これ以上は見過ごせない!
「お断りします」
「「なっ!?」」
特に迷うことなくはっきりと告げられた俺の言葉に、キリエももう一人の護衛らしき女性も、驚きに言葉を失っているが、お姫様だけは困った顔をしながらも真っすぐ俺のことを見ている。
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「まず一つ。あなたに協力する利益がない。ウルフレックに協力をする、とおっしゃいましたが、ウルフレックは厳しい土地ではありますが今のままでもやっていくことは出来ます。むしろ、あの地の厳しさを知らないお荷物を寄こされたところで、足を引っ張りに来ているとしか思えない。……これは、これまでウルフレックに王家の方が誰一人として来なかったことの弊害でしょうね。誰もあの地のことを理解していないようです」
これまでだって王国を守ってもらう代わりに相応の支援をする、なんて言われてきたんだ。それなのに実際は必要最低限とさえも言えないようなクソみたいなもんだった。
それを思うと、この王女に協力した結果帰ってくる支援なんて、支援(笑)でしかないと考えられる。
騎士団を送るって言われても、王都を守っている精鋭を送るわけがないし、国王直属の部隊や王族を守っている部隊なんてもってのほかだ。
そうなると、どうせ新人とか厄介者の部隊だろ。そんなの送られたところで、正直なところ邪魔にしかならない。
「そして二つ目。部下の躾もちゃんとできてない間抜けに国を率いていくことができるとは思えない」
「躾……?」
そこでお姫様は困っていたような表情から本当に分かっていない表情へと変え、チラリとそばで待機しているキリエのことを見た。
けど、キリエ自身もなにが悪いのか分かっていないようで困惑した様子を見せている。
……まあ、そうだろうな。お前は自分が悪いことをした、なんて認識はないだろうから、そんな反応になるのも当然ってもんだろう。
「ええ。王女である貴女が俺のことを呼んだ。それは構いません。でも、〝自分は王女の遣いだから〟と、こちらのことを見下しながら高圧的に振る舞う者を部下とし、咎めることも締め付けることもしない者が国という規模の組織を纏めることができるとはとても思えないのです」
ぶっちゃけ、王女に対する物言いではないことは自分でも理解している。この程度のことで王女本人を批難するなんて、普通の貴族ではありえない。
でも今の俺は、王女との関係なんて知ったことか、と思っているためはっきりと告げる。
これだけハッキリと敵意を示せば、俺を仲間にしようなんて考えることはないだろうし、俺が厄介事に引きずり込まれることもなくなるだろうしな。
「……そのように振舞っていたのですか?」
「そ、そのようなことは決して……!」
とは言ったが、思い当たるところはあったのか、わずかではあったがキリエはお姫様から僅かに視線を逸らした。
「……申し訳なかったわね。これからは無礼な態度を取らせないわ」
「そうした方がよろしいかと」
その反応で理解したのだろう。あるいは本当ではなくとも謝っておいた方が穏便に話が進むと思ったのか、思っていたよりも素直に謝罪を口にした。
仮に本当に知らなかったんだとしても、それはそれで問題だろ。まだ組織を大きくするために必要だから放置していた、と言い切った方がマシだったかもしれない。
お姫様の後ろでキリエがこっちを睨んでいるけど、これってお前のせいだからな。
「最後に三つ目。お前達のおままごとに付き合ってるほど、俺達は暇じゃないんだよ」
俺が厄介事に巻き込まれないため、なんて理由は確かにある。けど、どっちかって言うとそれはついで。自分の行動を自分なりに正当化するための屁理屈でしかない。
俺がここまではっきりと拒絶している理由がこれで、一番ムカついたことがこれだ。
なんでムカついているのかといったら……さっきの言葉だ。あれは何だよ。視察に援助? 何他人事みたいに話してんだよ。必要があらば騎士団を派遣して〝差し上げる〟? クッソ上から目線のお言葉どうもありがとう。んなもん必要かどうかなんて最初っから確認しとけよ。確認していなかったにしても、こっちが大変なのは知ってるんだから絶対に派遣するって言いきれよ。
それに、助けに行くことができずにすみませんでした、なら分かる。王家としても理由はあったんだろうな、って納得……はできないけど、理解はしてやろう。
けど、俺達が戦うことが前提で、支援してあげるのは自分達の厚意によるものだ、なんて言い方をされたら、ムカつくに決まってるだろ。ウルフレックの戦いってなんだよ。この国全体の戦いだろうが。
「――こ、この不届き者め! 田舎者だからと多少は大目に見ておけば何たる言い草だ! それが王女殿下に対する態度なのか!」
俺が吐き捨てるように宣言してから数秒ほど沈黙が流れたが、それをぶち壊すようにキリエが鬼の形相で怒鳴りつけてきた。
まあ、そうなるよな。うん。今回に関しては俺の言い方が悪かったのは認めるし、王女に対する物言いじゃなかったことも認める。王女の部下としては正しい反応と言えなくもない。
「申し訳ありませんね。そちらの方がおっしゃられたように、俺は田舎貴族でしかないんで、王族の方々への振る舞いに何か不備があったかもしれません。その振る舞いがお気に召さなかったとおっしゃるのでしたら申し訳ありません。これ以上ご不快にさせないよう、私はこの場で下がらせていただきます」
言いたいことは言えたし、さっさと下がらせてもらおう。ここまではっきりと拒絶の意思を示したらこれ以上誘おうって気にもならないだろうし――ああん?
