5 秘境の秘蔵の「秘密兵器」
そう、決戦の第二ラウンド。
巻き込まれるのを恐れてなのか、まわりのクラスメイト達は足早に、可愛いちゃんのように、教室の隅とかに逃げてしまった。被害が変に大きくならないのは、ぼくの望むところだし、全然、逃げてもらっても構わない。というか、逃げて欲しいと言うのが本音である。
「まぁ、他人の心配より、今は自分の心配ですね……」
まずは、状況整理だ。
ぼく――体中に複数の打撲痕。左手は骨折。右手はパーリングした際の痛みは残るものの、まだ動く。
墓井――鼻からの出血以外、目立った外傷なし。自由自在に伸ばせたり、形を変えたりできる武器を持っている。今の形状は鞭。その威力は強力。
蓄積されたダメージ的にも、ここら辺で決着をつけときたい。むしろ、つけないと負けっちまう。武器の威力からして、相手も相手で、長期戦とか延長戦に持ち込むつもりはないようにも思えるし。
それにしても鞭かぁ……。
鞭のいかれた攻撃力は、鞭の先端の速度が音速を超えることで生じる。
そう、音速――音を余裕で超える速さ。ただの縄の先を切れ味抜群な刃へと変えるほどの速さ。それでいて、動きがイレギュラーなので避けづらい……。
まさに、悪夢を体現しているかのような武器だ。そんなものが何世紀か前まで普通に教育に使われていたなんて、どうかしている……。
でも、世の中には弱点がないものは、存在しないわけで……。
ぼくはシャツを脱いだ。ぼくの上半身は完全にブラだけになる。もう羞恥心なんてどうでもいい。見たけりゃ、見せてやるよ!
「おまえ、そこまで痴女だったのか⁉」
「いや、そんなこと言ったら、日常的に胸元を大きく開けているあなたも痴女でしょう‼」シャツを棒状に丸めながら応じた。
「なにを企んでいるかは知らないが、おまえは終わりだ!」
鞭が振るわれる。
蛇がうねりながら、くねりながら、ぼくへ向って牙を見せる。
それに対して、ぼくは動かない、動く意味がないからだ。
「鞭なんかにしたのが間違いでしたね!」
ぼくに噛みつこうとした蛇は――鞭は、ぼくが掲げた棒状になったシャツに絡まる。
「鞭って言うのは、速いスピードで、攻撃範囲も広い、便利な武器です。でも、こう、絡まっちゃったら、もう、どうしようもなくなりますよね!」
そう、それが鞭の弱点。絡まったらどうしようもなくなることだ。まぁ、鞭が縄状である以上、やむを得ない当然の帰結であるのだが。後は鞭を引っ張って、墓井から取り上げれば墓井の超能力を無力化できる。でも、それは失敗してしまう……。
「それはどうかな?」
墓井が鞭を引く。その力は思いの外、強い――ぼくの手から、鞭が絡まったままのシャツが抜け出してしまった。し、しまった……。でも……。
「ふっ、残念だったなぁ」
墓井の勝ち誇った表情。しかし……それはすぐに変わる。
なんの、不幸なのか、鞭が変な動きをしながら、墓井の方へ戻っていく。シャツの重さで、バランスを崩したのかもしれない。
「な、なにぃ⁉」
驚く間もなく、鞭が墓井の体中に絡まっていく、絡まっていく、絡まっていく――
捕縛。纏縛。緊縛。束縛。
担任教師――墓井無頼花の腕に、肩に、胸の谷間に、お腹に、イケナイところに、縄ががっちりと絡まった。いやぁ、これは凄い! 物凄い! 年上が好きな女子、必見のお宝映像だ! こんなの、よう○べで流したら、すぐ消されっぞ!
墓井の超能力でほどかれるのではないかと、心配になったが、そうなっていないところを見ると、墓井の超能力を持ってしても、とけないぐらい、雁字搦めになっているようだ。いやぁ、よかった。
「お、おまえ、なにをしたっ⁉ なにをどうしたら、こうなる! 説明しろ‼」
墓井が必死そうに、ぼくに問いかける。
「いえ、ぼくはなにもしていません」
ぼくは本当になにもしていない。ここまでは計画していない。
――鞭が変に動いたのは、墓井が自滅したのは、本当に幸運。ただのラッキーである。
――そう、今の今まで、ぼくの人生を嫌と言うほど――滅茶苦茶のぐちゃぐちゃに――蝕んできたラッキーである。
ぼくは、もし、墓井から鞭を奪えなかった時は、最後の最後で、その幸運に――その不細工な運命の女神様に、勝負を委ねることにしたのだった。
まぁ、幸運というものは、基本的には、自分の好きなタイミングで起こせるわけじゃないのだから――これは一種の、大損する確率の方が大きい、賭けであったのだが――見事に大勝することができた。
だが。
賭けには勝ったが、勝負にはまだ――勝っていない。
ぼくの勝利条件は、墓井の暴力的機能を完全に無力化すること――すなわち、墓井にもう2度と体罰をさせないこと、なのだ。
ぼくは墓井に駆け寄って、その手 (もちろん、無事な方の右手だ)を伸ばした。
狙っていたわけではないのだが、掌は墓井の左乳房を捉えてしまう。
スーツの上からなのに沈んでいく右手。そこから、一種の感動のようなものを感じた。
ツインテちゃんに負けないぐらいの――心地のよいやわらかさ、弾力が掌に広がる。不思議と今までの痛みが吹き飛んでいく。きっと、これは、さっきの幸運の、おまけ的な要素なのかもしれない。
「なにをする!」
訝しげに、ぼくの顔を睨む――墓井。
それを黙殺し――ぼくは今日はじめて、自分の超能力を、自分の意思で発動した。
「――『大淫蕩無間地獄』」
ただでさえ、異常なこの場で、もう一つの異常が足しあわされる。
ぼくの墓井に触れている手――右手が、紫色に光りはじめる。
桃色に近い、情欲をかきたてるような、妖しい光。
変化するバットに、光り輝く手、もうここには――この学校には異常しかナイのかもしれない。
次の瞬間。ぴっちゅーん、と言う阿呆らしい効果音と共に、文字通り、墓井は後方へ、ぶっ飛んだ――身に纏っていた、スーツ、シャツ、パンティー、そして、バットを粉々に――砕け散らせながら。
「が、がはっ!」
背から教室の床へと、墓井は転がる。その上から、衣類やバットの砕片が、舞ながら降り注ぐ。その景色を台詞にするなら、『あんまり綺麗じゃねぇ、粉雪だ』とでもなるのだろうか……。まぁ、口には出さないけど。
墓井は神妙な様相で、慎重そうに、上体を起こした。体を隠していた衣類は全てなくなったので、すっぽんぽんだ。まだ、なにが起こっているのかを理解していない様子だった。
それも、無理はない。墓井も、まさか、ぼくが超能力を使うだなんて思わなかったであろう。
そう、今まで秘密にしていたわけじゃないが、ぼくは超能力を持つ、超能力者なのだ。