6 決着は「悪魔」の掌の上に
ぼくの超能力は、媒介が『身体』、系統が『運命歪曲系』の、『自分のまわりに存在している女性の運命を強制的に変更して、常に自分に向けて性的な行動をさせる能力』とされている。長ったらしくて、いまいち、意味がつかめない。まぁ、国が決めたのだから仕方ない。
わかりやすく噛砕けば、『常にラッキースケベに見舞われる能力』となるのだろうか。ラッキースケベと言うのはご存知の通り――偶然に、女性 (作品によっては男性の場合も)のイヤらしいところに触れてしまったり、見てしまったりするなどの、スケベなシチュエーションに遭ってしまうことである。
例えば、今の、鞭状になったバットがいやらしく墓井の全身に絡みつくのもそうだし――さっき、バナナで足を滑らせてツインテちゃんの尻に顔を埋めてしまうのもそうだ――このような、ぼくのまわりで起こる性的な事故は、だいたいぼくの超能力が原因である。
なにがラッキーだよ。思春期の童貞の妄想じゃあるまいし。否応なしに、そんなセクハラ紛いのモノを常に見せられたり、常にさせられたりする、こっちの身にもなってくれ。毎日が地獄だ。女性からは常に疎まれるし、自分の性癖は変に歪められるし……。
おっと、話がずれてしまった。ごめんなさい。
普段は、ぼくの意思なくラッキースケベが起こり続けるのだが、なんと――自分の意思で起こすこともできるのだ。それが『大淫蕩無間地獄』である。自分で発生させている時点で、『ラッキー』スケベと表現していいのかはわからないが、面倒なので、そこには触れないことにしよう。
発動方法は簡単。相手に触れるだけ。たった、それだけ。それだけで、相手は全裸になって、吹っ飛んでしまう。とんでもない、言わば、必殺技なのだ。相手を社会的に必ず殺す技――必殺技。
たちが悪いことに、それはたまに誤爆してしまう時もある。前述の不祥事――合唱祭中、同級生を押し倒して全裸にしたという話がこれである。詳細を言えば、例の如くラッキースケベで同級生を押し倒しちゃった時、アンラッキーにも、自分の意思とは関係なく、『大淫蕩無間地獄』が発動しちゃった、って奴だ。……後は皆が知っての通りの展開で……。はだはだ、迷惑だ。やめて欲しい。
「と言うのが、ぼくの超能力です」
ぼくは一通り、墓井に超能力の説明をしていた。いつまでも、墓井が唖然としたままだったので、つい、種明かしをしてあげたくなったのだ。
「中学校の時はそれなりに恐れられていましてね、この超能力は『アスモデウス』って呼ばれていました。まぁ、中二病の産物ですけど」
「で、どうする?」
再び、墓井は立ち上がる。
「今の攻撃。アタシがただ――、全裸になっただけだぞ」
――――墓井は拳を握り、ボクシングの構えをぼくへと向ける。
「残念だがな、全裸にしたぐらいではアタシを倒せない。もっと言えば、骨になったとしても、まだ戦える。このぐらいで勝っただなんて……っわ!」
臨戦態勢に入ったのも束の間、裸足にも関わらず、墓井はずっこけた。ずっこけたまま、床へ尻から落ちた。どん、と着地した墓井はよう○べで流したら一瞬で規制されそうなポーズを――ぼくへ披露していた。
「ちっ!」また立ち上がる墓井。けど、また同じように、ずっこけてしまった。それと同じことを、後二、三回ぐらい繰り返してようやく、その動きをとめた。
「なぁ、尾張罪檎」なかば狼狽いしたような表情を見せる墓井。
「おまえ、本当にアタシを全裸にしただけなのか……」流石に、墓井も異変に気がついたらしい。
「いえ――違います」ぼくは――白状した。
「『大淫蕩無間地獄』には、もう一つ効果があるのですよ」
ただでさえエグイのにもかかわらず、『大淫蕩無間地獄』には、もう一つエグイ効果があった。それは……。
「なんて言えばいいのでしょう。『常にラッキースケベに見舞われる』ぼくとは真逆の、『常にラッキースケベを与える』存在となってしまうのです」
――例えば。
「きっと、先の先の運命まで歪曲されるのでしょうね。ラッキースケベに見舞われる側のぼくは、常に『偶然に女の人の着替えを見ちゃったり――お胸を触っちゃったりする』などのスケベな出来事に遭い続けます――しかし、与える側になりますと、常に『偶然に着替えを見られちゃったり――お胸を触られちゃったりする』などのスケベな出来事の被害に遭い続けるわけです。常にですから、それが、間もなく、限りもなく、何時でも、何時じゃなくても、何処でも、何処じゃなくても、襲いかかってくるのです。まさに無間地獄であり、無限地獄ですよね」
要するに、絶え間なくセクハラの被害にあい続けるってことだ。正直、クソッタレな能力だと思う。できるならば、使いたくなかった。
「…………」
墓井の顔から表情が、削除されたかのように――綺麗になくなった。無言のまま、俯いて、顔を上げなくなる。ぼくの言ったことが信じられないのかもしれない。そりゃそうだ。
流石のぼくも「あぁ、でも、ぼくの方でそれは、オンとオフができますので」と、急いでその事実を墓井に伝える。いつまでも、墓井をこんな可哀想な状態にしておきたくなかったからだ。
「オフにして欲しかったら、降参しろってか?」俯いたまま、墓井が話す。
「まぁ、そんなところですかね。後、もう2度と体罰をしないって確約してくれませんか」
