4 格闘VS打撃武器+「超能力」
開戦と同時に墓井がしたことは、ぼくを退かすことではなく、自分が退くことだった。一、二、三、と後退して、バットを構え直す。ぼくもその際、少し墓井と距離をとった。そうすれば、自動的にツインテちゃんとも距離ができるわけで――ツインテちゃんはさっきまでの表情とは打って変わって、心細そうにぼくを見つめる。
――大丈夫だって。ツインテちゃんが墓井にやられることはないよ。
――墓井の標的あるいは、最大の敵は、ぼくなのだから。
ツインテちゃんに構っている暇も、余裕も、今の墓井は持ち合わせていないと、思っていた。いや、それは『思っていた』という次元の問題ではない。『確信していた』という次元の命題だった。式で証明するまでもなく、彼女が――墓井の目が――眼球が――鼻が――鼻孔が――口が――舌が――その全てが――ぼくへ向けて的確で明確な敵意を放っているのは明白であるのだから。
「はぁ……。やる気満々、血気盛んですか。いいですねぇ、そんなに元気で。その元気、ぼくにも分けて欲しい……っで、って、わぁ!」
挑発を言い終える暇も与えずに、墓井のバットが炸裂した――突発的に、墓井は跳ぶように、ぼくの2、3歩ぐらい先まで移動して、ぼくが動くよりも先に、バットを振り下ろした。
「わぁぁぉ!」
ぎりぎり――すれすれ――ぼくは手の甲で、迫りくるバットを弾いた――世に言うパーリングとかって言うやつだ。なまじ技術なので、完全に衝撃を受け流すことはできず、痛みが手背を走る。
その束の間もなく――今度は横一文字が飛んでくる。それもパーリングで叩き落とした。その束の間もなく――また再度、縦から落ちてきた。その束の間もなく――また再度、横から薙ぎ払いがきた。その束の間もなく――今度は、腹に向かって突きがきた。その束の間もなく――また再度、縦から落ちてきた。その束の間もなく――。その束の間もなく――。その束の間もなく――その束の間もなく――その束の間もなく――。
繰り出される怒涛の連続攻撃。ぼくはこの人生史上類を見ないスピードで、その全てを、弾き返し、叩き落としていた。
なにこれ――物凄く集中力がいる作業。こんなんやるのだったら、数学のXだの、Yだの、たかしくんだのを相手に集中していた方がまだ楽しいわ! てか、数学の問題よりも――相手をするのに集中力が必要な、数字教師って……。
そう毒づきながらも、ぼくは順調に攻撃を受け流していた。手の痛みが若干強くなっている。けど、確実にぼくは墓井を押している。後はこのまま、墓井を壁まで追い詰めれば――追い詰めなくとも、墓井に触れれば――こっちのものだ。
――しかし。残念ながら。遺憾にも。世の中は、そう、ぼくのいいようには回っていないらしい。視線を――墓井の胸部へ向けたのがマズかった。
「――……⁉」
なんと、墓井の胸が――大きな二つの大きな塊が、無秩序に――それこそ右往左往、縦横無尽に揺れていたのだ。こ――こいつ、ま、さか――『ノーブラ』なのか⁉
ぼくはその、『事実』を目前にして、持ちうる一切の集中力を放棄してしまった。艶めかしく、色めかしく、蠢くおっぱいは――戦いの最中にも関わらず、ぼくに劣情を抱かせてしまった。
――それのみならず、ぼくの中では――『ありえない』という想いも芽生えていた。揺れ動く墓井の胸に対して、どうしても『ありえなさ』が拭えなかった。確かにブラジャーをするもしないも個人の自由であるし――この学校は女子校であり教師も全員が女性であるし――男は入ってこられないし(この学校は男子禁制だ)――そこは理解ができる、ぼくだって公の場じゃない、プライベートではノーブラだし――そ、それでも――
ゴンッ――……その固い音は、ぼくの視線を、躍動する乳房から――半強制的に、己の手へと――動かした。
バットがぼくの左手の甲にぐにゃぁと、めり込んでいた。
ここにきて――ここまできて。
やっとの思いで。
やっとこさ。
パーリングに失敗してしまった。
「がっ‼」
激痛――激しい痛み。
声にならない呻きが飛びだす。
この感触――骨がやられた。
