7 保健室での「イケナイ」関係
保健室のベッドの上。
このぼく、尾張罪檎は幼女を抱きしめて――横になっていた。
まずい、これでは語弊がありすぎるというか、語弊しかない。ぼくが抱きしめているのは、『真戒女子高等学校』の養護教諭――所謂、『保健室の先生』というスラングで語られている存在、二葉亭欧勢である。
彼女は今年で三十二歳になるれっきとした成人である(らしい)のだが、その容姿はどう足掻いても――たとえ藻掻いたとしても、幼女にしか見えない。
伸ばし放題の桃髪。童顔。大きな瞳。人形のように細い首に、凹凸のない細い体。豹柄の濃いピンク色のシャツの上から着ている白衣は背丈にあっておらず、ぶかぶかである。その背も低く、体も軽い。
これが幼女でないのなら、なにが幼女なのか、わからなくなる。まぁ、二葉亭自体の言葉が本当ならば――ぼくの胸に顔を密着させて眠っている、この娘は成人なのだろうけど。というか、カリーのパラドックスに頼るまでもなく、保健室で養護教諭という仕事をしている時点で成人しているのは確定なのだが。
やれやれ、下らないことで頭を使ってしまった。とりあえず、ぼくは、これまでの経緯を、おさらいすることにした。
* * *
墓井無頼花との決戦を終えた後、ぼくは案の定、ぶっ倒れてしまい、保健室に運ばれたのだった。やはり、墓井のバットや、ツインテちゃんの一撃が体に堪えたらしく、緊急で治療を受けることとなった。それが、なんと、二葉亭を抱きしめて寝るという、いかにも様々なところから誤解されそうなものであったのだ……。
二葉亭欧勢が、媒介『睡眠』、系統『欠損再生系』の『自分が睡眠状態の時、近くの生物の損傷部位を再生させる能力』という超能力を持つことが要因である、仕方のないことではあるものの、なんだか解せない気分は拭えない。
ぼくの腕の中で、二葉亭が、もぞぞっと動き出す。ぼくの胸から顔を離し、欠伸をして、ぼくの顔を見上げるようにした。そのキュルキュル輝く目で見られると、ぼくは何故かドキッとしてしまう。幼女趣味はないはずなのだが……。
「お姉ちゃん、おはよー」
無邪気な面持ちで、二葉亭は朝の挨拶をしてきた。現時刻は二時二十二分。もう正午すら超えているのだが、二葉亭の顔を見ていると、そこを指摘する気も起きず、ただ、「おはようございます」と挨拶を返すだけに、とどめておいた。
「お姉ちゃん、お体、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。おかげさまで、完治しました」
ぼくはさっきまで骨折していた左手を示して、動かして見せた。グー、チョキ、パー。石、鋏、紙。普通なら完治するのに何ヶ月単位もかかる怪我なのに、五時間程度――幼女とゴロゴロしただけで治るなんて……。やっぱり超能力はスゲー。素直にぼくは感心した。他の打撲痕やら、なんやらも全て治っている。
ちょっと待て、もしかして……墓井などの教師陣が、あんな――生徒の骨を折るなどの、激しい体罰ができるのって、この娘がいるからじゃないか? どんだけ、痛めつけても、治れば体の傷だけはチャラになるから――感動もさながら、ぼくは嫌な事実に気づいてしまった。
「お姉ちゃんが元気になって、欧勢ちゃん、嬉しい」
そんなぼくの心も知らないようで、ニコニコ顔の二葉亭はぼくの頭をなでなでした。思わずその姿に、ほっこりしてしまう。いやぁ、やっぱり子供は可愛いな。大人だけど。
「では、傷も治ったことですし、ぼくは行きますね」ぼくは二葉亭を離して、上半身を起こす。
そこに透かさず――二葉亭は「待って!」とぼくの額に、そのおでこをあててきた。ぼくの顔と二葉亭の顔との距離が猛烈に近くなってしまう。恋人同士が接吻をするぐらいの、強烈な至近距離だ。
えっ……? 急展開を前にして、ぼくの心臓がバクバクと、急速に、急激に暴れはじめる。ま、待て、いきなりなんなのだ、この娘? 会ってまだ数時間のぼくに気があるとでも言いたいのか? でも、一目惚れという場合もあるし……。
「う~ん」二葉亭が意味ありげに、そっと瞳を閉じる。その行動は、さらに、もっとぼくの心臓の暴走を加速させた。確かに、保健室の先生とイケナイ関係になるって話は、よく聞いたことある。けど、自分がそれの当事者になるなんて、誰が思うことだろうか。それに、二葉亭のその容姿で、そういう関係となると、かなりの線で背徳的であり、非道徳な行いになるのではないだろうか。ていうか、倫理以前の問題で、法に触れてしまいそうな気が……。
「よしっ!」二葉亭はぼくから、おでこを離した。
「大丈夫そうだね」
「へっ……」ぼくはキョトンとする。
「お姉ちゃんのお熱をチェックしたんだけど、大丈夫そうでよかった~。ほら、お怪我をしたら、お熱が出ちゃう時あるじゃん。それで、ちょっと心配なってね……」
「そう……ですか」
これじゃあ、ぼくが、なんだか馬鹿みたいじゃないか。実際、馬鹿なのだが――この喪失感にも似た気分はなんだろうか。別に……期待していたわけではないのだが。うん、本当に期待なんかしていない。ぼくは妹系より、お姉様系の方が好きだからさ。うん。
ぼくは今度こそ、ベッドから下り、床に着地し、内ズックをはいた。
「あのね、あのね、お姉ちゃん。もう無頼花ちゃんと喧嘩しちゃ駄目だよ」
「大丈夫です。もう、しませんよ」墓井はもうやっつけたからな。墓井がぼくとの約束を守ってくれる限り、争いはしない。ぼくだって暴力が嫌いな平和主義者だ。戦争はあくまで最終手段。軽率に振りかざしたりしないさ。
「あとね、あとね」もにゅっと、二葉亭はぼくのおっぱいを揉んだ。
「お姉ちゃんのおっぱい、大きくてプニプニしてて、お母さんを思い出すんだ。大好き!」
「⁉」
「今度、また会ったら、ぷにぷにさせてね」
こいつ、正々堂々とセクハラさせてと言いやがったぞ……。その意味では墓井より凶悪じゃねぇか。でも、なんか、その純粋そうな、無垢な笑顔を見ていると、自然と怒りが沈んでいく。子供ってなんて恐ろしいのやら……。大人なのだけど……。こうして、ぼくは二葉亭と (ある意味)イケナイ関係になって、保健室を出たのだった。