12 守るべき「公然猥褻罪」
「た……助けて……」
教師寮から出て、最初に見たのは――二人の全裸の女の子だった。ただ、全裸なだけではない――体中、傷や痣だらけで、立てないのか、地面を這いつくばっている。
この娘たちはさっき、墓井先生を襲撃しようとした二人……。こりゃ、随分と変わり果てた姿だこと……。まじまじとぼくは二人を見つめる。
「よぉ、おまえが尾張罪檎ッスかぁ?」二人の後ろから、女が現れた。
外に跳ねている短髪。褐色肌。その頬には大きな古傷がある。服装は赤色の特攻服。上着の方がはだけていて、晒を巻いた胸が露になっている。特攻服には金色の文字で『第三十七代・不思蝶』と縫われている。
ヱッ……、この学校にこんなのがいるの……。これって、丸っきりハングレのお方じゃん……。この学校限定で体罰が許可になった理由を考えると、こんなのがいるのは――まさに本末転倒だし、主客も転倒しているし……。なんで、体罰が許可されているのかがわからなくなる。
「聞きましたッスよ。尾張罪檎」
突如として現れたハングレ女は、倒れている女の子の顔面を蹴っ飛ばして、ぼくに近づいてきた。
ま、待て。ぼく、なんかハングレに絡まれるようなことしたか。ツインテちゃんとか墓井とか、ついでに、可愛いちゃんならわかるが、ハングレの恨みを買った覚えはない。
ハングレ女はぼくの前までくると思いっきりガンつけてきた。なにこの人、怖い……。
「おまえ、姉貴をボコボコにした挙句、脱がせたんだって?」
あ、姉貴……。もしかして、こいつって……。
「あなたがオムスビ煙造さんですか?」
「火結ッス!」
目の前のハングレ女――教師にあるまじき格好をしている火結煙造の右手がぼくに向かって炸裂した。ぼくはそれを、いつものパーリングで跳ね返す。
「へぇ、やりまッスねぇ。格闘技とか習っていたッスか?」
「いいえ、全部、ぼくの独学です」
ぼくの戦闘スタイルは全て独学である。家が貧乏だったため、何処かに弟子入りするわけにもいかず、図書館で借りてきた格闘技の本の真似をすることしかできなかった。なんで、そこまでして、戦闘方法を勉強したかったのか。それは、単純明確。自分が持つ力以上の力が欲しかったからである。
「独学ッスかぁ。独学でそんなに綺麗なフォームはあり得ないッスよ。なんか、怪しい薬でも飲んでいるんじゃないッスか? それこそ毒薬とか」
「独学でこんなにできるのは、ぼくが人間ではなく――独角兕大王だからかもしれませんよ」
「老子でも呼びまッスか?」
「ぼく、仏教徒なので」
火結は手をぽきぽきと鳴らしている。
「で、狙いはぼくだったのですよね。なんで、この二人を?」
ぼくは倒れている二人をさした。傷を見る限り、かなり酷い攻撃を受けたようだ。幸い、骨はやられていないっぽい。
「え、だって、全裸だったッスから」あっけらかんとした態度で火結は言った。
「……」ぼくも原因の一端だったらしい。
そんなことよりも、ここまでやるか普通⁉ まぁ、確かに公然猥褻罪という六ヶ月以下の懲役か三十万円以下の罰金が科される重罪には触れるけど……。いくらなんでもやりすぎじゃないか⁉
「おまえに話があるッス」普通に話が変えられる。
「これから、おまえにはこうなってもらう予定ッス」火結は二人の内、片方の頭を踏んづける。
「わっちの崇敬する――尊敬する――尊厳ある姉貴に酷いことした挙句、恥をかかせたなんて許せないッス!」ぼくへ向けて両腕を大きく広げる。まるでハグをするポーズのようだ。「尾張罪檎! その分、貴様には地獄を見てもらうッスよ!」
こんな大真面目なシーンなのだが、ふと、ぼくはとんでもないことに気がついてしまった。それは、火結が巻いている晒が、少しずれていることだ。様々な都合上、詳しくは説明できないのだが、コンプライアンス的に完全にアウトなずれ方をしている。
「焦熱地獄と灼熱地獄、どっちがいいッスか? 好きな方を選ばせてやるッス!」
マズイ、晒のズレが気になり過ぎて火結の話が一切入ってこない。どうしよう、これ。火結に言うべきか、言わないべきか……。
「おい、ちょっと聴いているッスか?」無論、聴いてはいない。聴ける状況ではない状況を作り出しておいて、聴いているかどうかを訊いてくるのは鬼畜の極みである。
今、その格好をしているということは、まさか、今までこの格好で担任業務とか、授業とかやっていたのか⁉ どこのアダルトビデオだよ。誰か教えてやれよ。てか、これこそ、公然猥褻罪だろう⁉
そんなぼく視線からなにか感じたのか、火結は胸に目を向けた。
「なっ⁉」どうやら気がついたらしい。頬をさっきの病気で寝込んでいる、墓井ぐらい赤らめる。「お、おまえ、まさか、わっちのおっぱいを見て欲情していましたッスね⁉」急いでいる様子で、火結は胸を腕で隠した。
「欲情だなんてそんな……。まぁ、見ることができてよかったとは思いましたけど……」
「こんにゃろッス! さぁ、これで最後ッス。どっちの地獄に堕ちたいッスか?」
「どっちも嫌です」ぼくは丁寧に断った。
「どちらにしても熱そうで熱そうで、ぼく、熱いのは好きじゃないので」それに――「それが復讐によるものであっても――それが勘弁によるものであっても――ぼくは絶対に、暴力を使って人を支配することを、許しちゃいけないと思うのですよ。あなたに屈してしまうと墓井先生に申し訳がないというのもありますからねぇ」
自分は公然猥褻罪を守らない癖して、他人が守っていないと、過剰なまでに攻撃する――しょうもない、どころか――どうしようもない教師――火結煙造に宣戦布告をした。
「…………どっち道、展開は同じなんでいいッスけど」
「じゃあ、ぼくはどっちの道も通りません。新しい道を開拓していきますよ。まぁ、それが王道になるか邪道になるかわかりませんが――あなたの中有の道にはなると思います」ぼくは挑発を言い終えて、構える。
「ふふふっ」――と、火結の表情が――なくなっていく。「八熱地獄を全てお見舞いしてやるッスよ」とぼやいて、中指をぼくに立てた。
丁度、その刹那、キンコーンカーンコーンと鐘が鳴った。多分、部活動がはじまる四時十五分を告げるものであろう――
――その鐘がゴングとなり、ぼくと火結の戦争がはじまった。