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9 泣いて笑う。


涙がこぼれたと思うと、子供はひっくひっくとしゃくりあげて、今まで声の出し方も知らなかったとは、とても思えない大声で泣き出したのだ。

近くにいた親父が、あまりの大きさにとっさに耳をふさいでしまったくらいだ。

親父は耳が結構繊細なのだ。仕方がない。それにびっくりしたとっさの反応だから責められない。

私はわんわんぎゃんぎゃん、すごい声で泣き出した子供を抱き抱えて、よしよし、うんうん、とゆっくり揺らしながら背中を優しくたたいた。

こう言う状態の子供のあやし方なんて知らないが、町とかで見かけたやり方だ。たぶん合ってる。

それに、ハッサンがよくこうやって子供をゆらして、やわらかい力加減で背中をたたいているのを知っている。

ハッサンがやるのだからたぶん正解だ。

そんな考え方で、子供をあやしていると、子供は徐々に徐々に落ち着いてきて、顔はぐちゃぐちゃになっているけれども、そこまで大きな声で泣き叫ばなくなっていった。


「うん、大変だった、大変だった。よしよし。うんうん」


そう言いながら子供に笑いかけると、子供はすんすんと鼻を鳴らしてから私の顔を見て、ぐりぐりと私の肩の服に顔をこすりつけた。

これは涙と鼻水で肩の部分が色落ちするな……仕方ない。しばらくは色落ちのしにくい服を着なければ。

そんな事をややずれているけれども思った私は、おそるおそる耳から手を離した親父に、言う。


「親父、耳、無事?」


「一瞬だったから……ああ、びっくりした。ただ本当にびっくりした。あんな大声を押し込められていたら、そりゃ、感情の出し方なんて何にも分からなくて当然だ」


耳をこすりながら、親父が言う。親父を振り返ってみやった子供は不安そうに親父を見ていて、親父はそのすばらしく透き通った青色の目をぱちくりと瞬かせて、子供に安心させるような、気の抜けた笑顔を見せる。


「大丈夫だよ、君を怒ったりしないさ」


親父が怒っていないし、不快にも思っていないって事は伝わったらしい。子供の体から緊張しているようなこわばりが抜けて、くてっと私に体を完全に預ける。

そんな子供をのぞき込もうと親父は近付き、子供の目の前に、きらっきらの青みがかった銀色の髪が揺れたものだから、もう、止める間もなく親父の前髪は、不思議そうにそれを見た子供に、思い切りよく引っ張られた。

