14 鳥と「嘘」
「ここなら、安全ですよね……」
ぼくは体育館の外壁についている小さな扉から、中へと入って行った。
逃げて、逃げて――ようやく辿り着いた安全そうな――身を隠せそうな場所。
ワンチャン――火結がいそうな気もしたが――そんな気配も臭いも感じなかった――むしろ、いい匂い――いい香りがしてくる……。うん、いい香り?
「きゃー‼」
黄色い叫び声が扉の中からこだまする。なんと――扉の先にあったのは――更衣室だった‼ ぼくの目の前には――非福なのか――眼福なのか――沢山の半裸の女子たちが、その身を隠しながらぼくを睨んでいた。
そういえば……放課後、インディアカ部が体育館で活動しているって、どっかで聞いたような……。
「ちょっと……尾張ちゃん!」可愛らしい声が聞こえたと思ったら、女子の中に――頬を膨らませた可愛いちゃんがいた。そうだ、可愛いちゃんがインディアカ部に入っていて、そのことを聞いたのだった。
「あ、寿松木さ……」ぼくはその姿を見て、思わずキュンとしてしまう……。
裸の上半身に、ブルマの下半身――両胸を隠してはいる右腕は――もっちりとした胸に――少しだけ沈んでいる。手持無沙汰なはずの左手は可愛げにもブルマに包まれているはずの股間を――隠すように添えられていた。全体的にやわらかそうで、触れるとプニプニしそうな肌が――色めかしくて堪らない……。
こんな状況――逃亡中にも関わらず――すっかりぼくは可愛いちゃんに見蕩れてしまっていた……。
「なに鼻伸ばしてんじゃ‼」
女子たちの中から下着姿のカシちゃんが出てきた。
カシちゃんもインディアカ部だったのか……なんか、インディアカ部多くない⁉
「晒されたいのかボケェ⁉ 出て行けぇ、クソッタレ‼」
カシちゃんからブン殴られて、ぼくは更衣室から追い出される。そのまま外の芝生に倒れこんだ。
「痛てて……」
たく……恥ずかしがりやなんだから、もう。
イケナイところは見てないからいいじゃん。
で、これからどうしようか……火結がくるのも時間の問題だろうし……。
「見ぃつけたぁッス‼」
なんと、火結は扉のすぐ近くにいた。時間の問題ではなく、場所の問題だった。
「ははっ、詰みましたッスねぇ‼」
火結の上には相も変わらず、ハーピーが浮いていた。その口は大きく開かれている――これは火の玉を吐くつもりだ……!
「ははっ、もうおまえは詰んでいるッス‼」
「待って、ください‼ 後ろには更衣室があるのですよ⁉ そこでインディアカ部のみんなが着替えているのですよ⁉ ここでこんなことやったら、みんな燃えちゃいます‼」
そうみんな燃えてしまう……さっきの爆発にやられて……。うん? 待て……。
「そうッスねぇ……じゃぁ、そうッスねぇ」
火結の話は一切、ぼくの耳には入ってこない――それは火結の晒が、濡れたせいか、もうコンプライアンスとか持ち出すレベルじゃないぐらいにズレているからじゃない――
「おまえがわっちに服従を誓えば、火炎弾は撃たないってのはどうッスか?」
――何故、何回も爆発が起きているというのに――火事が起こりそうだというのに――警報が鳴らないのだろうか。それに何故、皆、そのことに気がついていないのか――そのことを疑問に思った。
「お、おい、聴いているッス? 早くしないとインディ……なんちゃら部の子たちが大変なことになりまッスよ?」
――それに、火結の戦い方――ぼくにあたらない火の玉――そうか‼ そういうことか――そうかもしれない‼
ぼくは気がついた――火結の弱点に――火結の攻略法に――まだ、仮説の域は出ないものの多分、正解だとは思う――
そんなぼくからなにか感じ取ったのか、火結は胸に目を向けた。
「なっ⁉」どうやら晒の惨状に気がついたらしい。頬を赤らめる。「わっちのおっぱいが丸見えじゃないッスかっ⁉ こんにゃろッス、さっきからじぃーと見てくるなと思ったら――まさか、おまえ、オカズにするつもりなんッスか⁉」
「えっ、いいのですか⁉」ぼくの手が、無意識に下方へ動く。
「死ねッス‼ そんなことより、わっちに服従するか、イン……もういいッス……部活の子たちがやられるか、どっちか選べッス‼」
「どっちも嫌です」
「はぁぁ⁉」
