14 その儀式
数日は閉じ込められたまま、何も情報のない生活を送る羽目になった。迂闊に外に出て、行方不明だのなんだのにされた後に、戻ってきたら城からも追い出されて親父の消息が不明になる、何て未来を簡単に予想できたからだ。
そんな私にとって進展があったのは、閉じ込められてから三日が経過した夜の事だった。
その夜、私は置かれっぱなしの本棚の中で、私でも読めそうな物を読んでいたわけだが、外に通じる扉が丁寧に叩かれて、能面のように無表情な顔をした使用人の女性が、私に一礼して声をかけたのである。
「アデル様がお呼びです」
「おや……父が?」
流石に王族と判明した後に、城の関係者の前で親父と呼ぶのは非常識極まりないので、父が、というと使用人は耐えられなくなったのか顔を歪めた。
「アデル様を父などと……無礼が過ぎます」
「そうですか」
ここでむやみに言い争ったりしても何にもならないわけなので、私は素直に頷いた事にして椅子から立ち上がり、使用人の女性の後に続いたのであった。
そこからしばらく進んでいくと、明らかに城の中の内装その他が豪華なものに変わっていったので、王族の生活圏内などに入ったのだろう事が、私でも一目でわかった。
本当に親父は王族様なのである。と改めて思いつつ、一体その親父が私を何の目的で呼び出したのだろう、と少しいぶかしんでしまう。
親父だって空気が読めないわけでもないのだから、素性の知れない拾った娘の事を気にかけて、あれこれをするというのは、王族様にとっては少しまずい事なのではないだろうか。
そんな事を思いながらも、使用人の女性について行って到着したのは、複数の明らかにただの貴族ではない複数の人達が、一様に楽器の調弦をしている部屋だった。
皆緊張した顔をして、各々の楽器の手入れをしている。
彼等は一体何者なのだろうか。
何故楽器の調弦を? 確かに自分の物を自分達の手で行うのは普通の事だが、この張り詰めた空気は普通ではないだろう。
皆、異様に険しい雰囲気をまとっている。
そしてそんな中で、親父だけがその辺の部屋の隅に座り込み、頬杖をついてじっとしていた。
座り込む親父に、使用人の女性が私を伴って近づいて、声をかけた。
「アデル様、お望みの調弦師を呼んでまいりました」
「おや、私は自分の娘を連れてきてほしいと言ったのだけれど」
「……その娘です」
「ああ、いじめてしまってすまないな、靴の音でわかっていたよ、私の娘が来てくれたとね」
「……」
使用人の女性は言いたい事があった様子だが、さすがに立場というものが歴然としているからだろう、ぐっと言いたい事を飲み込んだ気配で、一礼して下がった。
「……父さん、ここで皆さん何をしているの?」
私は他の人達に聞えないような小さな声で、親父に問いかけた。親父は包帯に覆われた顔で、調律している音が響く方を向いた後に、隠す事もないという調子で答えた。
「実は夜明に、即位のために行う儀式を行う事になっていてね。どうにも兄上の治世では、不幸な事ばかり続くものだから、兄上の長男であるマリオン殿に、王位を譲る事になったそうだ。青の国では、不幸が続く治世の場合、次の王に早々と位を譲る事も珍しい事ではないんだよ。今回もそうするらしい。そして、その即位のために行う儀式には、王族の楽器を演奏できる人間が何人も必要でね。そしてこれまた面倒くさい事に、一度その儀式に参加した王族は、再びの参加を認められていないというわけで、私も数合わせに呼ばれたというのが、今回の真相だね」
「処女じゃなくちゃいやな、気難しい一角獣みたいな事を」
私が思わずぼそりというと、親父も小さく頷いた。
「私も、儀式自体は知っていたんだ。だが出ていった人間を呼び戻すなんて、どういう内容の儀式か、色々聞きまわったのだけれども、前の儀式に参加した王族達は一様に口を閉ざして語ってくれなくてね。腕利きたる暗闇に探ってもらおうかと思ったけれども、私の命の危険がないから、探るつもりがないと言われてしまったんだよ。彼らしい事だ」
当たり前だ、必要にならない事などしない、というように壺がかたかたと音を立てたので、親父がその壺のふたを撫でて、言う。
「そう言うわけで、儀式のためにここにいる王族の皆さんは、自分の楽器を一番いい状態にしなければならないわけだ。そして私が、一番信頼していて、一番いい音を作ってくれるのが君だからこうして呼ぶ事が出来たんだよ。……ひどい目にあっていないか、とても気にしていたんだ。誰に聞いても、あんな薄汚い娘の事など気にしなくていい、という態度でね。腹が立って脱走しようかと思ったけれども、そうしたら君を探せなくなるから、機会をうかがっていたんだ」
