のところと繋げやすく、色んなところに繋げやすいからこそ国の中心になり得るのだ。


 だから首都なんてのは大体が〝何もないところ〟になる。まあ、その何もない場所にそれぞれ特色を付けたりはするんだろうけど、基本的な環境の特徴は何もない。


「……なんていうか、結局はあれだよな。王都も色々あるけど、普段の生活は向こうの方がいいっていうか、俺の家はあそこなんだなって」


 結論としてはそうなるんだよな。王都は確かに見てるのは楽しいし、いろんなものがある。むしろこの世界においてないものの方が珍しいくらいには物であふれている。

 けど、それだけだ。物であふれていても、やることが溢れているわけじゃない。

 いや、やれることはあるんだろうけど、そのどれもが俺の趣味に合わないというか……物足りないんだ。


 命がけの日常じゃないと満足できないなんて、我ながらヤバいと思うけどな。


「……ま、そりゃあそうだろ。お前みたいなバケモノにとっちゃあ、こんなガキのお遊びみたいな場所なんて窮屈でしかねえに決まってらあ。暴れることができる場所もねえ、相手もいねえとなりゃ、そりゃあ退屈になるってもんだろ。前にも言った気がするが、友達なんてのは対等の相手であってこその関係だ。対等な存在がいなけりゃあ、あるいはそれに届きうる存在がいなけりゃあ、やりがいや生きがいなんてもんは生まれてこねえんだよ」


 窓の外を眺めながら、どこか遠くを見るような眼差しで呟くペンネ。その声には先ほどまでの軽薄さはなく、不愉快さが乗っているように聞こえた。


「……やけに実感のこもった言い草だな? もしかしてお前も友達いなくて寂しかったのか?」

「はっ! ふざけろ、ガキが。俺様の意見じゃねえ。これまで人間を見てきて判断した長年の経験ってやつからの教えだよ」

「おばあちゃんだもんな。年の功ってやつか」

「てめえ……齧るぞ」


 そう言って牙を剥きだしにして睨んでくるペンネだが、美女の状態のままだと怒って睨んできても様になるからちょっとズルいと思う。


 でも、そうだなぁ……


「……それもいいかもな」

「あ?」

「暇だし、ちょっと遊びに行こうぜ。たまにはまともに動かないとやる気も湧いてこないしな」


 やることなくて時間を持て余してたんだ。それに、こっちのぬるい生活で退屈さを感じてた。禁域で暴れるのは無理だとしても、どこかで少し〝遊び〟たいところではあった。ペンネはその相手として丁度いい。なにせ、禁域でボスの一体として君臨していたくらいだし。


「……チッ。ならてめえの遊びに付き合ってやんよ。今回こそは嚙み殺してやるから覚悟しとけ」

「ご自慢の牙が折れないといいねえ」


 少しだけ軽くなった足取りで部屋を出ていった。

 さて、戦うのはいいけどどこでやろうか。訓練場なんかでペンネを戦わせたら問題だろうし、流石にペンネと遊ぶとなったら『黄金』が必要になってくるかもしれないから人に見られないところがいいんだけど……学園の敷地内にある演習用の森なんていいかな? あそこって授業以外ではほとんど使われないし。



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