「――これは、どういうおつもりで?」
立ち上がり、帰ろうとしていた俺の前に、道をふさぐように槍が突き出されていたのだが、その犯人はキリエだった。
「お前のような不届き者をこのまま下がらせるわけがないだろう! 王女殿下への数々の不遜な態度、償ってもらうぞ!」
「……これは、殿下の御意思と判断してよりしいのでしょうか?」
「キリエ! 何をしているのですか!」
俺が問いかけると、そこでハッとしたように気を取り直したお姫様が慌てて立ち上がり、キリエに向かって叫んだ。
だがそんな上司の言葉であるにもかかわらず、キリエは首を振って拒絶を示し、槍を下げることはなかった。
「殿下、止めないでください! この者は己の立場というものを一度理解させなければなりません!」
「いいえ、止めさせてもらいます。彼の言葉や振る舞いに関して、私は咎めるつもりはありません。そもそも、何の前触れもなく呼びたてるという礼を失したことを先にていたのはこちらなのです。言動程度、問題とすることではありません」
あそこまではっきりと拒絶してもまだ俺を仲間に引き入れる気があるのか、あるいは最低でも敵対はしないようにしているのか、お姫様は俺の味方をするようにしてキリエを咎めている。
「仮に王女殿下への暴言がなかったとしても、私は同じ行動をしていただろう。騎士団が足を引っ張るだけだと? たかが田舎で魔物を狩っているだけの冒険者崩れが。よくもそこまで図に乗ることができたものだ」
「冒険者崩れね……。まあ間違ってはないかな」
冒険者崩れ、なんて言われても特に怒るようなことではない。なにせ、王都やその周辺の貴族たちはどう思ってるのか知らないけど、うちの領地では立派な戦力だし。というか、そもそも俺たち自身が冒険者そのものみたいなもんだぞ。
やってることは危険地帯に突っ込んで魔物を狩って金を得る、だからね副次収入として禁域に存在している薬草の類を採取したりもするけど、それだって冒険者のやっていることと同じだ。
ほら、そう考えると怒る要素なんてどこにもないどころか、むしろまだ若干とはいえ貴族扱いしてくれてたんだ、なんて喜ぶことすらできる。
「それで、許せないんだとしたらどうするんだ?」
「貴様に決闘を申し込む。それほどの大言を吐いたのだ。よもや逃げ出すつもりではないだろうな?」
「決闘ねえ……」
こいつと? 俺が? ……いやまあ、やりたいって言うんだったらいいけど……
(なんだこいつ。自殺志願者か?)
だよねぇ。やっぱりペンネから見てもそう思う? 俺もそう思う。後ろのもう一人の護衛の方ならまだ多少は戦いになるかもしれないけど、この程度のやつじゃ勝負にならない。
「キリエ! おやめなさい! 決闘などと……私の顔に泥を塗るつもりですか!」
「ご安心を、殿下。私は負けません。騎士の家に生まれた者として、この者の性根を叩き直してみせましょう!」
「そういうことを言っているのでは……」
うん。まあお姫様が言っているのはそういうことを言っているんじゃないってのは俺でもわかるけど、キリエは自分が負けた時のことを心配していると思っているんだろう。あるいは、勝ってしまえばどうとでもなる、かな。
どっちにしても傲慢が過ぎるな。王女のそば付きってことで増長したのか?
ただ、この手の輩は一度思い知らせないと今後もずっと絡んでくることになりかねない。流石にそれはうっとうしい。




