5 あの頃と手に入らなかったもの
何とか子供に食事をさせられた私は、ハッサンが何でこんなに子供の面倒を見るのがうまいのか、聞いてみる事にした。
いや、偏見とかじゃないけれども、子供もいない男の人がどうして、こんなに子供の離乳食の作り方とかに、手慣れているんだ? って話よ。
ほかに女でもいた過去があって、とか想像してしまった私はおかしくないと思う。
だって私の夫は、見た目意外は超の付きそうな優良物件なんだから。
そんな疑問が頭から離れてくれないものだから、私は口に出した。
「どうして、あなたそんなに小さい子供の扱い方に慣れているの」
「一族の中でも、階級の低い家に産まれた子供は、意外と覚えるものだ。格上の家に年下の親戚が生まれると、面倒を見させられたり、暇だと思われるやいなや、問答無用で手伝いをさせられたりだ」
「あなた……確かに階級は低いって、ちょくちょく言うものね。でもそんなに子守を任せられるの?」
「一度そういったものがうまいと思われたら、後は自動的に面倒を見る担当になる」
「大変なんだ……」
「慣れればどうという事もない話だ。年の離れた弟や妹が出来たと思えば大した苦労にもならん」
言われてしまうと、あんまりにもこき使われている気がするのに、ハッサンは全く気にならないらしい。
「あなたそれで、遊んだりする時間とかあったわけ」
「あったに決まっている。同じような年齢の友人達も、似たような家庭環境だからな。日常的に両手に親戚の子供の手をつかんで集合したりした」
「それで遊べたんだ……」
「子供という物は年上の兄や姉にくっついていたがる事も多い。まあ、危ない遊びには加えられないがな」
「苦労と思わなかったんだ」
やっぱり信じられないな、とか考えちゃって言うと、ハッサンは頷いた。
「俺にとって見れば、ほとんどの年下の子供が会えるはずもなかった親戚だからな。どうにも可愛らしく見えてな」
それはそうだろう。前の人生での彼の親戚は、皆殺しだったんだから。
そう思うと、なるほど、生まれてくる事もなかった小さい親戚達が、どうにもかわいくて、面倒を見たくなるのも、納得できそうだった。
私には真似も出来なさそうだが。
「あ、寝ちゃった」
そんな会話をしている間に、子供は卓につっぷしてすうすうと眠ってしまった。お腹がいっぱいになったら眠くなる。そこは普通の子供と同じみたいなので、ちょっと安心した。
だってあまりにも子供らしくない感じがしていたからだ。
普通の子供と思える事をしてくれて安心。
「昼の休憩時間がまもなく終わる。仕事が終わったらすぐにこちらに戻るが、エーダはその間大丈夫か」
「何とかする」
「わかった。……お前はこれからしばらく、この子の面倒を見るのだろう。これくらいの子供の面倒に必要な物を、いくつか仕入れてくる。寄り道になるかもしれんが、そう遅くならないように気をつけて戻るからな」
「うわあ、助かる。私砂漠の子守の仕方、なんにも知らないの。だからすごくありがたい。よろしくね」
「また仕事仲間にあれこれと言われそうだがな……」
今もからかわれているのかもしれない。そんな言動をとった後に、ハッサンは急いで仕事先に戻っていった。
私は子供が寝やすいように、気をつけて持ち上げて、布団の上に寝かせたのだった。いや、卓につっぷして寝るとか、大人だって体が痛くなる事なんだから、子供にその姿勢をさせ続けるのはちょっとね。
私はその脇に座り込む前に、ハッサンもある程度片づけてくれた食器類をちゃんと戻して、それから子供のそばに座り込んで、これから仕事どうしたらいいんだろう、と考えを巡らせる事になったわけだった。
子連れでハレムに入っていい物なのだろうか。神殿とその関係者に頼まれている間は休職扱い? 給料がでないのはちょっとな……せっかく手に入れたお仕事だもの、あまり長く休みたくなかった。
王様のところまで報告はあがっているのだから、王様が何か考えてくれるだろうか。
それとも女官長に聞いたら、何かいい方法が見つかるだろうか。
とにかく一人で考え込んでも意味がない。でも考えたくなるのは仕方がない。
そんな事を思っていた時に、私はまだ窓辺に短剣を起きっぱなしだった事を思い出して、この子が動き回った時に怪我をしちゃったら大変だから、急いで回収する事にした。
「……刃が本当によみがえってる……」
嘘くさく思えていた、刃の復活方法だったんだけれども、親父の言っていた蘇生法方は正しかったらしくて、短剣はすり減っていた姿から、いかにも切れ味の鋭そうな状態に戻っていたのだった。
