14 失礼と発覚
※ 容赦のない場面があります。
近寄ってきて、あまりにもけたたましい声で騒いでいるケビンは、目を見開いて信じられない事が目の前で起きている、と言う反応だ。
「なんで! え、はったりとかじゃなくて!? 兄ぃに結婚相手が出来るとか何の悪夢だよ!?」
「ケビン殿、何度も注意しているが、俺を兄と呼ぶのはどうかと」
「うるさい! おしめの頃からおんぶして面倒見てくれたあんたを、兄と呼ばずになんと呼ぶ! ……でも兄ぃ、その子あんまりにも兄ぃに似てなくね? 托卵されたの? 兄ぃ変なところでお人好しで」
私はそれを聞いた瞬間に、身分とか立場とか常識とか、普通だったらその行動を止めているだろう、いろいろなものが吹っ飛んで、頭の中がはじけた。
その言葉はあまりにも、私にとって腹のたつ言葉だった。
どんがらがっしゃん!!
「……エーダ、お前は大の男を一人、吹っ飛ばせるだけの殴り方が出来たのか」
「……あ」
私が我に返った時、私はケビンの上に馬乗りになって、ぼこぼこにケビンの顔を殴っていた。
周りは突如起きたそんな出来事に硬直し、その中で一人冷静だったのはハッサンで、あんまりにもびっくりしすぎて、いつ起きたのか、目を見開いて固まっているムージを抱き抱えながら言う。
「……あー、って、うわ、すみません!!」
私はケビンの顔を見て、これ顔の骨を折っててもおかしくないぞ、と思う腫れ上がり方をしているケビンから退いて、謝った。
「つよい……」
「あんな細い体で、武闘家もはだしで逃げる動きだったぞ」
「まあ、托卵とか言われたら、普通の神経の女性なら激怒するだろ」
「あれはケビンが一番悪い」
ギルドの受付の周りにいた人達が、どこかおののいた調子でそんな事を言っている。
だが殴りまくったのは事実なので、私は目を回しているのか、黙りこくったままの彼を助け起こし、受付の人が素早く持ってきた濡れたふきんで、ケビンの顔を拭って冷やした。
「ごめんなさい……」
謝ってはいるが、托卵とか、あまりにも私に対して失礼な事を言ったのはケビンである。発端はケビンだと見ていた誰もが思っていたのか、ケビンを擁護する声はあがらない。
それどころか。
「あのお嫁さんすごくかわいそう。侮辱も過ぎるわ、あの言い方」
「旦那さんが怒るよりもさきに、あんまりな言われ方で、自分で手を出しちゃった感じだな」
「でも普通怒るだろ。旦那さんを大事にしていたら。それにすごい発言だぞ、ケビンってあんなに無神経な男だったのか?」
なんて声がちらほらあがり、顔を冷やして口が利けるようになったケビンが、言った。
「申し訳ない……あまりにも信じられなくて」
「……」
「ケビン殿。あなたが女性と結ばれないのは、その明らかに問題のある言動の所為だろう」
謝ってきたケビンに対して、私は何も言えなかった。だが、旦那が懐から傷薬を取り出して手渡しつつ、心底あきれたという調子でそういった。
「あなたは時々異様に無神経にすぎる。俺と妻の事を何も知らない状態で、憶測だけで、妻に対して侮辱にすぎる事を言うのは、人間性を疑う」
「……ごめんなさい」
「あなたは俺より先に妻が手を出した事を、幸運だと思った方がいい。俺ならば、この程度ではすまない」
ぞっとするほど淡々とした言い方をする旦那に、何を感じ取ったのか、ケビンは縮こまって謝罪した。
そして、ハッサンが私に頭を下げる。
「エーダ、すまない。まさかこう言う事を言うとは想定もしていなかった」
「……殴った私も悪いけれど、ごめんなさいね、ケビン殿の謝罪を今は受けられない」
「お前がそう思うのも道理の発言だ」
「……あなた、私この人の事説得したくないから、ちょっと外の通りにいるわね」
「ならば、ムージも連れて行った方がいいだろう。この後の話し合いは、ムージには空気が悪いだろうからな」
「本当に申し訳ありません……」
ケビンは縮こまって謝罪しているけれども、腹が立ってしか仕方がない私は、それを今は受け付けられないので、ムージをハッサンから受け取って、足早に外の通りに出ていったのだった。
「ケビンってあんな性格だったっけ」
私は大通りに設置されている噴水の縁に座って、そんな独り言を漏らした。
前のケビンは、確かにちょっとずれている所は合ったものの、あれだけ初対面の人に対して失礼になる、そんな言動をとる男じゃなかった。
それが、たくさんの親戚や、実の兄を失った後の人生経験の結果、培われたものだったならば、それが存在しないケビンは、矯正がうまくいかなかったんだろうか。
「もっとまともだったはずなんだけどな」
「あー?」
「ムージは気にしなくて言い事だから。おばちゃんちょっとあの男に対しての怒りが消えないだけだから」
「うー?」
「心配してくれるの? ありがとう」
ムージは自分がどう思われていたのか、全くわかっていないだろう。わからない年齢である事に、ちょっとほっとした。