両利きだったのが、唯一の幸いである。左がやられても、右がまだ残っている。でも、ぼくには、その――小さな幸せすら、噛みしめている暇はなかった。否応もなしに、次の一撃――綺麗なカーブを描く、バットを片手でパーリングしなくてはならなかったのだから。
まずい、変に形勢が逆転した。
反転攻勢。
一転攻勢。
今度はぼくが押される番だった。じりじりと、壁へと追い詰められていく。
攻撃に次ぐ攻撃――パーリングに次ぐパーリング――
片手でぼくが防ぎきれるのは三回に二回程度に減少。あとの一回――三回に一回は甘んじて受けてしまっている。六回攻撃されたら二回受け、十二回攻撃されたら四回受け、二十四回攻撃されたら八回受け、四十八回攻撃されたら十六回……その一つ一つの攻撃が重すぎる――激しすぎる。このまま攻撃を受け続ければ、もうぼくはボロ雑巾になってしまうであろう。それは避けたい。是非とも避けたい。
――けれども、徹頭徹尾、墓井にはその腕をとめるという、一握りの慈悲もなかった――もしかしたら、ぼくを頭の天辺から足の爪先まで、スクラップにでもしようとしているのかもしれない
――恐ろしい――狂おしいほど恐ろしい――それをしているのが教師なのが恐ろしい――しかし、しかしながら、そこの部分だけを切り取ってもなお、墓井の恐ろしさの全ては語れない。墓井はまだ、一切、超能力を使っていないのだ。地の力でこれなのに、そこに超能力――どんな力かはわからない――が組み合わさったとしたら――あぁ、考えたくもない。
けど――考えなきゃいけない……この状況を切り抜ける方法を考えなきゃいけない。
そこまで、考えたところで――足がなにかにすくわれた。
「えっ」
墓井の足がぼくの足を綺麗に――それも見事にかけていた。
「あっ、あ……」
やられた。完全完璧にやられた。
ずっと、ずっと、ぼくはバットの方に意識を集中させていた。もっと言えば、その先にあろう超能力に怯えていた。ぼくは、その二つだけが墓井の攻撃方法だと思い込んでいた――思い込んでしまっていた! 足も使えるじゃないか……。
後悔先に立たず。すぐさま、ぼくの態勢が崩れる――
――そして、よろける。そこに間髪入れず、バットが打ち込まれる。ぼくは――自分がよろけて、倒れていく遠心力を使ってそれを間一髪、それこそ一本の髪よりも短い隙間で避けた。
が、避けきれなかった。バットがぼくの夏服――ブレザーのシャツの前立ての下にめり込んでしまう。そのまま、バットの引く力とぼくの離れる力で、シャツのボタンを縫いつける糸がちぎれ、ブチッ、ブチッとボタンが四方八方に飛んで行ってしまった。
ぽよよ~んと、『無駄に大きい』と定評の、下着姿のぼくの胸が露になってしまう。今日は緑色のブラジャーですってよ、奥さん。
――っていうか、今はそんな場合じゃない! ぼくは現在進行形で、背中から倒れている。その着地地点がわからない。ここは教室――鉛筆に、シャーペンに、机に、椅子――あたったら一溜まりもないような危険物がゴロゴロ転がっている――狂気の宝庫ならぬ、凶器の宝庫なのだ。なにが背に存在するかで、ぼくの命運が決まる。ぼくは祈るように受身の姿勢を取った。
ぱふっ。
――背中から、――なにかに着陸した。
硬くはない。
もちろん、鋭くもない。
どっちかと言うと、やわらかい、優しいものだった。
倒れているというか、寄りかかっていると言った方が正しいかもしれない。背中に暖かみが伝わってくる。
こ、これは……なんだ? ぼくが思案していると、「ちょっと……」と今まで聞いたことがないような可愛らしい怒声が聴こえてきた。振り返ってみると、ぼくの頭のすぐ後ろに、あの可愛らしいセミショートの――前の席の、女の子の顔があった。どうやら、ぼくは、席に座っているその娘の上に倒れてしまったみたいだった。
えぇ……と、これどうしよ……。近くの席の人だからな。
「こんにちは。ぼくは転校してきた尾張罪檎と申します。この通り胸が百で……」
とりあえず、ぼくは無難に――自己紹介をしようとした。
「降りて‼」
その最中に、可愛い女の子――から押され、そのまま、前方へ飛ばされた。
やばい、今のぼくの前のめりの姿勢は――前から見たら、きっと、お胸を強調したドエロいポーズになっているぞ! これで、同人誌の表紙もバッチリだ!
