13 火の鳥「跡」を燃やす
この勝負は、ぼくの方が断然有利だ。これは――決して過大に自分を自己的に評価しているわけではなく――この戦況を総合的に評価して出した答えである。
火結にやられた二人の様子を見る限り、火結は――拳で攻撃をしている。先程のぼくへ向けた攻撃も拳だった。そのことから、彼女は墓井のバットのような得物も持ってはいないだろう――これはぼくの勘だが。
ぼくの勝利条件は『相手に触れる』。ただそれだけであるので――、火結が打ち込んできた拳を受けとめれば、その時点で、ぼくの勝ちだ。
問題は相手がどんな超能力を持っているか、それだけである。その問題は周知の通り、単純ではない。超能力の種類によっては(例えば時間を止めるとか、超高速移動とかだった場合)、一瞬で詰んでしまう。なので、墓井とのもそうだったが、この戦いには一種のギャンブル的要素が孕んでいるのである。
ぼくは様子見のため、後退する。相手の出方を見極めたい。
「おうおう、はじめっから逃げるつもりッスか?」
「いえいえ、ご安心ください、ぼくがするのは逃走ではなく、闘争ですから」
「もしかしたら、鳥葬かもしれませんッスよ!」
火結はライターを持った手を、天に掲げて、火をつける。それと同時に――この世ならざることが起こった。火がライターから乖離し、上空に浮かび、肥大化する。燦燦と激しく光を放ち、燃える姿はもう一つの太陽のようだった。だが、それはすぐ――その姿――その形を変えた――牛、――獅子、――鷲、――人、――目まぐるしく変化するその光景は――子供が粘土で遊んでいるようにも――混沌をそのまま現実に現したよにも見える。やがて、混沌は収束していき、最終的には秩序ある姿になっていく。
「どうッスか? これぞ人呼んで『天照食吐死金鵄』ッス!」
空中に浮かぶ火の玉は、頭と胸が人間の女性――腕と下半身が鳥――の怪物、ハーピーへと変貌していた。顔は火結と全く同じだが、髪が火結よりも長いので別人のように見える。胸は火結よりも大きく (ぼくよりは小さいが)、婀娜やか。マイクロビキニが着用されているところが個人的に好き。元が火だからか、全体的にホログラムのように透けている。
「あぁ……そういうタイプの超能力だったですね……」
見るからに厄介そうだし、厄害そう……。
「媒介が『火』、系統が『生物創造系』、そしてその内容がぁぁぁ――『火で生命体を創り出す能力』ッス!」
うぇ……『生物創造系』ってレア中のレアな系統じゃねぇか……。超能力の中でも一番に神に近いとまで言われる系統――神そのものだと呼ばれている系統――そんな、ラスボス級のものを、ようわからんハングレみてぇな野郎が持っているなんて!
「胸を大きく創ったのは、やっぱり、コンプレックス的なものですか?」晒に包まれた火結の胸を見ながら――ぼくは言った。
「死ねぇ! 胸の大きさでしか、自分を語れない屑がッ‼」
火結の声に反応して、ハーピーが口から火の玉を吐いた。それも――単発ではない……二発、三発、四発……と‼ ホーミング弾なのかわからないが、なんと、火の玉たちは――ぼくの許へ、急降下してきた‼
「ひ、ひぇっ⁉」すぐに、ぼくは回れ右して、走りだす。
後ろで何発か火の玉が地面に衝突し、焼夷弾のように爆発した。おいおい、学校内それをやったら、特定通常兵器使用禁止制限条約に違反しそうなのだが⁉
「こ、こんなの聞いてないですよ~‼」
「まぁ、言ってないッスからねぇ。そんなことより、やっぱり、逃げるんッスか?」
「逃走も闘争の内ですぅ‼」
火結とハーピーがぼくの後を追ってきた。その間もハーピーの口からは火の玉が放出されまくっていた。
く……こりゃ、酷ぇ。
人対人ならまだしも、人対全自動爆撃マシーンなんて話にすらならないし、そもそも勝負が成り立っているのか疑問になる‼
なんだろう……自由自在に空中浮遊ができ、飛び道具を容赦なく連射できるシューティングゲームのキャラクターに――普通のパンチや蹴りしかできない格闘ゲームのキャラクターで挑むようなものだぞ、これ⁉
なにか対抗できるものは……あっ……。
ぼくは『あるもの』に目を留める。ぼくの視界の先にあったのは花壇だった。道の両脇にあり、多くの赤薔薇が植えられている。
しかし、ぼくが注目しているのはそこではない――その脇あるホースだった。きっと、水やりのためのものだろう。ぼくは力を込めて、ホースに飛びついた――その蛇体を両手で持ち、ホースがつながっている、蛇口へ向って駆ける。
よし……これはいける……‼
ようやく、ぼくは蛇口に辿り着いた。ようやく、ぼくも飛び道具を手に入れた。しかも、水を発射することができるホースというものを。後ろを振り返ると火結が突っ立ってこちら窺っていた。ハーピーはその上に翼を羽ばたかせながら浮いている。
「どうやら、ぼくは犍陀多の如く幸運だったみたいですね。日頃の行いがよかったのでしょうか。これにて、あなたの地獄からはオサラバですよ。まぁ、お釈迦様がぼくにくださった糸は蜘蛛のものではなく、ポリ塩化ビニル製の太いものですが」