「はん、なんだ。おまえ」墓井の声には嘲笑が混じっていた。「他人が暴力で人を支配するのは悪だが、自分やったら善ってことか? なかなかのエゴイストだな」
もちろん、ぼくがしていることは――完全なる悪であり、ぼくが嫌っている暴力による支配と同じであることは――痛いぐらい、はっきり理解している。
「暴力で地獄に堕ちるのは、ぼくだけでいいってことです――墓井先生、生徒の心を矯正するのが、あなたの使命であることは間違いありません。でも、暴力では人の心は矯正できない。むしろ、悪い方向に歪めてしまいます」――そうぼくみたいに。歪みきったぼくの心みたいに。
「ちゃんと調べてみてください――体罰によるマイナスな面はプラスな面より多いし、強力なのですよ」
「……おまえが悪魔って呼ばれる理由わかった気がする」
墓井は呟いた。『アスモデウス』はぼくのあだ名ではないのだけれど。まぁ、いいか。
「……わかった。どっち道、アタシの負けだ。敗者は勝者に従うさ」
墓井の降伏を了承して、ぼくは『大淫蕩無間地獄』をオフにした。墓井も身でそれを感じたのか――だらん、とさらに体を崩す。
「けどな、尾張。この学校で体罰をしているのは、アタシだけじゃない。あと、百三十五人――この学校のアタシを抜いた教師の数だ……。みんなアタシほど、甘くないからな……」
135人の教師――超能力者。
「安心してください。ぼくは、その百三十五人の誰にも、屈するつもりはありませんので。それに甘いものは、あまり好きじゃないのですよ。チョコレートとか」
「じゃあ、バレンタインの時は覚えてろよ」
墓井は腰を上げて――踵を返した。無言のまま――教室の扉まで足を運んで、去った。それと同時に、図ったかのように、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴ったのだった。なんだろう、授業じゃない、なんかを成し遂げた後のチャイムはなんだか感慨深い。
「ねぇ、アンタ!」
感慨に浸っていたぼくは、その怒気がこもった高い声で、現実に戻される。声の方を向くと、ツインテちゃんが腕を組んで、仁王立ちしていた。
「えっと……なんでしょうか?」普通に、ぼくはビビった。
「あんた、これで、さっきのことチャラにしようってわけ?」
「さっきのって……?」
「私にセクハラしたでしょーがっ‼」
ツインテちゃんが、顔を真っ赤にして激昂する。怖かったので、ぼくは数歩、後退した。
「ち、違います。別にセクハラをなかったことにしたいわけじゃ……」ただ、暴力が憎かっただけ、と続けようとしたが――
「あたりまえよ! アンタが、どう足掻いたって――なしにはならないわよ!」
――怒鳴り声に遮られてしまった。
「ひ、ひぇぇぇ! ごめんなさい!」
「け、けど……」突然に、ツインテちゃんの声が優しくなる。「助けてくれてありがと……」
「へっ……?」茫然としているぼくに、ツインテちゃんは左手を、差し出してきた。
「私は路西法って言うの……」
「えぇ……っと……?」
「よろしくねってこと! 私のとなりの席でしょアンタ!」
「あぁ、そうでした! よ、よろしくお願いいたします!」
ぼくは右手でツインテちゃんの手を握る――転校してきて、はじめて友達ができた瞬間だった。この人生でやっとできた二番目の友達である……。
友達がいるといないでは、圧倒的に人生の内容と、その質が変わってくる。孤独だった小中、やっと友達ができた高校、その二つの環境を経て、学んだことだった。友達は大切にしなくては。
「なに、泣きそうになっているの。土竜に噛みつかれた蚯蚓の如く、著しく大袈裟なんだけど」
蚯蚓に謝れ。
ふと、そこで、ぼくは異常に気がついた。
「えっ……」
全くもって気づきたくない事実だった。ぼくの――ツインテちゃんと握手している手が、妖しく紫色に光っているのだ。
えっ……えぇ…………。
これって、まさか……。
「どうしたのよ?」とツインテちゃんが訝しげに、ぼくに問いかけた刹那、ツインテちゃんの、身につけていたもの全てが木っ端微塵に吹っ飛んでいった。
ツインテちゃんの、麗しい裸体が、ぼくの前に炸裂してしまう。胸から太もも――首元から足先に至るまで、美しい、しなやかな曲線を描いている。まるで、それは石膏像のようだ。芸術品特有の優美さを醸し出している……。
……今はそんなこと、どうだっていい‼
最悪なタイミングで『大淫蕩無間地獄』が誤爆してしまった(ツインテちゃん自身が吹っ飛んで行かなかった理由は謎である)。
「なに震えているわけ……」ツインテちゃんが首を動かして、自分の容姿を確認してしまう。「……って!」ツンデレちゃんの顔に黒いフェードアウトがかかる。
「あ、あの……これは……その……」
ぼくは必死に弁明しようとしたが、無駄みたいだった。黒い影がかかった、ツインテちゃんの眼が赤く、怖く、輝く。
あぁ、またこの展開かぁ……。ぼくは色んなものを諦めて、言い放った。
「な――………………ナイスバディ‼」
「このぉ……腐れゴミ変態がぁ‼」
どかぁぁーん‼ ぐしゃぐしゃ、ぐしゅぁぁん‼
「アァー‼」
ツインテちゃんの激しい攻撃は、墓井と、戦ってズタボロになったぼくに、とどめを刺したのだった。