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6 とばっちりの被害を恐れた

これから私はどうなるのか、兵士達に半ば引きずられるように歩いていると、通りすがりの人達がざわめくのが伝わってきた。


「いったい何事なんだ?」


「どうしてあの子は捕まっているのかしら? あの方向は宝物庫でも何でもない場所のはずだわ」


そんな声がちらほらと上がっている事からも、皆困惑している事が伝わってくる。

当事者の私でも、どうしてこんな事になっているのか、あの場所はそんなにも立ち入ってはいけない場所だったのか、何で誰もその事を今まで教えてくれなかったのか、という疑問が頭に浮かぶばかりだ。


疑問が次から次へと頭の中に浮かび、それと同時に最後に見た旦那の映った姿を思ってしまうのだ。

泣きわめいている時は気付かなかったけれど、あの人はどこか疲れた顔をしていた。

感情も疲れもあまり顔に出さない人だったというのに、あの人の顔はややこけていて、何か消耗する事があったのだと暗に知らせて来ていた。

あれが私の心の中の姿だったならば、私が見ていた幸せな時間の中の旦那であるわけで、あんなにやつれた顔になっていないような気もして来る。

じゃああの鏡が映した旦那は一体どこで何をしていて、誰と一緒にいるのだろうか。

そんな事も頭の中に浮かんできて、私の頭の中は知っちゃかめっちゃかな状態である。

考えがあちこちに散らばって、まとまった物事を考えられないでいる。

そんな状態でも歩く事は出来て、兵士達に引っ張られながらも、歩幅の違いで何度も転びそうになりながらも、私は歩き続けたのだ。

そして到着したのは、ハレムの中ではなくて、公式な場所なのだという事が明らかな立派な造りの、いかにも王様が政を行っていそうな空間だった。

その場所の、一番上座にある場所では、王様がいくつかの報告を受けた後なのだろう、じっと私の方を見ている。

その目線は、私が見た事のある、親父と話したりしている時の余裕そうな物とは違い、何かを見定めるような、見極めるような鋭い眼光を放っていた。

しかしこの程度の視線の強さなら、私は別段怖いと思わないし、体が震えたりしない。

だが視線を合わせてまじまじと見つめ返すのはまずい、と第六感のような物が働いたので、私は落ち込んでいるように顔を下に向けて、嵐が過ぎるのを待つ人のように、大人しくしておいた。


「長老。王鏡が降臨したというのは真実か? 俺の前の代から、王鏡は降臨した記録がないだろう」


「陛下、間違いありません。記録通りの鏡と、鏡のある空間でした。あれはまさしく王鏡の間」


先頭を歩いていた老年の男性が一礼し、王様にそう言う。王鏡。聞き覚えのある単語だ。

それは親父が面白い話だと教えてくれた、王たる王を映す鏡の事ではないだろうか。

……あれが、王鏡というすごい物だったのだろうか。

それにしては、ちょっとゴミみたいな見た目をしていたな……あれがそんなにも重要視されている物なら、もっと飾り立てていたりしないものだろうか。


「そして、……娘、お前が持っていた指輪を出しなさい」


「……」


長老という人が私にそう言い、私は今まで誰も受け取ってくれないから、しっかりと握りしめているほかなかった、鳥がくわえていたあの指輪を長老に差し出す。

長老はそれを受け取り、準備していたのだろう使用人の女性が広げていたお盆の上の、柔らかい布の上にそれを置き、女性は王様の元にそれを運んだ。


「記録通りの見た目。これも間違いなく鏡の指輪でしょう」


「……確かに、神宝石の輝きをはるかにしのぐきらめきだ。そして持っているだけで、聖なる水の力を強く感じる。これも本物という事は、その娘が?」


王様が手の中に指輪を乗せてしげしげと眺めて、私には全く分からなかった何かしらの力の事を言う。

私はその指輪を触っても、何も力らしきものを感じなかったのだが、彼等は何を知っていて、何を基準にして物事を進めているのだろう。

指輪も渡したのだし、私を解放してくれないだろうか。今日は本当に久しぶりに見た夫の姿を頭に思い浮かべて、懐かしさで泣きながら眠りたい。

そんな事を考えていた時の事だ。長老が付け加えるようにこう言った。


「この娘は王鏡の前で、明らかに何かを映しておりました」


「なるほど。……娘。いや、エーダという名前だったな。お前は王鏡に、誰を映した?」


長老の言葉を聞いて、王様が、逃げる事の出来ない状態の私に、そう問いかけてきた。

何故それを聞くのだろうか。私は何故それに答えなければならないのかもわからず、何も言えなかった。

この事をどうとらえたのか、王様が黙る私に言葉を続ける。


「秘密にしてもいい事はない。お前はただ、鏡に映し出されたのが誰だったのかを答えればいい。いや、それとも……」


何か思いついた様子の王様がさらに言う。


「鏡が映し出した相手が、見知らぬ人間であるがゆえに、答えられないのか? ならばどんな姿の人間で、男だったのか女だったのか、そう言った事を答えればかまわない。悪いようにはしない


