王女の護衛と王国の守護者
「分かりました。ではそのお申し出、お受けいたしましょう」
「なっ……! エルド・ウルフレック! どうして……」
お姫様としては俺が断ると思ってたか? まあ、普通に考えれば王女が戦わせまいと慌てているんだから、その考えに乗って戦いを断るべきなんだろう。
けど生憎と、俺は普通じゃないんだ。……俺は普通じゃないって言うと、なんか俺が頭おかしいやつに聞こえてくるな。
(いや、実際頭おかしいだろお前)
おかしいのはお前の頭だろ、くそ犬。俺みたいな常識と良識のある人間に向かって何言ってるんだよ。少なくともうちの領地にいる嬉々として禁域に突っ込んでいく馬鹿共よりはおかしくないつもりだけど?
「正直なところ戦いたいとは思っていませんよ。我々は暴力を以て命と土地と民を守ってきましたが、だからといって暴力で他者を虐げることを良しとしているわけではありませんから。ですが、ここで断ったところで、また別の機会で難癖をつけてくるでしょう? それはたとえ王女である貴女が止めたとしても変わりません。人の感情なんて、誰かの言葉でそう簡単に変わるものではありませんから」
特に、こういう誇りだなんだってのを重視し、自分の行動理由としてそれを挙げるような奴らは諦めない。分かるさ。だって、うちの馬鹿共がそうだから。誇りのために誰もが分かる最適解を無視して突っ込んでいく。で、死んでいくんだ。
だからきっと、こいつも諦めない。
まあ、実際に命を懸けてきたうちの奴らと、ただ騎士として育ってきたやつでは『誇りのために命を懸ける』って言葉の重みが違うけど、どっちにしてもここで叩いておけば今後の問題が減るだろうってのは同じだ。
「それで、戦うのはいいんですけど、どこでやるんですか? まさかこの場で、なんてわけにはいかないでしょう?」
ここで戦えば流石に周りに被害が出る。建物が壊れる程じゃないけど、道や脇に生えている花々は踏み荒らすことになるだろうからそれは避けた方がいいだろう。
「ふん! ……殿下。一時的に護衛から外れることをお許しください」
「……それには及びません。決闘というのであれば、立会人が必要でしょう。それに、もとをただせば不用意に私が呼んでしまったことが原因でもあります。最後まで見届けましょう」
「感謝いたします。必ずや勝利を捧げます」
「……期待しています」
なんて言ったけど、ちっとも期待してる声音じゃないなぁ。けど、そりゃあそうか。こんな戦いになっちゃった時点でキリエはお姫様の期待を裏切っていることになるんだし、この勝負の結果がどうなろうとも悪い事しかないんだから。
――◆◇◆◇――
場所を移って、現在は学生のために解放されている訓練場の一画に俺達はやって来ていた。
訓練場には他に生徒達が数人ほどいるけど、俺達も訓練しに来ただけだと思っているのか、こっちに注目してはいない。精々が突然やって来た王女のことを見ているくらいで、それだって長々とみて入れば失礼になると判断したのかすぐに視線を逸らしていた。
貴族だったら王女の姿を見かけたら声をかけてくるもんなんじゃないかと思うけど、こんな時間まで残って訓練してるくらいだし、ここにいる奴らはそういう貴族らしい欲ってのは薄いんだろうな。
「それでは、これよりキリエ・ベルウッドとエルド・ウルフレックの試合を始めます。どちらかが動けなくなった、あるいは私が勝負がついたと判断した時点で終了となります。それ以降う攻撃を行ったものは、私の名において厳しく罰することをここに宣言します。よろしいですね?」
「はっ!」
「承知いたしました」
なんだよ。そんな睨んでくるなよ。今更関するけど言葉遣いはちゃんとしてるだろ。……はあ。
これから戦うんだから仲良しこよしってわけにはいかないのは分かるけど、そんな槍をこっちに向けながら睨みつけなくても良くない? こっちは武器どころか拳すら握ってないのにさ。
「……両者構えて――始め!」
お姫様の宣言の直後。キリエは一瞬の間を置くことすらせずに走り出し、槍を突き出してきた。
これ、決闘ってことになってるけど一応模擬戦だよな? 殺しに来る気満々の一撃なんだけど? 防がなかったら死ぬぞこれ。
――まあ、防ぐけどな。
「この程度は防げるか」
そりゃあね。というか、この程度ならうちのガキどもでも防げる。だってあそこにいる魔物の方が重く鋭い攻撃を仕掛けてくるんだからな。
というか、この程度すら防げないんだったら禁域じゃ死んでるし。
一応警戒して『平面』の魔法で壁を作って防いだけど、特に何か見た目以上の効果が秘められているというわけでもなかった。様子見にしても弱すぎない?
「いきなり仕掛けてくるとは……それほど怒らせてしまったようですね」
今のが全力でないことは分かってるけど、それでもしょっぱなから頭狙ってくるとか、どんだけ怒ってるんだよ。
「ふん! 今更取り繕ったところで手を抜くつもりなどないぞ!」
「……そうかよ。まあいいけど。どうせ手を抜かなかったところで結果なんて変わらないし」
さっきの様子見の攻撃やそれまでの振る舞いから考えるに、キリエはそれほど強くない。
もちろん王女の護衛として選ばれるくらいなんだから同年代の中では頭の抜けた実力はあるんだろう。
でも、その程度だ。所詮は同年代の中でちょっと優秀程度の能力でしかない。
(『黄金』使っちまえば一発で黙らせられるだろ。さっさと終わらせちまえよ)
(バッカ。そんなの使ったら絶対に厄介事になるだろ! これが冒険者とか一般市民にバレた程度なら誤魔化すこともできるかもしれないけど、こんな王女なんて存在の前で見せたら絶対に面倒なことになるに決まってるんだから使うわけにはいかないって)
(いっそのこと黄金を使ってお前が王様になった方が楽かもしんねえぜ?)
(そんなバカな言葉に騙されるわけないだろ、バーカ!)
思った以上にキリエが弱すぎたのか、ペンネは姿を消しながらも暇そうな様子で話しかけてきた。
確かに黙らせるだけだったらその方法が一番手っ取り早いだろうけど、そんなことをしたら俺の人生が台無しになる。それが分かりきってるのに『黄金』なんて使うわけがない。それに、このていどなら黄金なんて使わなくても片手間で倒せるしな。
「くっ……! 確かに守りだけは一流のようだな。だが、これは決闘だ。ここにはお前を助けてくれる仲間などいないのだから、防いでいるだけでは何も変わらないぞ!」
何も変わらない、か。防いで疲れたところを仕留めるってのも戦術の一つとしてはありだと思うけど……まあいいか。
こっちとしても、いい加減こんなお遊びにすらならない茶番を続けたいわけじゃないし、さっさと終わらせるとしよう。