「……」
これやっぱり普通の短剣じゃないんだな……いや、バルロからも聞いていた事もあったから、そうだろうと思わざるを得なかったけれども、実際に普通じゃないって事実を目の当たりにすると、ちょっと怖くなりそうだった。
ギルドにいた頃は、魔剣の噂とかをたまに耳にしたし、呪われた装身具の話は日常的に誰かが噂していたし、普通じゃない持ち物が、持ち主にとって幸いかどうかはわからないってのは、ありがちな話だったものだから、これも悪いものかいいものか、とどうしても考えたくなっちゃったのだった。
考えても刀身をじっと見つめてみた私は、その刃の部分に炎の揺らぎに似た赤色が若干きらめいて、それからぞくっとする青い色がひらめいたから、これは出しっぱなしにしてはいけない、と急いで鞘にしまい込んだのだった。
きらきらした物は、鳥もそうだけど、小さな子供も興味津々になるって、どっかで聞いたし。
私が前の人生で小さい頃、炎の揺らぎに興味津々で、薪に手を突っ込みそうになったって話、後になっておかあさんに聞かされたわけだしね。
「……何日で、この子の家族は見つかるんだろう」
何の事情で、縁もゆかりもないうちに置き去りにされたんだろう。
よほどの事情だとしか思えない。乱暴な借金取りとかに追いかけられたりしたんだろうか。
子供だけは助けようとして? 子供という物をとても大事にする傾向のある砂漠で、死んでしまえと言わんばかりに捨てるなんて、考えたくもないけど、その可能性の方が大きいのかな……
それとも、この子がしゃべれない事が何か大きく関わった複雑な事情?
でも親戚全部に頼れないってどう言う事だろう。
そもそも親戚に頼れないって状況なら、普通は神殿に駆け込むものなんだけど。
一人で色々可能性を考えてみても、正しそうなものにはたどり着けそうになかったのだった。
「おちびちゃんはいい子にしていた? ハレムにエーダが来ないから、どうしたんだって皆さんに聞かれたよ。だから事情を話したら、皆さん同情してくれてね。慣れない一人での面倒何て見られないだろうって事で、ハレムに子供を連れてきてもいいって、女官長も言ってくれたんだ」
夕方、親父が帰ってきてすぐに、私にそういってくれた。ハレムの皆さんの申し出はとてもありがたい事だ。一人で子供の面倒なんて見られない。
誰かの面倒を見る知り合い、にも縁のない生活だったことも相まってだ。
「いい子というか……あれからずっと、一言も声を出さないんだよ。鳴き声もあげないの」
「ふうん、どれどれ」
そう言いつつ、親父はいきなりがんっ、と机を蹴飛ばした。いきなりの暴挙だったから私もびっくりして、何をするんだ、と親父に言い掛けた時の事である。
子供はびくっと肩をふるわせて、こっちを見たのだ。
それまでずっと、玄関の方を座り込んだまま見ていて、声をかけても何も反応しなかったのに。
「何か反応した?」
「小さい子供を驚かせて何が楽しいの!」
「耳が聞こえているかの確認」
「は、……あ?」
「たまに小さい子にも、いるんだよ。自分の興味のある音しかあんまり反応しない子。耳が聞こえていないわけじゃないってなら……喉に問題があるのだろうか」
親父はそう言って、子供に近付いたわけだが、先ほど思い切り驚かせてしまった生だろう、子供は親父をじっと見て、瞬いて、警戒させないように膝をついて両手を広げた親父に、炎を向けてしまったのだ。
「あっつ」
炎が親父の髪の毛の先を焦がした。私が止める暇もなくて、私は親父と子供を引き離すほかなかった。
「なるほど、こんな年齢で炎が出てきちゃう子か……」
親父の焦げた髪の毛は、一瞬、親父の腰の壷から出てきた何かが切り離し、飲み込んでしまったからそれ以上燃えなかった。
かたかたかた、と壷のふたが音を立てる。
「暗闇、それが本当ならこの子はなかなか過酷な運命だ」
その音が親父に何を言ったのか、いつも通りわからなかったけれども、親父は暗闇から何かの可能性という物を、示唆されたようだった。
「親父、暗闇は何を知っているの?」
「無意識に炎を出す子供だから、親がもうどうにもならなくなって、無差別に置き去りにしたんじゃないかって」
「神殿じゃなくて……?」
「普通そう言う子供は、神殿に預けるものだけれどね。暗闇も深い事情までは推測できない」
親父はそういい、ちょっと笑った。
「思い切り驚かせちゃったから、私は嫌われてしまったかもしれないね」




