8 愛すべき「バスタード」
キンコーンカーンコーン。
終焉を告げる鐘が鳴る。教師であっても、生徒であっても『真戒女子高等学校』に属する者は誰もこの――『放課後』と言われる終末からは逃れられない。職員室の隣、教頭室にて、ノートパソコンをいじっている御厨蠅御もその例外ではなかった。
御厨蠅御――彼女は『真戒女子高等学校』の教頭である。美人という言葉をそのまま現実に現したような、鼻が高い端正な顔立ちで、腰まで伸びるその銀髪は白銀のように、煌めている。白色のレディーススーツのスカートから見える生脚は――艶めかしく、扇情的。
先程から教頭室の扉をノックする音が響いているのだが、その視線をパソコンから逸らす気配は一向に見せない。むしろ、表情は真剣そのもので、なにがなんでも、顔を逸らさないというニュアンスさえ感じられる。
やがて、扉からノックの音が消え去り、場が静寂に包まれる――が、一瞬の後――バン! という、乱暴に扉が開かれる音で、それが、いともたやすく破られてしまう。
「ヘイ、ユーファッキンバスタード⁉ リアクトナウ!」
かなりハードな意味が込められた共通語と共に、激昂した女性が入ってきた。百七十センチ以上ある高い背。西欧を感じさせる金髪にはカールがかかっている。目は細長。シュッとしている顔面。右手には扇子を持っており、それで自分を扇いでいる。彼女は神島偉國。第二学年の主任で、英国からきた帰国子女。主に英語科の授業を担当している。
御厨は物憂げに、パソコンから目を上げ、神島に「どうしたんだ、そんなに目くじらを立てて、腹も立てて、髪は逆立てて?」と訊ねた。
「ワットアーユーセイング⁉ 何分廊下でノックしたと思っているのん? いるんだったらん、反応してよねん!」
「あぁ、そういうことか。すまん、許してくれ。今、取り込み中だったんだ……」
再び、御厨は目線をパソコンへ向けるが。
「本当かしらん?」と間髪入れず、神島がパソコンの画面の上側を掴んで自分の方向に回転させてしまった。余程、衝撃的なものが映っていたのか、神島は扇子で自分の口を隠し、「オゥマィゴッ、ワッツディスアスホール⁉」と叫びを上げ、画面を御厨の方向に戻した。
「こういうのは嫌いか?」
御厨が見ていたのは、可愛らしい二人の女性が、文字通り――絡みついている動画だった。過剰に過激すぎるので、多分、よう○べでもニ○動でも見られない逸品であろう。
「あんたねぇん、教頭でしょん? そういうん、お素晴らしい趣味の動画はん、家に帰ってん、あんたのPCで見なさいよん!」
「勘違いしているようだが、このPCは俺の私物だ。『私の物』と書いて私物。俺が『私の物』を使ってなにを見ようが、なにをやろうが、俺の自由ではないのか?」
「時間を弁えなさいん! 今は勤務時間じゃなくてん?」
「で、なんの用だ? まさか、俺と■■の鑑賞会を開くためにきたわけじゃないだろう?」
「歓迎会も開きたくないわよん、そんなものにん! ……そうそうん、あなた見ましたん? 朝の墓井先生をん?」
朝のホームルームが終わった後の休み時間――数学教師、墓井無頼花が全裸で更衣室に入って行く姿が、多くの教師に目撃され――職員室でちょっとした話題になっていた。
「あぁ、見た。素っ裸になっていたな。前から、いい体つきをしているとは思っていたが、あそこまでだったとはな。いい目の保養になったよ」
「セクハラで訴えられっちまえん! そんなことよりん、もっと大切なことがあるでしょうん!」
「そうだな。胸の大きさも形も、偉國――おまえが一番だと思っている。正直、結婚して欲しい」
「ファッキュー! ホーリーシッ! そういうことじゃなくてん、ワタシが言いたいのはん、墓井先生を全裸にしたん、転校生のこよん!」
「あぁ、尾張罪檎のことか」
御厨の表情からスッ――……と喜や楽と言った感情が消え去る。だからと言って、怒や哀の感情を浮かべているわけでもないので、正直、どう表現すればいいか、わからない顔になった。御厨がそんな顔をするのが意外だったのか、神島は動揺した素振りを見せる。
「そうよん。話によると、そのオワリサイゴとやらが、超能力で墓井先生をやっつけて、脱がしたみたいじゃないん」
