12 もうすべて遅いと告げるもの
とにかくかなり非常識な速度で馬車は進み、普通だったらもっと時間がかかるであろう国境線越えも終って、私達は青の国に到着していた。
そしてすぐさま、アデル・ドラフォン・アズーロの到着が王宮に知らされたのだろう。私達の馬車は例外的な事に、すぐさま王宮に案内されて、馬車から下りた親父に、色んな人が頭を下げたのである。
そして彼等はひそひそとこんな事を言っていた。
「おいたわしやアデル様……あんなにひどいありさまになって……」
「あれだけ素晴らしい音楽家として、様々な名誉をいただいていた方が……」
「やはりあの悪女のせいだ……」
「アデル様、あんなに髪の色が薄くなってしまって……さぞ苦労を重ねたのでしょう……」
「お可哀想なアデル様……あの美しい青色の瞳まで……」
そんな同情する声ばかりだったので、私は何となくだが、親父もこの宮廷では、悪女カレンに騙されて出奔した哀れな王族様、という立ち位置にされているのだと察した。
本当に、当時の悪い事は皆、親父の妻のせいにされているのだろう。
親父はそれがきっと不愉快だろうが……どうすんだろう。
私は親父の方を見たのだが、親父は平然とした姿で、内心どう思っているのかは全く分からなかった。
親父の後に私も下りたのだが、周囲はかなり動揺した調子だった。
「あの娘は誰だ?」
「みすぼらしい……」
「アデル様の関係者だろうか?」
彼等は私の事は聞いていなかったのだろうか? バルロは私の事も関係者に話していると言っていたのだが、使用人達にまでは情報が伝わっていないのかもしれない。ありがちな事だ。
「アデル様、こちらへ」
そんな周りがざわついている中で、一人の格が上らしき役人の人が、親父を案内し始める。
親父はそれにゆっくりと頷いた後に、私やバルロの方を向いてこう言った。
「私の娘は、長旅で疲れているから、休める場所を用意してほしい。……そちらの、私を探して連れて来てくれた方々には、約束通りの事を」
「かしこまりました。お嬢様、こちらへどうぞ。すぐに部屋を空けさせていただきます」
役人の人達は目配せをした後に、私とバルロを別の方向に案内しはじめた。
元々バルロとはここでお別れであるため、私は彼等の方を見て一度頭を下げて、案内をする役人の人の後に続いたのだった。
「うわっ!!」
青の国っていつでもろくでもねえな、と私は内心で突っ込みたかった。とにもかくにも、これはない。
私はいきなり、ぼろっちい小部屋の一つに放り込まれて、外側からがっちゃんと鍵をかけられて閉じ込められたのだ。
「地下牢じゃないだけましか……? いやいや、基準がおかしいか……?」
確かに王宮に、流れ者の楽師の娘が部屋を貸してもらえるってかなりの好待遇なわけで、豪華絢爛な部屋というものは考えもしなかったのだが、これはない……なんで外から鍵をかけられるんだ。
私が一体何をした。
王宮の通路はぐるぐるぐちゃぐちゃで、逆走する事がかなり面倒だなと思っていたのは間違いないのだが、親父がいる間はここに滞在だな、一体何日なのか知らないが、と考えていた。
私は放り込まれた部屋の中をぐるりと見回した。
そこは元々誰かの部屋だったのか、寝台に卓に書架と言った、物としてはありふれているのだが、調度品としては中の上くらいの物が用意されていたのである。壁や床はぼろっちいが。
私が生活してきた部屋の中では、相当に高い水準である事は間違いない。
普通に入れてもらえたら快哉を叫ぶくらいの物だが、外側からの鍵という奴でそれが違うものになるわけだ。
繰り返そう、なんで鍵を外からかけた。
内側から開錠できないか確認してみたところ、どうやら外側から錠前で鍵をかけた様子で、この部屋に鍵穴はなかった。元々は鍵のかかる部屋でもなかったところの様子だ。
「鍵を何でかける……? わざわざ呼び寄せてそんな事をするのは……」
貴族の思考回路は全く理解できない。前の人生でも全く分からなかったし、今はもっとわからない。
私はほかに抜け出せる場所がないかどうか、確認したのだが、脱出経路などは存在しない様子で、普通に出ていくには扉しかなかった。
普通はな! 残念だが私は窓から脱出できる程度には体を動かせるんだよ! 流浪の楽師の娘を甘く見るな! 何度親父のあれこれで変な所から逃走した事か……
