16 休日は「麻雀」
転校してきて三日目――はじめての休日である。
いやぁ、週二休は最高~。これぞ高校生の役得だなぁ。
ぼくは今現在、寮の二段ベッド(の上の方)で絶賛ゴロゴロ中である。
やっぱり、休日は布団でグータラしているのが一番だ。
「ちょっと、アンタ、いつまで寝ているわけ?」
下から声が聴こえる――この声はツインテちゃんだ。時計を見るが、まだ――午前十一時だ。まだまだ、焦る時間ではない。
「う~ん、できれば、永遠に」
「死んでるじゃないそれ⁉」
「できれば、三日で起きますよ。できれば」
「休みは今日あわせて二日だけなんだけど⁉」
突っ込みしながら、ツインテちゃんがベッドを登ってきた。
「お邪魔するわ」
今日のツインテちゃんの格好は――ザ・私服って感じだ。
白色のTシャツにデニムの短パンというなんの変哲もない、有り触れた服装ではあるが――ツインテちゃんのその大きなおっぱいのせいで、胸を強調した型破りな服装になってしまっている。
そんな格好の女の子が寝床にきたのだから――そのまま入ってきたのだから――ぼくの心はドキドキした。それもただドキドキしたのではない――とってもドキドキしたのだ。
ツインテちゃんは美人だし――スタイルもいい。そんな人が扇情的な格好をして、寝床に忍び込むもは、もう言うならば――凶器みたいなものだ。
そう――脅威の胸囲の凶器。
「んもう、アンタ、いっつも休日はこんな感じなの?」
珍しくツインテちゃんは、ぼくがどこを見ているのかを気づいていないようで――普通に話をはじめた。
「はい――そうですね。友達と遊びに行く時以外は、こんな感じです」
はぁ……呆れたような視線を送ってくるツインテちゃん。
「もう、そんなダラダラで――どうして、いいスタイルしてるわけ?」
「う~ん、そりゃ、才能ですかね」
「死ね‼」
そう言われても……実際問題、ぼくは美容に関しては気にしてはいるし、美容のために洗顔と……なんだろう……野菜を食べることぐらいはやっている。けれども――後はなにもやっていない。うん、本当になんにも。
それなのに……この体をいい感じに――ボンキュッボンに維持しているっていうことは、所謂――才能――天性のなんとかんとかなのだろう。それ以外の原理で説明することはできそうにない。
「アンタ本当にムカつくわね‼」
「そう言う、路西さんのお体も御立派じゃないですか……」
「御立派って⁉ もっといい表現なかったわけ?」
「じゃあ……あっぱれとか?」
「じゃあってなによ、この御立派あっぱれ女‼」
まぁ、ぼくは上から百、六十三、九十一のスリーサイズを持つ女だからな。顔では兎も角、スタイルでぼくに勝てる女性は滅多にいないだろう。逆に言えば、ぼくが世間一般の女性の方々に勝てる分野はそれしかないのだけれど……。
「そうだわ!」ツインテちゃんは、いかにもなにかを思い出した感じの大袈裟な声を出す。
「今日午後から寿松木ちゃん(可愛いちゃん)、カシちゃんと一緒に遊ぼうと思っているのだけれど、アンタも一緒にどう?」
「遊ぶって、なにをするのですか?」
校外への外出禁止はもちろんのこと――この学校にはスマートフォンやパソコンなどの電子機器類の使用禁止など――オーソドックスなものから、許可のない乗馬の禁止など――意味不明なものまで、私生活を拘束するような校則が沢山ある。とてもじゃないが、皆でわーわー遊べそうな雰囲気ではない。できても、骨牌とか西洋骨牌ぐらいだろう。
「なにをするって? そりゃ麻雀に決まっているじゃない」
「ま、麻雀⁉」この学校の性質上、第一に規制されそうなテーブルゲームの名前が、普通にそれも、あたり前のように出てきて――ぼくは唖然とする。
「えぇ、麻雀よ」
「麻雀ですか」
「楽しいわよ」
「楽しいですか」
「待ってください……」ぼくは懐疑的に問いかける。「それって、やってもオッケーなのですか……? 校則に反していたら……」
「反しているもなにも、校則で許可されてるわよ」
どうなっているのだ、この学校……。
麻雀自体は世界中に結構な数のプレイヤーがいるほどフェイマスなゲームだし、たしなむことは、そんなに悪くない――むしろ、いいことだとは思うけれど――
そう言えば、この学校の理事長がプロ雀士だったような……。それで、麻雀は許可されているというわけか……? まさかな……。
「それで、アンタはどうする?」
「じゃあ…………せっかくなので参加させていただきますか」
新しくできた友人の誘いを断るほど、ぼくは無粋な人間ではない――ましてや、女の子からの誘いだ。ぼくの気質上、それを易々と断るわけにもいかない。
「よし、負けないわよ」
ツインテちゃんは負けん気しないって感じに鼻を鳴らす。まぁ、この学校自体、娯楽も少ないわけだし、麻雀は楽しいゲームだし、そりゃはまるわな。
「一応、言っておきますが、負けても服は脱ぎませんよ」
「汚染物質を食べて毒蚯蚓になる蚯蚓の如く、著しくあたりまえよ」
蚯蚓に謝れ。
ツインテちゃんは回れ右して、ベッドの梯子に足をかけた。
「じゃ、わたし、ちょっと色々行ってくるから。午後――二時ぐらいに、一階の麻雀部屋に集合ね!」
――そんな部屋まであるのかよ。許可しているって言うより、一周まわって奨励している気がするのだが……。