「特にあなたに服従するのは一番論外ですね! 墓井先生に怒られちゃいますよ!」
「テメェ、なに言っているのかわかっているんッスか?」火結は更衣室の扉を指でさす。
「皆、燃っちまいまッスよ?」
「えぇ、いいですよ。できるものならね」
ぼくは芝生を一思いに蹴っ飛ばした。芝生はえぐれ、飛んでいった土や芝が火結にかかる。
「くっ畜生‼」と火結が呻いている隙に――ぼくは猛ダッシュで火結に近づく。
しかし、火結の動きも早かった、早々に走っているぼくを捉えたようで「『天照食吐死金鵄』‼」とハーピーを呼んでしまう。ハーピーは火結の盾になるように降下した。ここでのポイントはハーピーがぼくに向かって襲いかかっていないことである。もしも、今、この状況でハーピーに体当たりをさせていたら、確実に火結が勝っていた。けど、それをしない――何故かしない――そうなってくるとぼくの仮説の信憑性がますます増してくる。
火結を守るようにぼくの前に塞がるハーピー。ぼくは両腕を伸ばし、それに突撃した。
両手がハーピーの大きな乳に触れる――燃え盛るハーピーの体に触れた、ぼくの手は大火傷を被るだろう――けれども、そうはならなかった。
むしろ、火傷どころか、ぼくの手はハーピーの巨乳に沈んでいくように入っていく――入って背中から抜けていく。
そう、ぼくの体はハーピーをすり抜けていった。やっぱり、そうだ! ぼくの仮説はあたっていた!
――『ハーピーやら、爆発やらは全て幻覚かそれともただのホログラム的な触れられないもの』というのが、ぼくが立てた仮説だった。さっき述べた理由(爆発しているのに大した騒ぎになっていない、あえて火の玉を使わないで戦う火結、火の玉をぼくにあてないハーピー、etc……)に加え、ホースの水がハーピーをすり抜けたことから導き出した説である。だって、どうしても納得いかないもの。火が水をすり抜けるなんて……。
ぼくの掌はハーピーの後ろにいた――火結の両胸を掴み、火結を押し倒す。久しぶりに生の胸を触ったような……。うん、ほどほどの胸の大きさも相まって――いい感触だ。
「ぐぇっ⁉」火結の顔から血の気が引いていた――まるで手品のタネがバレた魔術師のように。
「結局、あなたが言っていた焦熱地獄も灼熱地獄も八熱地獄もありませんでしたね。やっぱり、ここは人間界。そうそう地獄なんて呼び出すことはできないのですよ…………。あ、ガッカリしないでくださいね、ぼくから一つだけ面白い地獄を紹介してあげますよ」
今度こそ勝利宣言を終えたぼくは、必殺技を口にする。
「――『大淫蕩無間地獄』」
ぼくの火結に触れている両手が、紫色に光りはじめる。
桃色に近い、情欲をかきたてるような、妖しい光。
火のように燃えるハーピーに、光り輝く手、もうここには異常しかナイのかもしれない。
次の瞬間。ぴっちゅーん、と言う阿呆らしい効果音と共に、火結が着ていた、特攻服、そして晒が粉々に――砕け散った。
――火結の体のありとあらゆるところが露になる――そう、火結は全裸になった……。まぁ、今回は押し倒されていたということもあり――背が地面についているということもあり――火結は吹っ飛んでいない。
「では、オムスビ先生……間違えました……火結先生。あなたは今、『大淫蕩無間地獄』を打ち込まれました。それがどういうことかわかりますよね?」
『大淫蕩無間地獄』を打ち込まれました人間は、ぼくとは真逆の『常にラッキースケベを与える』存在となってしまう。
ぼくの話を聴いているのか、聴いていないのか、火結は目尻を吊り上げて、暴れ出した。
「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅いッス!」
ぼくは火結に押し出され――後方に倒れる。その上に火結が馬乗りになった。攻勢が一転されてしまった。下からみる女性の上半身も中々いいものだと、ぼくは思った。
「おまえぇ、なんぞが姉貴を脱がせやがって……! 裸にしやがって……! わかっているんッスか? 姉貴は『第三十七代・不思蝶』の総長だったんッスよ⁉ 『酒狂の鷲牛』と呼ばれて恐れられていた、全国の不良たちの憧れだったんッスよ!」墓井の知らなくてもいい経歴を知ってしまった気がする。墓井も意外とやんちゃしてたんだなぁ。