面倒だのなんだのと、理由を付けて髪の毛を伸ばしていたからだ。前髪も伸ばしていた物だから、子供がつかむのに問題のない長さになっていたのだ。

力加減など何もなしに引っ張られた親父が、潰れた蛙のような声を出し、それにびっくりした子供が手を離して、ぐずりだす。


「……親父の髪の毛、きらきらじゃん」


「……いや、うん……ごめん……」


自分がだらしないからこうなった、と嫌でも親父も察したらしくて、なんだか親父も申し訳なさそうな声になったのだった。

さらに追い打ちのように、ハレムの美女が言う。


「アーダさんの髪の毛、嫌みなくらいにきらきらしてますし」


「女の人でも、これだけきらきら瞬く星みたいな髪の毛、滅多にいませんもの」


「そりゃあ、感情が出せるようになった子供には、魅力的でしかありませんわ」


「それを適当に結んでおしまいなんですもの」


「結い上げていれば違ったんですけどね」


皆面白がっているとしか思えない言動だ。確かに他人からすれば、子供のやった事なんて微笑ましくて面白いだけだろう。

親父もそれが分かっているからか、何とも言えない顔であはは、と声を上げているばかりだった。

そんな時だ。かたかたかた、と何かが音を立てたような気がして、また親父の暗闇が、何か訴えかけてきたんだろうか、と思った。

だから聞いたのだ。


「親父、また暗闇は何か教えてくれた?」


「いいや? 暗闇は呪いをお腹いっぱい食べたから、少し寝るって言っていたけれど。私に聞こえない音を、暗闇は出さないんだが」


「……?」


じゃあ、一体何がかたかたと、音を立てたんだろう。

周りを見回しても、かたかたと言う壷のふたが鳴らす音に近い音を、立てる物なんて見つけられなかったのだった。




「あー」


その日の夜に、家に戻って来たハッサンに、子供はいの一番に駆け寄って、そのまま彼の服の裾を握りしめて、見て見ろ、と言わんばかりに立ち上がった。

まだまだぐらぐらとおぼつかない足でも、ちゃんと自分で立ち上がったのだ。

これを見たハッサンは、少し驚いた様子だった。


「這いずり回っていたと思ったら、もう立つのか」


「……あー」


「それに何かを訴える事も出来るのか」


「あ!」


ハッサンが驚いた後に、子供があまりにも朝と違っている事からか、感心した様子になる。


「そうか」


声は静かなものだった。

ハッサンの方も、思うところがあったんだろう。親戚縁者から、軒並み捨てられた子供。行く宛なんてどこにも無くなっちゃった子供。

これから、面倒を見るように王様に言われた形になった子供。

いくらハッサンが子供の面倒を見るのに慣れていても、知識があっても、小さな命一つを、責任を持って面倒を見るのは、考え方も違ってくるはずだ。


「……驚いた?」


私の問いかけに、ハッサンが静かに目を伏せて答えた。


「とても」


そう言いながら、ハッサンは、子供が小さくてふにふにとした手を一生懸命に伸ばして、さあ、抱き上げろ、と訴えてきているものだから、当たり前の事であるように抱き上げた。とても手慣れている。いつ見ても、何の違和感もなく抱き上げるものだから、とても感心するのだ。


「……今朝と今とで余りに違う。何かあったんだろう」


「うん、あった」


隠す事じゃない。というか、言わなくちゃいけない事だ。共通の理解がなくちゃ行けない事だから、私はハッサンに今日起きた出来事を話した。

親父が呪いを見破った事。暗闇が呪いを食べちゃった事。呪いがひどい物だった事。それが無くなった瞬間から、子供の様子が一変した事。

親父も訂正をしないから、私の認識でほぼ間違いのないのだろう。

一通り話した私に、旦那が言う。


「子供にかける物ではないな。……親の因果か」


「親の因果?」


「親が何者かに、とてつもなく恨まれていれば、親にはかける隙がないと考え、子供に恨み辛みをぶつける可能性もあるだろう」


「……それって」


「親は、かなり高い身分である可能性がある。そういった人間は周りに守る人間が多い。……そうでない事を祈りたいがな」


確かにそうだ。親のとばっちりで、こんなひどい物を押しつけられていたなんて、あまりにも子供が不憫でしかなかった。


「あー!」


子供がハッサンの腕の中で、とてもご機嫌だという声で笑う。


「あなたに抱っこされると、その子、笑うんだね」


「だいたいは泣くんだがな」


「ねえ、あなたに、もしかしたらお父さんが似ていたりするんじゃないかな」


「俺に似た父親。……いっそう不憫だ」


大真面目な声で言うものだから、私はなんだか心からおかしくなって来ちゃって、笑い声をあげてしまった。

彼は私がどうして笑っているのか、という目をしているものだから、余計におかしい。


「あなたに似た父親とか、最高じゃない。だって絶対に頼もしいもの」


「……」


こっちの主張が訳が分からん、と言う目をして、ハッサンは子供を見やる。


「お前に名前を与えてやらなければ。知り合いの命名師でも頼るか」


「命名師?」


「最良の子供の名前を考える専門家だ。頼る家庭も多い。子沢山な家は特に頼る。親がもう思いつかない、と言う話も多く聞くからな」


「あなたは考えないの」


「俺に命名の才能はない。どうにもそのあたりの趣味が悪いと言われるばかりだからな」


昔面倒を見ていた大鷹に付けた名前が、トリニクだったせいだな、とハッサンは想像もしていなかった事を暴露したのだった。

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