これで終わりだ!
「なら、そろそろ終わらせるか」
「なに――がっ!?」
俺の言葉に眉を顰めたキリエだったが、直後何かに弾かれたように後方へと飛んでいった。
ただ、ここで誤算だったのがこの一度だけでは倒しきることができなかったってことだ。普段は殺すつもりで攻撃をしているが、今回は殺さないように気を遣っていたために加減を間違えたようだ。もしくは、キリエは俺が思っていた以上に頑丈だったとか?
どっちにしても、一撃で仕留められなかったのは残念だ。場合によってはちょっと面倒なことになるかもしれないな。
「な、なにが……何をした!?」
キリエは飛ばされて受け身を取った姿勢のまま困惑した様子で問いかけてきたが、そんなキリエの様子にペンネから呆れたような声が聞こえてきた。
(敵に攻撃方法を聞いてくるなんて……正々堂々戦う事を常とした騎士様らしい考えだな。ばっかみてえ)
そう言ってやるなって。多分驚いたから反射的に聞いちゃっただけだろ。
まあ、謎の攻撃をされて問いかける、なんて行動が反射的に出てくる時点で禁域では落第だけど。分からない攻撃をされたんだったら、距離を取って守りを固めて様子を見るか、次をやられる前に全力で仕留めるかのために動かないといけない。そんな問いかける、なんて悠長にしている暇はないのだ。
「これまでの授業でも見せてきたし、俺を誘うつもりなんだったら最初から俺の魔法属性は理解してるだろ?」
これまで二週間くらいしか一緒のクラスで授業をしていないけど、その授業で俺は自分の魔法を見せていた。もちろん『黄金』ではなく普通の魔法の方だけど、でもそれだけで俺がなにをしたのか想像することは出来るはずだ。
「……『平面』属性」
「そう。ま、簡単に言えば板だな。こいつは結界属性とは違って対象に追従することはないし、結界みたいに全方位に展開できるわけでもない。障壁属性のように特別丈夫な壁を作れるってわけでもない。一般的には結界と障壁の劣化版って言われてるもんだ」
結界魔法は対象を中心に半球状の壁を張り、そこにいろんな効果を込めることができる。たとえば、結界内にいる者に癒しを施したり、中にいる者を外に出せないようにしたりな。
障壁属性の方は結界とは違い板状の壁を作り出すだけだけど、その丈夫さは折り紙付き。おんなじ魔力量で魔法を使った場合、攻撃されても完全に防ぎきることができるくらいの防御特化。加えて、若干ではあるが結界のような効果があり、反射をすることや、内側からの攻撃だけを通すというような特別な効果を付けることもできる。
それに対して平面属性は、本当にただ魔力で板を形成して操るだけ。特別な効果がないから発動は早いし、使用魔力量は少なく操作性も悪くない。障壁よりも自由に形を変えることは出来る。
けど、それだけだ。形を変えるって言っても結界のように半球状にできるわけではないし、障壁のように防御力が高いわけでもない。そりゃあ劣化だの下位互換だの言われるわ。
一応表面の色を変えたり模様を付けたり絵を描いたりすることは出来るけど……画用紙かなにかかな?
「けど、こんなんでも結構利点もあってな。結界は発動対象を中心に設置するから任意で動かすことは出来ないが、俺の魔法で生み出した板は動かすことができる――こんなふうにな」
そう言いながら作った平面の板をキリエに向かって飛ばす――いや、放つ。
「くっ……!」
「魔法で造った板は無色ではないけど、ほぼそれに近い色合いだ。それが高速で飛んできたとなれば視認することは難しい。――さて、お前はどこまで防げるかな?」
障壁属性との違いを挙げるとしたら、これもそうか。障壁はちゃんと使ってることがわかる程はっきりしている色をした魔法になるけど、平面の場合はあまり変わらない九割五分くらい透明な板ができるだけだ。
下手をしたら魔法を使った本人もどこにあるのか悩むほどだけど、その分だけ相手も見辛いってことなわけで、そんなの避けられるわけがない。少なくとも、こんなところで命を懸けたこともない学生じゃ無理だ。
「お前の攻撃は……もう効かない!」
キリエはそう叫びながら槍を少しだけ前に突き出しながらこちらに向かって走ってきた。
効かないというのはどういう意味なのか。それを確認するために一度平面を放ってみたが……なるほど。考えたもんだな。
キリエは突き出している槍の先端に平面の壁がぶつかると、その瞬間に槍の先端が爆発し、壁を破壊した。炎か爆発か……まあ『火』に関連する系統の魔法だろう。見えなくともそこに存在しているのであれば、先になにかをぶつけて反応を確認すればいいってことだ。
「これで終わりだ――ガッ!?」
(確かにこれで終わりだったな)
ただ、迫ってくる壁に対応できるからといって、それが俺の全てというわけでもない。防がれたというのなら、今度は別の方法で攻撃をすればいいってだけの話だ。
頭を思い切り殴られたように後ろに弾かれたキリエは、そのまま地面に倒れ、起き上がってくることはなかった。多分死んでいないだろうけど、気絶くらいはしているかもしれない。
「……」
「それまで! 勝者、エルド・ウルフレック!」
俺達の戦いを見届けていたお姫様だったが、その終わり方があまりにもあっけなかったからか、小さく口を開けたまま黙ってしまっていた。
そんなお姫様に代わってもう一人の護衛の女性が宣言をすると、お姫様に耳打ちをしてからキリエの許へと向かっていったが……起きないってことはやっぱり気絶してるか。
「先ほどはなにをしたのですか?」
他人の技について聞くのはマナー違反だけど……まあいいか。
「なにをって、それまでと変わりませんよ。ただ障壁を作って正面に飛ばしただけです。もっとも、その大きさはそれまで使っていた障壁よりも小さく、視認もできていないのに迎撃できるはずがないものですけど」
透明な銃弾だと思えばいい。存在を知らずにそんな攻撃をされたら、多分俺でも防げない。そんなものをキリエが防げるわけがない。
「壁……平面。それで、ですか。王国の守護者の名にふさわしい魔法ですね」
「『守護者』なんて呼ばれたことはありませんけどね」
そんな大層な名前で呼ぶ奴なんていなかったし、それは王都に来てもそうだ。ウルフレックの名前は知っているし、その役目を知っているけど、誰も敬意を払いはしない。まあ、所詮は戦いばかりの野蛮な田舎者ってことなんだろう。
「えーっと……それじゃあこういうわけですし、私は下がってもよろしいでしょうか?」
「……ええ。手間を取らせましたね。本日は呼びかけに応じてくださって感謝しますわ。今後はよい関係を築いていければと思っています」
「ありがとうございます。私としても、〝学友として〟親しくしていただければ幸いです。それでは失礼いたします」
なんて社交辞令を口にしてから俺はその場を去っていった。
一応協力するつもりはないと釘は刺しておいたけど……本当に学友として仲良くしようとして来ないよな?




