13 第三者にはわからないこと
窓から脱走したはいい。だがしかし、なかなか大きな問題が私を待ち構えていた。
それは簡単な物で、
「バルロはどこにいるんだろう」
これである。やみくもに探し回っても時間ばかりが過ぎてしまうのだが、バルロは一体どこにいるのだろう。
城の中にいないとしたら、じゃあ町のどこにいるのだというわけである。
私は日記を隠している胸元を探った。この日記の持ち主の願いを、伝えたかった事を、バルロに知らせたかったのだ。
理由は簡単で、放っておけないから、これに尽きる。
無茶や無謀を相手のためだけに行ったバルロが、これ以上使い潰される事を、この日記の持ち主はまったく望んでいないのだから。
そしてそれが出来るのは、この日記を見つけた私だけで、日記の持ち主の関係者は、それがかなわなかったのだ。
「……どこに行けばいいんだろう。あてになりそうなのは」
私はぐるぐる考えた。その間に、城の外になんなく出られたのだから、それだけ聞くと青の国の城の警備は雑、というかもしれない。
だが、いかにも何かを届けに来た下々の人間、というものに見せかければ、侵入こそ難しいけれども、出ていく事はそこまででもないのが定石なのだ。
厳しい審査の結果中に入れたのだから、という思い込みが生み出すものでもある。
そんなわけで、私はいかにも辺境から何か、珍しい物を届けに来た人のお使いだろう、と思わせる見た目も功を奏し、出られたわけである。
怪しく思われないように、不安そうな表情をできるだけ押し殺して、いかにもやっとお使いが終って気楽だ、という空気をにじませて、私は城の外に出た。
それからここなら、と思いついたのはこの王都で一番大きな冒険者ギルドである、黄金の牡牛亭の事だった。
ここなら情報が行きかうし、何かしらの伝言を託す依頼も出来るかもしれない。
私が出来なくても、依頼として、バルロという男にこの日記を届けてほしい、という事を頼めるはずだ。
これで行こう。
私はそう決めると、すぐにやらなければ時間が惜しいと思って、大通りを走り出したのだった。
「バルロ? ああ、軽業師のバルロだったら、今さっき仕事上がりだって言って、酒場の方に行ったよ」
黄金の牡牛亭は、私が知っている場所と違う場所にあるわけもなく、目的地を見失って迷う事にはならなかった。
そのためすぐさま飛び込んで、バルロという男の事を聞くと、受付の女性は不思議そうな顔になった後に、黄金の牡牛亭の酒場の方を示したのだった。
「なんでも、二年越しの依頼がようやく終わったって言っていたわ。顔色は悪そうだったわね。あなたは何か知り合いなのかしら? あのずぼらな男に、こんな女の子の知り合いがいるなんて意外ね」
「ありがとうございます!」
私に運が味方したのだ。そう思ってすぐに、私は酒場の方に飛び込み、酒場の卓の中でも、一番壁際の隅で、見知った弟分の人達とともに、お酒を飲んでいるバルロの方に駆け寄ったのだ。
「バルロ! 他の場所に居たら見つけられない所だった! これ!!」
私が大声で呼びかけて、隠し持っていた日記を突き出すと、酒を飲んでいたバルロも、弟分達も一斉に怪訝な顔になった。
それはそうだ。私は王宮で丁寧な扱いを受けている物だと、彼等はあの時の役人の発言などで思っていたに違いないのだから。
その私がどうしてここに、と考えるだろう。
しかし、私が日記を突き出してから、一切動こうとしない事で、バルロは日記を受け取った。
「これ、あなたの事が書いてある。……中身を軽く読んだけれども、きっとあなたの大事なあいつの日記だと思うの。知らせなくちゃって、思って」
「なんだって?」
一瞬で顔つきが変わったバルロが、すごい速さで、日記の最後の方を読み始める。
目つきの悪い銀色がすごい速さで動き回り、そして……日記を閉じた。
「そうか、あいつはその道を選ぶ事にしたか。じゃあ、もういいな」
あっさりとした調子だった。それは、あれほどまでに大事なあいつのために動いていた姿勢と合わなかった。
「あなたは……この日記の持ち主を助けたりしないの? 助けに行かないの?」
「こいつは一言も、ここに助けてって書いてないんだ。それがあいつの選んだ道だ。……あいつは王族様っていう自分の身分と、役割を考えて、自分の進む道を決めたんだろうよ。で、未練としてあった事が、おれが何も知らずにただ働きさせられたくないって事だったってわけだ」
「でも、きっと、この日記の人はあなたに会いたいと」
「会うわけねえだろう。こいつが腹くくって選んだ道を、どうしておれが止めなきゃならねえ。あいつもそれは分かってる。ただ、自分を出しにされたくないって事だけが、この日記からは感じ取れるな。ほんと、あいつはお人よし百点満点だ」
「……大事だったんじゃないの」
私にはわからない考え方だった。バルロの考え方にも一理あるという人はいるのだろう。
でも私は、この男が助けにもいかないって事に納得できなかった。
わけがわからなくて問いかけると、バルロは笑った。
「大事さ、そりゃあ大事さ。でもな、大事だから、あいつの選んだ道を否定しちゃならねえのよ。おれの選んだ道をあいつが否定しないように、おれもあいつの選んだ道を否定しねえ。ま、さようならくらいは言えればよかったけどな!」
「……」
この男は私が何を言っても考えを覆さないだろう。そんな事が、少し話しただけでも理解できてしまった。
日記の持ち主は、確かに、一言も助けてとか、力を貸してとか、そんな事を書いていなかった。
自分の立場を考えて、これから自分に待ち受ける未来を受け入れていた。
ただ、バルロが自分を人質に、いいように使われる事だけを案じていたのだ。
私には二人の関係性ってものが正確にはわからない。
でも、日記の持ち主は、こんなバルロの言動も分かっていて、この日記をつづったのだろうか。
「でもな、ありがとうよ、お嬢ちゃん。おかげでこれ以上、儲けにならねえ王宮関係の仕事ってのしなくって良くなったからな」
気を付けて戻れよ、とバルロは言って、私は彼があいつのために動かない事をはっきりと示されて、肩を落として元来た道を引き返すしかなかったのだった。
王宮に入り込むのはなかなか大変だ。でも寓話の蝙蝠のように、うまく立ち回れば入れない事もない。
私は王宮の厨房に、野菜を届けに来た人たちの間で、その手伝いの女の子ですという顔をして、なんとか王宮内にまた入り込む事に成功した。
野菜を届けに来た人たちは、私の事を王宮の下働きが手伝いに来たと思っている事だろう。
せっせと彼等の手伝いをして、彼等が帰る時に、一緒に帰るふりをして、どうにか鍵をかけて閉じ込められていた部屋に戻ったのだった。
幸いなのか、誰も様子を見に来ていなかったらしい。騒ぎにはなっていなかった。
そのため大人しく、寝台に寝転がっています、という風に装っていると、鍵をかけた扉を叩く音がして、食事のワゴンを運んできた使用人の人が現れた。
「午後のお茶のお時間ですので、軽い物をとアデル様がおっしゃったので」
使用人は私を値踏みするように見て、こんなみすぼらしいくたびれた女の子に、こんな立派なご飯は間違いだという顔を隠しもせずに、ワゴンを置いて、しかし動きだけは洗練されたものを行い、最後に一礼して部屋を出ていった。
私はやはり一人残されて、一人分とは思えない量の軽食とお茶の入ったポットを見て、もったいないなどうしよう、と考える羽目になったのであった。