「まあ、鍵のついた部屋に閉じ込められているけれど、飢え死にしそうになったりはしてないから、大丈夫かな」
親父は深くため息をついた。あきれ果てたという調子だ。
「人の娘をなんだと思っているのやら。この儀式が終ったら、また砂漠に戻ろう、エーダ。砂漠の王様にはきちんと謝罪もしなければならないし、君に紹介された男性の事も、とても気になっているんだから」
砂漠の王様への謝罪はともかく、ハッサンさんの事が気になるというのは、ちょっと笑えて、吹き出すのをこらえなければならなかった。
「……その儀式に、今の所は、命がけのなんたらかんたらはなさそう?」
「幸いたる暗闇が、私に危害はないだろうと判断しているからね、私にはないだろう」
こそこそと話をしつつ、私達は親父の楽器の調弦に入ったのだった。
そして親父を含めて、だいたいの王族様の楽器の調律や調弦が終わったのを見計らったのだろう。一人の物々しい神官装束の人が現れて、こう告げたのだ。
「これより儀式が執り行われますので、皆様こちらへ。関係者は名誉ある事に、儀式が終わり、新たな王の誕生を見守る事が許されております」
ここで一度、親父達王族様と、私達関係者は別れて、関係者は指定の場所に行く事を許されているらしい。
多分儀式のあれこれが終った事を、すぐに確認できるのはその指定の場所にいる事なので、私は他の関係者の人達とともに、ぞろぞろと指定の場所に向かったのであった。
夜更けから明け方まで行う儀式というのは、なんだかとても神秘的というか秘密めいていて、いかにもその儀式が重要な物と主張するようだった。
そのため、それに関わったとなると名誉な事に違いない、と誰しもかなり興奮した様子で話していて、私は儀式が無事に終わる事だけを願って、欠伸を噛み殺していた。
ふとそこで思ったのは、日記の中身の事だった。青の茨結界というものの事と、それの贄に選ばれた王族様の事と、バルロ以外に名前が載っていたのが、即位するマリオン様のものだという事である。
これらに一体何の関係があるのだろうか。
はたまた即位には関係のない事で、完全な別件なのだろうか。
情報が少なく、どう考えても正解など導き出せない。
親父は何か知らされたのだろうか、と思いつつ、私達は指定の場所である、即位した王様が、儀式の間から出て来るひときわ大きな扉が見える端で、座って待っていた。
座って待てるなんて好待遇だが、それだけこの儀式のために関わった人達に、礼を尽くしているのかもしれない。
座っていたら眠ってしまいそうだ、と思いつつ、しばし待っていると、儀式が終りに近くなってきたのか、それとも元々の集合時間がそれ位なのか、夜明前にたくさんの着飾った貴族達が、儀式の間に続いているこの、戴冠の間に集まってきたのである。
他国の、重要な立場にいるらしい人達も集まってきているから、いよいよそろそろ、王冠を被ったマリオン様が現れるのだろう。
そんな事を思っていた時の事である。
静寂に包まれていた戴冠の間に、儀式の間からかすかに聞こえていた楽曲が不意に途絶え、悲鳴が響き渡ったのだ。
それも一人二人の悲鳴ではなくて、かなりの人数が悲鳴を上げている騒々しさで、何事だと言いたくなるものがあった。
親父!?
私は不安に駆られて立ち上がった。あの中には親父がいる。……暗闇は親父を守ってくれるに違いないのだが、それでも心配しないわけにはいかない。
そして悲鳴はおさまらない。きゃああ、がぎゃああ、ひいい、に変わって、そして、突如、信じられない大きさの声が響き渡ったのだ。
「親父の声!?」
その大声は、本気を出した親父の歌声で、それが響いたと思うと消えて、ばあん!! と儀式の間の扉が、向こう側から開け放たれたのである。
「!?」
その向こう側が見えた誰もが、息をのみ、思考回路が停止したに違いない。
儀式の間は真っ青な光に満たされていて、その中央と呼ぶべき場所から、青く輝く茨の蔓がどんどんと伸びて、儀式の間を覆いつくそうとしていたのだ。
そしてその青い蔓は、儀式の間だけでなくて、戴冠の間まで伸びようとしている。
明らかな異常だ。あの中にいるはずの親父は無事なのか。
私は、恐ろしさから逃げ惑う人々の逆を目指し、親父の元へ走り出したのだった。