早めの勝利宣言をして、ぼくはホースを――まるで銃のようにハーピーに向けた。
「では、さようなら‼」
ホースから水が吐き出される――弓のような綺麗な弧を描いてハーピーにあたった。あたって――すり抜けた‼ 水は全てハーピーをすり抜け、その後方の地面をこれでもかっていうぐらい、濡らしはじめる‼ まるで、そこだけが土砂降りのように‼
「えっえええ……⁉」
ぼくは唖然とその光景を見ていた――見ることしかできなかった――肝心のハーピーは無事なようで、元気そうに羽をバッサバッサ言わせている。
「はっはっはっはっはっは‼」火結はイカレタように――笑った。「お、おまえ、笑わせてくれるッスねぇ! お釈迦様がくださった糸って……残念ながら、おまえが掴んだのは蜘蛛の糸ではなく――尻も結ばぬ下手な糸だったッスねぇ‼」
う、嘘だろ……。なんですり抜ける? おかしいじゃないかこんなの⁉ だって、火の弱点は水じゃないいのかよ、五行思想でもほら水剋火って言うぐらいだし――それ以前にすり抜けていて攻撃すらあたっていない――おかしい、絶対的になにかがおかしい――
「ぼぉーっと突っ立っていて、大丈夫ッスか?」
火結の声に反応した時点で時すでに遅かった。いくつもの硬い感触がぼくの右腕、右頬をかすめる。「痛った!」あまりにも突然のことだったので――ぼくの手は反射的に、それこそ――自動的にホースを離してしまった。
ぼくから乖離したホースは暴れるようにうねる――うねる――うねる――そのまま、火結の方を向いて、とんでもない量 (これはぼくの主観的な表現で、実際には放出される量は一切、変わっていない)の水が水鉄砲のように噴出された‼ その激しさは鉄砲水の如く――火結と衝突して、「わっ!」と火結を二、三歩、退かせた‼ 一方のホースは――そのまま落ちて、地表を濡らす。
「くっ……」火結は全身びっしょびっしょに濡らして――棒立ちになっていた。体についた水が鎖骨から胸元――上腹から腰へ滴り落ちていく。褐色の綺麗な肉体が――首筋が――鎖骨が――上乳が――くびれが――腹筋が――濡れることによってさらに、綺麗に華麗に浮かび上がってくる。
いいな――褐色。ぼくは真夏のビーチで日焼けをした、ビキニ姿の娘を目前にしている気分に襲われる。一緒に焼きそば食ったり、ビーチバレーしたり、バナナボート乗ったり――
――褐色娘……ぼくの中で新たな門が開かれた気がした――
「こんにゃろッス、おまえぇ‼」
怒声――開いた門はすぐ閉じられ――ぼくの意識は真夏のビーチから、陰惨な学校へと戻ってきた。目の前にいたビキニの褐色娘は、特攻服を着た褐色ハングレに変貌していた。こんな変更はして欲しくなかった……。
火結はぼくへ向けてなにかを投げる仕草をする。すると、今度はぼくの左頬――左腕――左胸――左腹に硬い感触があたった。やっぱり普通に痛い。左胸にあたったものが、跳ね返って――地面に落ちる。
それは……ボルトとナットだった。火結はぼくに――こんな危ないものを投げつけていたのか⁉ 目にあたったらどうする――失明してしまうぞ⁉
「まだ、あるッスよ‼」
火結は再度、ボルトとナットをぼくに投げつける。
もう三回目なので――流石のぼくも避けることができた。二度あることは三度あるという諺は――ぼくには通用しないということだ。
「痛ぅ……」火結はぼくが逃げた先にも、投げていたみたいで、それが、ぼくの太ももにあたってしまった。
「投げ方にもコツがあるんッスよ」
「火炎弾はいいのですか? 今撃てば確実にぼくを仕留められると思うのですけどねぇ」
「ふん、わっちは少しずつ痛めていく方が好きなんッスよねぇ!」
じゃあ、なんでさっき火炎弾連発したし――
――待て、相手が最大の武器を使ってこないこの状況は、逆に有利なのではないか。
――だがしかし、別な飛び道具を使っている相手に迂闊に突っ込むのは危険だ。
――それに、ぼくが火結に近づけたとしても、あのハーピーに突っ込まれたら、ぼくは確実に小麦肌どころではないぐらい、日焼けしてしまいそうである。
――万策が尽きた……わけではないが、今、この場で戦って勝つのは無謀であり、無理であるように思える――仕方ない再びこの策を使うしかない。
――逃げるが勝ち。
――逃げるは恥だが役に立つ。
――三十六計逃げるに如かず。
五十歩、百歩でも逃げるのが今、この時の得策だ‼
ぼくはホースを再び持って――その水を火結の顔面にあてた後――本日、三度目の逃亡を試みた‼
「くっ、待ってッス‼」
咄嗟のことで混乱しているのか――火結は目を押さえながら狂的に叫んでいた。目に水があたったのではないだろうか――
ぼくは猛ダッシュで火結から離れた――その後ろでハーピーがあっちこっちに火の玉を吐き出しまくっている。
ぼん、ぼん、ぼぉぉん‼ とそこら辺中で爆発が起こる。
おいおいおい……火事になるぞ……。
そう思いながら――そのまま、ぼくは火結から離れていった。