冗談もそこそこに、ぼくの前には、丁度よくないタイミングで、都合が悪いことに、墓井がいた。
まずい、ここでバットを打ち込まれたら……と一瞬だけ頭をよぎったのだが、意外にも、墓井は動こうとしない――あっけに取られた表情を浮かべている。
――もしかして、ぼくのおっぱいに見惚れているのか?
いや、多分、そうじゃない。倒れていたぼくがいきなり、こっち側に飛んでくるのが意外だったのだろう。そう……意外。墓井にとっても、ぼくにとっても、可愛いちゃんの行動は範疇外だったみたいだ。墓井の動作が――ほんの少し、遅れる。
「痛ぅ――……」
ぼくの額は墓井の顔面に勢いよく、突きあたった。
はじめてのダメージ――墓井は、一瞬、大きく、ぐらついたが――その拍子にスカートがめくれて、セクシーなパンティーが露になったが――すぐに態勢を立て直し、また、ぼくにバットを構える。流石、教師と言ったところなのか。鼻から血は出ているものの、へっちゃら屁の河童と言いたげな、涼しい顔をしている。
再度、距離をとって、ぼくは墓井に向かった。
「ここまで、生徒相手にはしゃいでいる先生なんて、ぼく、はじめて見ましたよ。楽しい職場でよかったですね。でも、仕事もいいですが、そろそろ、休憩しません?」
「仕事もなにも、今までやってきたのはお遊びだ。せっかく遊んでいるんだから、はしゃがないと、おまえもしけるだろう?」
「あら、さっきまで仕事だと言っていたのに……。いいのですか? もうすぐ、朝のホームルーム終わりますよ」
「安心しろ。ホームルームが終わる前までには、片づくさ」
墓井はバットを垂直に――ぼくへ向けてくる。
「仕事は本気で、やらなきゃいけないからな! 本当っ、大人って辛いものだっ!」
またもや、先制攻撃は墓井だった――しなりながら、彼女のバットが詰め寄ってくる。へっ、まてまて――なんで金属バットがしなっているのだ?
いや、しなっているどころか、くねくねと、蛇のように、いや蛇そのものと紹介したとしても、違和感がないぐらいにうねっている! 心なしか、どんどん、どんどん、そのボールを打つ膨らみの部分が長く、細く、なっているように見える……ってか、縄みたいに伸びている!
急に、その形を変えはじめたバット。控え目に言って、現実離れした――常識とは異なる、異常な光景だった。テレビでしか見たことないほどに――異常でしかなかった。
常識とは異なっているもの。そんなもの――この世界には一つしかない。
間違いがないこれは……。
ぼくがその答えを出す前に、墓井の方から答えが公開される。
「よかったなぁ! これが、おまえが心底、見たがっていたアタシの超能力。媒介が『棒状物質』、系統が『物質変形系』。『棒状の物を自在に伸縮させ、変形させる能力』だ!」
これが『真戒女子高等学校』、第二学年三組担任、数学教師、墓井無頼花の超能力――なるほど、言われてみれば、確かに――スプーン曲げには近い。いや、むしろ、スプーン曲げよりは実用性がありそうだ!
うねるバットは、ぼくの、すぐ右側の机にあたり――パァンッと鞭のように弾けた。机の表面を覗いて後悔する。バットがあたった部分に、大きなえぐられた痕ができていた。わぁお。こんなものがあたったら痛そうだ。痛いどころか死にそうだ。この机の主が先に、教室の隅に避難していたことが本当に救いである。
「愛の鞭って、言いたのですか……?」
「まぁ、教師だからな。教鞭ぐらい執るさ。もしかして、ビビっているのか?」
「『棒状物質』ってことは、ちんちんでも、できるのかなぁと思って」
「汚い妄想をするな、ヲタ女子」
再び、パァンッと空気を裂くような破裂音が響く。今度はぼくの左隣の机がやられた。
丁度、その机の後ろの席だった、可愛いちゃんが震え上がり、立ち上がる。そのまま、どこかへ行ってしまった。
あぁ、なんか、超帰りたくなってきた。誰かが逃げる様子を見るとおのずと、逃げたくなるのは、なんでだろうか。もう、体罰とか、墓井とか、超能力とか、ツインテちゃんのことなぞ忘れて、逃げてしまいたい――逃げて、なんにもなかったことにしたい。
――でも、そういう時こそ。
「闘わないと、駄目なのですよね!」
こうして、ぼくと墓井の第二ラウンドがはじまった。