私は窓の鍵は普通に開く事、そして運のいい事にここが一階で、落下して死ぬ事など皆無であるのを確認し、逃げ出そうと思えば逃げ出せるのだから、ここは様子見だな、と自分を落ち着かせたのだった。
「……誰かの日記だ……ここは誰かが少し前まで使っていた所……?」
自分をいったん落ち着かせた私は、暇なので室内を物色してみる事にした。
物色してはいけない部屋ならば、身元の怪しい女など案内しないだろう、と踏んでの事だ。
何か盗まれてはたまらないものがあるなら、そんな物が置かれている部屋に薄汚い、盗みをしそうな女の子など入れないに違いない。
王宮なのだから、そこら辺の危機管理は普通の家よりもなければおかしいというわけだ。
そんなわけで、私は室内を物色し、最後に書架を調べて、そこにまだ筆跡の新しい日記らしきものを発見したのだった。
日付と、何か私的な事が書かれているのが、一見して分かるそれは間違いなく日記で、ここを誰かが使っていた事が明らかだ。
もしかしたら、誰かを無理やり追いやって、私をここに入れたのかもしれない。
だがそれなら、日記くらい回収する時間があるはずである。
そして、その人が荷物を取りに来る可能性が高いのだから、外から錠前で鍵をかけたりはしないはずだ。
これがどういう事かわからないものの、私は何かの手掛かりになるかと、その日記をめくったのだった。
「……」
日記の中身は、最近の事で、日付などからもそれは明らかだった。
そこには、信じられない事が書かれていた。
『正当な血筋ではない私が青い事で、青の茨結界の次の贄になる事が決定したらしい』
『俺を生かすためにバルロが、期限付きで消息不明のアデル様を探させられているという。傷も癒えていないはずだ。あの傷は簡単に癒えない毒のしみ込んだ剣でつけられていた』
『せめて俺が手遅れだと知らせたい。もうじき青の茨結界が次の王の即位の儀式のために、贄を欲しがる事を聞かされた。アデル様を見つけても、何も儲けにならないただ働きだと、バルロに知らせる方法が欲しい』
『誰かに伝えられないかと思ったが、バルロの居場所などは王宮の関係者に分かるものでもない様子だ。話を聞いてくれる従者に頼んだが、国を離れてまで彼も動けないだろう』
『バルロ。お前と出会えて俺は幸せを感じられた。王族の身の上だ、国のために使われるのはもう仕方がない。せめて、俺を出しにいいようにあいつが使われないでほしい。あいつは腕がいいから、俺を出しに使い放題なんて事になったら、あいつの夢がかなわない』
『マリオン様が来て、明日俺を青の茨結界と同調させるために、儀式の間に連れて行くと言った。もう時間がない、誰か、誰か、バルロに、バルロ』
これは、何だ。
日記だから、言葉はめちゃくちゃになっている所もある。思考回路が大混乱なのか、そんな筆跡も見当たる。
でもこれは、バルロが死なせたくないのだと、二年も必死に親父を探し回らせた相手の日記なのだ。
……貴族のやりがちな事だ。下々の人間の事は自分と同列に扱わないから、いいように利用して、使えなくなったら切って捨てる。
バルロは、それに該当したのだろう。この日記の持ち主を救うために、かなりの無茶をした事も推測できる中身がそこには書かれていて、日記の後半は、バルロを案じる中身だけになっていた。
「これ……知らせないと」
私が思ったのはそれだった。バルロは手段が強引だったりしたけれども、むやみやたらに暴力をふるったり暴言を吐いたりする、人格的に問題のある男ではなかった。
一貫して、大事なあいつを助けるために、やりたくない事を続けているのが明らかで、弟分達からも心配されていた。
そうだ、傷。
私は、数回ほどバルロの包帯が交換されるのを見たのだ。
傷は見ていないけれども、結構大きな傷らしく、包帯の範囲は広かった。
この日記の持ち主の言う情報が正しくて、まだ毒の傷が癒えないのなら。
……バルロは命を削ってでも、大事なあいつを救い出そうと無理をし続けていて、きっとあいつの事を利用され続けるに違いない。
私はそれを教える義理などないのだけれど、大事なあいつを救おうと命を懸けている相手に、この日記を見せない程、薄情にはなれなかった。
きっとバルロは今、親父をここに連れてきたから、あいつが助かると信じているはずだもの。
「……」
私は日記を懐にしまい込み、周囲を見て確認し、窓を開けて、音を立てないようにそこから抜け出した。