「あぁ、その話も聞いた。まぁ、あの服装といい……、墓井も最近、調子に乗っていた部分があるからな。いい感じの、お灸になったんじゃないのか?」
その御厨の答えを聴いた神島は――扇子を御厨の机に叩きつける。扇子の角が机と衝突し、ガンっと、激しい音が鳴った。が、御厨は――動じない。むしろ、その時、揺れた――神島の乳を凝視しているようだった。
「アーユーファッキンシリアス? あんたねぇ、ありえないわ! 教師が生徒にやられているのよん、これは教師の威厳や――この学校の伝統が失墜してしまうほどの大きな問題じゃないん⁉ それを墓井先生のお灸だとかなんとかって悠長に……ていうかん、お灸をすえるべきはオワリサイゴじゃなくてん? ワタシはその熱々のお灸をすえるためにん、あなたに『特別懲罰』の発動を頼みにきたのん!」
『特別懲罰』。教頭の権限で発動ができる懲罰。それが発動された場合、『真戒女子高等学校』の教師たちは総出で、対象となった生徒に懲罰を加えなきゃいけなくなる。簡単に言えば――教師陣全員で生徒をリンチする――ということである。
「いや、お灸をすえるだけなら、わざわざ『特別懲罰』を発動しなくても、コンビニでお灸を買ってくればいいんじゃないか……。レンジでチンしたら熱々になるぞ、多分……」
「あんたん、死にたいわけん?」
神島の剣幕に、御厨は怯えたような苦笑いを浮かべた。
「か、軽い冗談だ。本気にしないでくれ。残念ながら『特別懲罰』の発令はできない」御厨はきっぱりと言う。「昔なら兎も角、今は圧倒的に教師数が多い。多すぎるぐらいだ。数の力っていうのは強大すぎる。それに、超能力もあるからな。一歩間違えたら――間違えなくても、尾張罪檎を殺してしまうかもしれない。そうなると、流石にお巡りさんの出番だ」
「うむむむぅ……ん」神島は不満げに口をへの字に結んで、扇子を口元に持っていった。
「というわけだ。悪いな偉國、俺もやることがあるのでな。尾張罪檎に関しては、おまえに任せる」
「ふん、いいわん。あんたが動かなくてもん、もうワタシたち――二学年の教師陣は動いているわん。特にあの娘ん――火結先生は明日にでもん、オワリサイゴを襲撃するみたいよん」
「火結煙造か――あいつ、墓井のことを姉貴分だと慕ってたもんな……。変なことにならければいいが……」
「大丈夫よん、彼女ならやってくれるわん。きっとん、明日にはあなたにん、いい報告ができるわん」
「いい報告って、まさか……プロポーズの返事⁉」御厨がうるうると目を輝かせながら、口を両手で押さえた。
「あれってん、本気だったのん⁉ 文脈を見なさいん! オワリサイゴに関する報告ん!」
「あぁ……そういうことか……」
「がっかりするんじゃないわよん。まだん、返事も貰ってないのにん! じゃ、ワタシ、失礼するわん」
神島は乱雑とした足取りで、教頭室から出て行った。
その姿を見送った後、御厨は「ふぅ~」とパソコンの画面に目を移す。
「『アスモデウス』……『尾張罪檎』か……」
マウスでパソコン画面上のファイルをクリックする。ファイルのタイトルは『闇の王子』であった。すると、様々な写真が現れた。四三高校の制服姿の少女――中学校のセーラー服姿の少女――小学校のランドセル姿の少女――写真のどれもこれもに、いろんな年代の尾張罪檎が写っている。
「おぉ、おっぱいでかいな――偉國と同じくらいだ。なんだ、エロい奴はないのか……ん?」
御厨はある写真に注目し、それを拡大させた。そこに写っていたのは、タトゥーだった。右太ももの後ろ側――際どい位置に入れられたタトゥー――牛、羊、蛇、鵞鳥、人がぐちゃぐちゃに混ざりあわさった合成生物――化け物がデザインされている。それを見た、御厨は満足した様子でファイルを閉じた。
「偉國、本当に申し訳がない。俺はまだ、彼女には手を出せない。しばらく待ってくれ」
御厨はパソコンの電源を落とし、机の中から、ノートを取り出した。表紙に御厨の文字で『マル秘! ポロリもあるよ! 偉國写真集!』と書かれている。
「最近はブルーライトで目が疲れるからな……。こういう紙媒体もありだな」そう呟いて、神島との思い出が詰まったアルバムを開く。