「わかりました」とりあえず、頷いておく。
ツインテちゃんはベッドから下り、部屋の扉を開けて――去って行った。
さて、ぼくはまだ十一時なことだし、ゴロゴロの続きでも……。と、枕に頭を預けようとした時――丁度、部屋の扉が叩かれた。ぼくのグータラの面で見れば――いいか悪いかで言ったら、悪いタイミングである。
「誰でしょうか? ノックしているあたり、ツインテちゃんではありませんね」
せっかくのゴロゴロを邪魔されたことへの苛立ちを(できるだけ)隠しながら、ぼくは梯子を下り、扉の許へ行く。
今のぼくの格好はグレーのパジャマ姿である。とてもじゃないが、人の前に出られる格好ではないように見える。ノーブラだからか、見慣れない謎の凹凸も浮き出ているし……。まぁ、いいか。
ぼくは「はーい」とあんまり気が締まらない声を出して、扉を開放した。
そこにいたのは――
「……お……よう……ぽぽぽ……」
とてつもないほど、背の高い女だった。
身長は二メートルを超えていると思う――屋内だというのにつばの広い帽子を深めに被っている。髪は異常に異様に長く、腰の先まで伸びている。顔は帽子と髪のせいで口元しか見えない。ワンピースを着た体はスラリとしている。こんなことを言うのはアレだが、胸は特別大きいわけではない――普通ぐらいだ。だいたい、火結より少し大きいぐらいである。張りがあっていい形をしていることから――美乳であることは間違いない。まぁ、胸は大きさだけじゃないからな。
――その大女が見下すようにしてぼくの前に立っていた。
「えっ、えっと……」
前兆もなく、全長二メートル以上の不気味な女が出現したら――人であれ、それ以外であれ――誰であれ、あれであれ、皆――怯えて訝しむだろう。しかし、それは初見の場合のみに限る。
「えっと、おはようございます……」
すでに既視状態だった、ぼくは普通に挨拶する。
この目の前の女は――確か二年五組の担任だった。昨日だったかな――廊下で一目見た時から、記憶に強く焼きついている。言わずもがな、恋とかそんな甘酸っぱい理由で記憶に残ったのではない――その一風変わった容姿が衝撃的であり、ある種、攻撃的だったので意識せずとも脳がその記憶を保管したのであった。
「……ぽぽぽ……あなた……オワリ……サイ……ゴ……?」
声は低く、男のようだった。音量が小さいので聞き取りづらい。まるで、怨霊が喋っているみたいである。
「はい、そうです」
五組の担任がどうしてぼくのところに……。もしかして、火結のように襲撃にきたのだろうか……。だから、ぼくがゆっくりしているこの時間に……?
だとしたら、変だな。襲撃だとしたら、わざわざ扉をノックする必要はなさそうだし……。
勘繰り続けるぼくの思考を知ってか知らずか――女は「私……如月喫茶……。あなた……用が……る……」と腰を下げてぼくを見上げるような姿勢をした。
髪で目を確認することはできないものの――ほっぺが可愛らしく紅色に染まっている。それに加え――顔の下、首の下、色っぽい鎖骨の下で――愛々しい上乳と――その谷間がワンピースの隙間から、顔を出している。
胸が放つ魔性の効力なのか――ぼく自身の中にある不可抗力なのか――ぼくの目がその絶景を掴んで離さない。
「ねぇ……あな……に用がある……」
ぼくが話を聴きとれていないとでも思ったのか――如月はもう一度、同じ言葉を繰り返した。話はちゃんと聴いている――ただ、あなたの……胸に見蕩れてしまい、返事が遅れただけだ。
「用ですか……?」
「うん……転校の手続き関係……」心なしか声が聴こえやすくなっている気がする。声量を上げたのかもしれない。
「そういうことでしたか……では、あの、午後までに終わるでしょうか……?」
「うん……あなた次第だけど――多分……高い確率で……終わる」
『あなた次第』という単語がついているあたり、時間がかかりそうである。まぁ、後々から手をつけても問題はないだろう。
「あの別な日には……」とぼくは訊く。
「……できない」即答だった。
「……できない……今日じゃないと……駄目」如月の胸がぐぃっと、ぼくの胸と密着する――その分、如月の顔がぼくの顔に近づけられる。やばい……ぼくの胸から如月の胸の質感――おもに柔らかさが伝わってくる――なんなのだろう、この今までにないような体験は。自分の胸から他の人の胸を感じたことは――流石のぼくもはじめてだぞ。
「……絶対……駄目だから」耳をくすぐるような――低い……低い低い低い低い、ささやきがぼくの心を狂わせる。それで、その顔――目が隠されたその顔が逆に色っぽい。「ぽぽぽ……」と言っている口から出てくる吐息がその色っぽさを、さらに増強している。あれれ、この先生……こんなに可愛かったっけ? もしかして、この先生の超能力? それか、この先生の本物の色気? まぁ、なんでもいいか。
「……わかりました」
ぼくの気質上、女の子からの誘いを易々と断るわけにもいかない。ツインテちゃんのためにも午後までに、その用とやらを終わらせよう。
「……ぽぽぽ……ありがとう……じゃあ、ついてきて……」
「その前に――」ぼくは如月を引き留める。
「パジャマなので着替えてからでもいいですか?」