お姫様からのお呼び出し
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学園に入学してから二週間近くが経過したわけだけど、エリオットという友達ができたことで割と穏やかに過ごすことができている。……友達でいいよな? もう結構話もしたし、授業でも隣の席で座るのが恒例になってるし。……よし、友達ってことでオッケー!
そんなエリオットを通じてクラスのメンツともそれなりに話をすることができた。どうやらエリオットは自身のことを田舎者といっているが、俺と違って他の貴族達とそれなりに交流があったようだ。でも、そりゃあそうか。なにせ南部最大の貴族のそば付きなわけだし、交流が無いわけがない。
そんな差にちょっと嫉妬しつつも、橋渡しをしてくれたんだから感謝している。
ただ、皆ウルフレックの名前は知っていても、その実態を知らなかったり、変な誤解をしていたものもいた。
けどまあ、これまで碌な付き合いがなかったし仕方ないよな、なんて思いながらおかしな認識を直しつつ、交流をしてきたわけだけど……
「――エルド・ウルフレック。姫様がお呼びだ。ついてこい」
感じ悪……
いつも通り授業が終わった後は他の生徒達と少し話してから適当に帰ろうとしていたんだけど、なんか随分と上から目線で話しかけられた。
声のした方を見れば、そこには王女様の護衛として同じクラスに通っている少女――キリエ・ロットンが座っている俺達のことを見降ろしていた。
「どうした。姫様をお待たせするわけにはいかないのだ。早くしろ」
「はいはい、行くからそんなに急かすなよ」
出来る事ならこんなふうに呼ばれてついていきたくはないけど……はあ。流石にこれを無視してはいけないことくらい分かってる。だって、王女様からの呼び出しってことは、王族からの命令って意味でもあるんだから。
本当の意味での命令ではないから強制力はないけど、今後を考えると面倒ごとになりたくないなら行くべきだ。……まあ、今回の場合は言ったところで面倒になりそうな気もするけどな。
「エルド・ウルフレック。よく来てくださいましたね。どうぞ掛けてください」
エリオット含め、話をしていたメンツに断りを入れてからキリエの後をついていくと、学園の一画に存在していたガゼボで待っていた王女――ティアリア・コルト・ルードラード様に笑顔で迎えられた。
貴族としてはお姫様と仲良くなれることはいい事なのかもしれないけど、俺からしてみれば人払いをされたこんな場所での呼び出しなんて……いやな予感しかしない。
「どうぞ。専属のシェフに作らせましたので、味は保証しますよ」
お菓子かぁ……ぶっちゃけうちで造った奴の方がうまいな。なにせ俺が前世の知識をフル活用して改良させたもんだし。まあ、地産地消というか、自分たちで作って食べるだけだから他の領地の奴らは知らないだろうけど。
俺が文句を言わず、表面上は喜んでいるように微笑みながら出された者に口を付けると、お姫様はにこりと笑ってから話し始めた。
「本日は突然のお招きであるにもかかわらずお越しくださってありがとうございます」
「いえ、私も貴族の端くれですので、王族の方がお呼びとあらば万難を排してでも参じるのは当然のことですので」
「まあ、そう言ってくださって嬉しいわ。本日あなたをお呼びしたのは、少しお話をしてみたいと思ったからなの」
「話、ですか。私のような田舎者とですか? 王女殿下に楽しんでもらえる話題を提供できるか不安ですね」
魔物の殺し方とか、怪我をした時の対処法とかなら話すことは出来るけど……絶対に王族相手に話すことじゃないよなぁ。というか、王族じゃなくても貴族のお茶請け話として話すもんでもないと思う。
「田舎者だなんて、そんな卑下することはないわ。この国は、あなた達ウルフレックがいなければ魔物であふれていたかもしれないのだから。これまで碌に視察や援助をすることができず申し訳ありませんでした。王家としてもウルフレックに協力した方がいいということは理解しているのですが、中々上手くいかずあなた方には苦労を掛けてしまいましたね。あなた方の献身に、王家を代表して感謝いたしますわ」
その言葉に、俺の心にわずかに波が立った。だってそうだろ? 俺が知っている中でこれまでウルフレックに王族が視察に来たなんてことは一度としてなかった。
そりゃあウルフレックができた初期のころは来ていただろうさ。何代か前のお姫様が降嫁した時にも来ただろう。でも、それ以降の記録は全くない。
それなのに視察に行けなかった? 来なかった、の間違いだろ。それに援助だって、本当に最低限のものだけだっただろ。こっちが支援の要請をしても、増える事なんてほとんどなかった。だから俺達はあの場所で自分達でどうにかするしかなかったんだ。
「……殿下にそのようなことを申していただけるとは、言葉もありません」
不快感が顔には出ていないだろうか。笑顔のままでいられるように力を入れたけど、おかしな顔になっていないか心配だ。
「――それで、あなたに一つお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
「お願い、ですか……内容を聞かないことにはなんとも……」
今のところ受けるつもりはないけど、それも話を聞かないと判断できない。
お姫様は俺の内心を知ってか知らずか、そうでしょうね、と言ってから話し始めた。
「私が王位に着いたら、あなたがたウルフレックに対する支援を増やすことを誓いましょう。必要とあらば王家から騎士団を派遣してさしあげても構いません。彼らがいればウルフレックの戦いの助けになる事でしょう。ですので、私が玉座を目指すのを支えてはいただけませんか?」
……あー、はいない。そういう話ね。まあ、そうか。そうだよなぁ。今王族同士でバチバチにやり合ってるみたいだし、うちはそれなりに〝力〟があるらしいし、同じ学園の同じクラスに通ってるんだから仲間に引き入れたいよな。
「お願いできませんか? 四代前に王女が降嫁してウルフレックに嫁いだこともありますし、あなたと私は親戚とも言えます。私は、私が玉座に着いたら王家とウルフレックとの繋がりを確かなものとしたいと考えているのですが、あなたはどう考えますか?」
……これは、あれだな。自分が可愛いと思ってる奴だ。もっと正確に言うなら、自分の見た目の良さを理解した上でそれを武器として仕掛けてくる奴の顔。なんだよその動作。そんな、ちょっと可哀そうな感じで眉を寄せて小首をかしげる、なんてこと普通じゃやらないだろ。
俺は貴族としては出来損ないかもしれないけど、社会経験だけはあるんだ。まあ、こっちの世界じゃなくて前世での話だけど。
でも、人を騙そうとしている人、の顔や態度ってのは分かるつもりだ。
こいつの言った〝王家とウルフレックの繋がりを確かなものに〟ってのは、取りようによっては俺を王配にするつもりだ、といっているようにも聞こえるし、多分そう勘違いさせるために行ったんだと思う。
そうでなくても、あんなクソ田舎から出てきたばっかりのお上りのガキなら、王都での暮らしを憧れるだろうし、王家とお近づきになれるってだけで喜んで協力してくれるだろう――なんて考えたんじゃないか? もし本当にそうなら、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがないな。