「いくらあの人の結婚が信じられなくても、言っていい事と悪い事の区別が付かないって、いかにも金持ちのぼんぼんって感じだ」
あれじゃ、砂漠でも性格がわかったら、皆潮が引くように距離を置くかもしれない。
恋愛結婚を五年も目指して努力して、いっこうに報われないのはあの性格の所為だろう。
普通に女性に対して不愉快な言動をしそうだ。
「あう、あ、うう、あ?」
ムージは私を見上げて、小さくてやわい手で私の顔を触ってくる。
「大丈夫。……じゃあ、ちょっと気分を変えるために、歌おうか」
「あう!」
私が歌う、と言うと、ムージは目を輝かせた。そして小さな体いっぱいに、うれしいと感情を見せてくる。
この子は私の歌が好きだ。親父にも認められた私の歌声はお気に入りで、怖い夢を見たようなぐずり方をする日は、抱っこして歌うと、ちょっと安心したような顔で寝直してくれる。
「何がいいかな」
私は、早く歌え、と体全体で訴えてくるムージを見ながら、そうだ、あれならそんなに珍しい歌でもないから、子供を抱っこしている若い母親に見えそうな女が、歌っても変でもないと、一つの歌を選らんで、ゆっくりと歌い出した。
たくさんの国で歌われていると言ってもおかしくない、曲調はゆっくりしているそれは、子供も大人も知っている、そんな歌だ。
私が歌い出すと、ムージが目をきらきらと輝かせて、顔いっぱいにご機嫌を見せて、はしゃぐ。
内容はよくあるものなのだ。太陽の歌で、太陽が昇って中天間であがって、ゆっくり夜が近くなると沈んでいく、と言う歌。
子供に時間の経過を教える時にも、使われる歌って話だ。
誰が歌ってもそれなりに歌えて、技術らしい技術はいらない。
これが愛の歌や悲劇の歌になると、とたんに技術がいろいろ必要になって、大変だし目立つものになるのだけれど、これは目立ちようのない歌なのだ。
それを歌っているその時。不意に回りがにぎやかになってなんと、噴水のあたりで楽器を奏でたり、歌を歌ったりしてお金を稼いでいた人達が、皆、私と同じ曲を奏でだしたのだ。
それにびっくりして歌うのをやめると、周囲はなぜか拍手喝采という状態で、何が起きたのか私は全くわからなかった。
「え、は、あ……なにが?」
起きたんだ。呆気にとられて周りを見回して、何が起こったのだと混乱している頭の私に、わっと人々が群がってくる。
「あなたはすごい歌うたいだな!」
「一人で子供を育てているのか? ならすぐにでも、劇場に紹介しよう!
「太陽の歌であれだけすごいんだ、あなたが劇中歌を歌ったら、感動して皆泣き濡れるだろうよ!」
「王様の前でも歌えるに違いない!」
「本当に良いものを聞かせてもらった! この歳で、太陽の歌で泣くとは思わなかった!」
……思った以上になんか感動されている。私は急いで
「私は夫の仕事でこちらに来ただけのただの女である」
「本職の歌姫ではない」
「夫を待っている間、ちょっと歌っただけなのだ」
と何とか説明し、今すぐにでも劇場に案内しよう、としてくる人達を止める事に集中した。
そんな時だった。
「なぜ……!!」
不意に大通りの中央を、特権階級だと言わんばかりに、豪華な馬車で通っていた誰かお金持ちが、馬車を停めて、扉を開けて、私につかつかと近寄ってきた。
鮮烈な赤毛の男性で、男性はあり得ないという顔をして、私を……いいや、私にしがみつくムージを凝視していた。
「なぜだ、人攫いに連れて行かれて死んだと報告されていたというのに」
「……えーと、どなたかと人違いをなさっているのでは? この子は砂漠の国の王宮の、使用人居住区の私の家の戸口の前に、捨てられていた子供なんですけれど」
「そんなはずはない!! 報告によれば砂漠の国の国境線付近の、緑の大地で人攫いが道連れに死んだと」
「それ絶対に人違いでしょう」
「いいや!! まちがいなく我が息子!! その母に似た紫の瞳をまちがえるはずがない!!」
あ、これ明らかに面倒事にしかならない。
そんな予感とともに、私はムージを見て、その男性はムージを抱き上げて連れて行こうとした、その矢先だ。
ぼうっ、と男性の目の前に炎が吹き上がり、ムージがいっそう、ぎゅうっと、私にしがみついたのだ。
「あつっ!!」
「あ、ごめんなさい、この子人見知りなんです! 知らない人が乱暴な真似をすると、火を」
「……エドガー?」
吹き上がった炎により、男性が距離を置く。その時だ。停止していた馬車の扉が開き、そこから喪中である事があきらかな衣装を身にまとった、その衣装さえとんでもなく豪華な、一人の銀の髪の女性が現れた。
「マシュー、その子は、私の孫のエドガーなの……?」
男性に声をかけたその人を見て、私は色んな意味で驚いた。
だって。
「王国の真珠百合、リリー姫……」
その人は、私の未来が変わる前の世界では、私の生き別れた母だった人だったのだから。