……王鏡は王たる王を映しだす。親父が仕入れてきた情報を思い出した私は、更に、この砂漠での王位争いは泥沼になりがちだという事も頭に浮かんだ。

王様は、私が何らかの理由で王鏡に映した誰かを、自分の王位の邪魔だという事で、殺すつもりじゃないだろうか、という事が考えとして浮かんだのだ。

あり得ない話じゃない。いや、十分に可能性としてあり得る。

王位の邪魔だから、誰かを始末するなんて事に対して、王様という立場の人が罪悪感を抱くとも思えなかったのだ。

ここで、ハッサンさんに似た特徴を言ったら、思い描かれるのはハッサンさんで、彼は殺されてしまうのでは。

それは絶対に選んではいけない選択肢だ。あの人には普通の幸せな人生を歩んでほしい。

だったら、答えるべきはどんな言葉だ。

特徴になる物を、特定できる事を答えてはいけない。

だったら。嘘を言うか。いや、嘘で殺される人が出るのも認められない。

でも、真実を言うのは危険すぎる。

いいやそもそも、真実以外、この王様の前では口に出せない、いや、嘘を見抜かれるという可能性もある。そうなれば誰かを庇っていると思われる。

庇った誰かだと思い込まれた相手が、殺される未来もありうる。

そこまでとっさに頭の中で計算してしまった私は、嘘じゃない事で、この世界では誰も特定できないだろう真実を、言い放つ決意をした。


「陛下。正直に答えればよろしいのですね」


「そうだ。お前は素直に、見たままの者を答えればいい」


「あの粗大ゴミみたいな金属の板に映っていたのは」


私のぼろくそに言う言葉に、周囲がありえない事を言う、恐れ知らずだとざわついている。

その中で、私は見たままの事実を答えた。


「私との別れを嘆く、私の夫が映っておりました」


これに、周囲は完全に動揺した。ざわざわとした潮騒に似た声の波が広がり、いくつか聞えた声としては


「彼女はすでに結婚していたのか?」


「ハッサン殿が結婚したという届は出ていない」


「ハッサン殿ではないなら誰だ?」


「ハッサン殿を紹介される前から、彼女には夫がいたという事か?」


「父親もそれを知らないというのはどういう事だ?」


そんな言葉がちらほらと拾い上げられた。どうやら、ハッサンさんと私のあれこれは、いい宮中での話題の種にされていたのだろう。

認知度が極めて高い面白い話の一つ、と思われていたのかもしれなかった。

それゆえだろう。

私が、夫の事を口にしているという事に、誰もが驚いているのだ。

それでも、それ以上の事は言うわけにはいかないのだ。だから王様をまっすぐに、泣いた後だから赤いかもしれない目で見返し続けると、王様も私の発言は相当に驚くものだったのか、しばし固まっていた。


「娘、嘘を言うな!」


長老と呼ばれた老年の人が、私に持っていた杖を振りかぶる。殴りつけるつもりだとすぐに気付いたものの、兵士達に押さえつけられている私には、避ける方法がない。

がつん、という音がして、目の奥で火花が散って、遅れて痛みがやってくる。

結構本気で殴ってきた。こんな小娘相手に激昂して。ばっかじゃないのか。

そんな事を思いながら、私は殴られた衝撃で揺れた頭を軽く振って、めまいを追い払い、また王様の方を見て、言い切った。


「私に二度と会えない事で、痛みの表情を浮かべる夫が、あの板に浮かび上がっていました。それが一体何だというのですか」


「……夫、か」


王様はしばし考えた後に、何かを思いついたように手を叩き、こう言った。


「エーダをハレムの月の部屋に入れろ」


「陛下。彼女はアーダ殿の娘では」


「だから奴隷出身の女性は入れない部屋をあてがうのだ。王鏡に映ったのがエーダの夫ならば、俺が夫になれば何も問題はない」


……真実を言わないのは悪手の一つだったんだ。なるほど、そう言う考え方をされたのか。

この王様にとって王位はそれだけ維持したいものなのだ。

……一度臣下の者を相手にと推薦しておきながらも、状況が変われば自分のものにすると言うほどに。

いくつかの罵倒の言葉が頭に浮かび、私はこれだけは言わなければ、と王様を睨んでこう言った。


「あなたはハッサンさんにちゃんとした女性を、紹介してくださいね。あなたが候補を奪うんですから」


とばっちりのハッサンさんがあまりにも可哀想だ。それゆえにそう言うと、王様はにやりと笑ってからこう言った。


「無論それは行う事に決まっている。あの近衛兵は十二分に俺に仕えてくれているのだからな」


エーダを連れていけ、そして逃げられぬように鍵をかけろ、と私の目の前で堂々と王様はいい、私は力の差で抵抗もうまくいかないまま、宮中の、月の部屋という場所に引きずられていったのだった。

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