「それが、おまえみたいなどこの馬の骨かわからない……馬の骨かすらわからない……」とまで言い終えて、火結は「うぅっ」と嗚咽をはじめる。火結の目から涙が何滴も流れ、雨のようにぼくにかかる――突然どうした⁉
「……おまえなんかに……ぃぃぃ……うううぅぅっ……」火結は顔を俯けて、本格的に号泣してしまった。この人、本当に大人なのかってぐらい泣いている。まぁ、大人っていうものは泣かないって、イメージの方が間違っているのかもしれない――でもどうして泣くのだ⁉
「わかりました……わかりました……泣かないでください」ぼくはなだめる。泣いている相手に強いことも言えない……。
「……ぅぅぅ、わっちなんか姉貴と比べて……しょうもない、どうしようもない人間ッスよ……。超能力も本当は媒介『太陽光』、系統『思念具現系』の『太陽光を使ってホログラムを作る能力』でッスし……。それで……『天照食吐死金鵄』を出せばおまえもビビッて降伏するかなぁと思ってたんッスけど……駄目でしたッス……」
嘘ついてたんかい……。まぁ、嘘をついて相手を惑わすのも戦略も一つやな。
火結の話はまだ続くようで、火結は口を動かし続けている。
「それに、さっきまであんな格好をしてたんッスけど……本当は、わっちは不良なんかじゃなくて、つまらない人間で……うぅ……学生時代なんか普通のお嬢様みたいなのが行く女子校に通って、そこから、親から入れって言われた、そこそこいい女子大に入って……」火結の口から身の上話が流れる。初対面であるぼくに、こうやすやすと話すってことは、結構、色んな意味で溜まっていたのだな……。
「……この学校に就職して、そこで姉貴と出会って……人生が変わった気がして……そこから、姉貴のこと色々調べて……姉貴に色々、憧れて……」
「た、大変でしたね……墓井先生と出会えてよかったですね……」
ぼくはとりあえず、火結の頭をなでる。すると――火結はその顔面をぼくの胸に埋めた。
「畜生! 姉貴の復讐ができると思ったのに……、姉貴の仇討ができると思ったのに……、返り討ちにあっちまって……うわあああん……」
火結の号哭は止まりそうにない……。
「わかりました、わかりました、一旦、落ち着きましょうね、ね?」
その後、ぼくは小一時間ぐらい火結の話を聴いてあげた。
話している内容は、今まで言ってきた内容と同じなのだが、それぐらい想いが詰まっていたことなのだろう……。
その後、もう二度と体罰しないこと、先程ボコボコにした二人に謝ることを条件に『大淫蕩無間地獄』をオフにしてあげた。
素直にぼくの言う通りにしてくれるあたり、意外といい子――というのが、ぼくの火結に対する感想である。
褐色娘はやっぱりいいな――というのが、火結の体に対する感想である。
墓井先生、この感想はいい方ですよね……、怒られるレベルじゃありませんよね……。そのような、不安に似たなにかが残ったものの――火結とぼくの戦争は、ぼくの戦勝で無事――終戦した。
で、問題が起きたのは――その日の夜からだった。よほど火結の裸が――褐色肌の裸が脳裏に焼きついてしまったのか、ぼくの夢に火結が出てきてしまった……。
* * *
「おい、尾張こんにゃろッスー‼」
夢の中――真夏のビーチ、マイクロビキニを着てたたずむぼくに、ビキニ姿の火結が絡んできた。
「こんな、いやらしい体しやがって、こんにゃろッス‼」
火結がぼくの体を触ってくる。
「や、やめてください……火結先生‼」
そこに三人の人間の影が忍びよってきた。
「おいおい、二人でなに楽しんでいるんだ?」
「もう、尾張ちゃんばっかり、ずるいよ!」
「わたしも混ぜなさいよ!」
ビキニを着た墓井と、可愛いちゃんと、全裸のツインテちゃんだった‼ なんで、ツインテちゃんだけ全裸なの⁉ 三人共、こんがりと肌が焼けている。
「尾張っぴ! あーしもきたよぉ!」
前の学校の友人までくる始末。友人も日焼けをしていて、ぼくと同じマイクロビキニを着ている。
突如、参戦した四人。火結と共にぼくを囲む。
「ちょ、ちょっと、待って皆……って……」
あっ……。
「アァッー‼」
その後、めっちゃくちゃ夏を満喫した。
カシちゃんが出てこなかったのは、多分、裸を見なかったからだと思う……。