10 会話から導き出されてしまったもの
家の扉を開けるまで、私は何も違和感に気付かなかった。
それは、暇さえあれば弦楽器をいじっている父親が、真剣に楽譜を考えて寝落ちしているからだと思っていたのだ。
そして家のある通りの前でハッサンさんと別れた私は、普通に自宅の扉を開けて、気が付いたら縛られてがたがたと揺れる粗悪な馬車の中にいた。
動きを封じるようにと、しっかり縛られて、なおかつ周りを木箱などで押さえられて、そう簡単に自由を取り戻す事のないようにされていたのだ。
「にしても、兄貴、本当にこっちの女の子も巻き込んでよかったんすか?」
「このお嬢ちゃんの父ちゃんが本人だ、間違いない。この世の中では青色に髪の毛を染める染料なんてもんはない。出来て緑だ。だからあの父ちゃんの髪の毛はかつらか地毛、引っ張って痛がってたから地毛だろ。そうなるとこのお嬢ちゃんはあの男がこさえた子供もしくは、あの男が王家から持ち出した秘密を知っている人物って事で、おれ達が言われた条件に一致する女の子ってわけだ。連れて行かない選択肢はねえ」
「兄貴、いくら兄貴の大事な人がひどい目にあっているからって、あの国で血眼になって探されている王族様を連れて行くだけならまだしも、その関係者まで連れて行くっていうのは、やっぱりどうなんすかねえ」
「お前が気に入らないなら、この王命から逃げりゃいいだろう。出来ないお前達じゃないはずだぜ? おれはこれをしないと、あいつを助けられねえからしてるまでの事。あいつが人質になってなけりゃ、こんな儲けにもならねえ真似するかよ」
私は木箱の影から、そんな会話を聞いていた。声の数は三つ、一つは兄貴と呼ばれた男、もう二つはどこか心配している調子の男性二人分。
王族様というだけで、それが私が消滅する前の故郷である、青の国の王家の関係者という事はさすがにわかる。
だが……彼等の話を聞く限り、なんというか、私の親父が王族様って事になるのだが、なんだかそれはとても疑わしいような気がしてならない。
確かに、仕草が上品だとか、食べ方がそこら辺の行儀の悪い人たちと比べてはいけないくらいに、目が見えないのに美しい所作で食べるとか、そんな不思議に思う所はあったけれども、王族様などから感じる気品その他は、親父からは全く感じられないのだ。
しかし彼等の会話を聞く限り、私の父を特定して、どこかに連れて行くつもりだという事がわかる。
親父は一体何を隠して、流浪の楽師を続けていたのだろうか。
そんな事を思った後に、私は身じろぎをした事で、がたんと音がした事から、目が覚めたと気付かれたのだろう。
彼等の会話が止まり、誰かが近付いてくる音がして、積み上げられた木箱の上から、一人の男が覗き込んできた。
「……!」
私はその男を見て目を見開いた。その顔をよく知っていたからだ。
その顔の持ち主は、前の私の人生の中で、短剣の扱い方や振り回し方、身軽に体を動かす方法などを文字通り叩き込んだ師匠と言える人だったのだ。
あの人は軽業師だったはず。人さらいの真似をする人ではなかったはずなのに、どうしてだ。
呆気にとられて目を丸くして、口をあけっぱなしにして見上げた先では、師匠とも呼べる相手だった男が、じっとこちらを見て、一言こう言った。
「目ぇ覚めちまったか」
「……」
「何の説明もなしってのが悪かったかもしれねえけどよ、こっちも命の期限が迫ってんだ、許してくれよ」
命の、期限とはなんだ。やたらに物騒な発言をしている男に、私は聞いた。
「あなたは、だれ」
「おれ? 俺様はバルロ。大盗賊のバルロ様だ。……って、知らねえって顔だな。おれの名前もまだまだ認知度が低いってわけか」
私の師匠とは名前が違う……他人の空似だろうか。
「……どうしてこんな真似をしたの。……いったいどうやって私をここまで連れてきたの」
「おー、気丈だな。肝が太いぜ。感心感心。こっちの事情で知り合いが王家に人質にされててな、そいつを助けるための条件として、行方不明のアデル・ドラフォン・アズーロを探し出して連れて来いって言われてんだよ」
「私はその、アデルじゃない」
「でも、アデルの娘だろ? 一応二度手間になっちまったら、それこそおれの知り合いを助けるのに間に合わねえから、おれ等に命令した奴に聞いたら、その娘も連れて来いって事になってな。説得の手間や時間が惜しいから、こんな感じでちょいとばかり強引に連れてきたってわけだ」
がたがたと馬車が揺れている。これは相当な速度だ。ただの馬やラクダを使った移動じゃない事は明らかな速度に違いない。
そんな舌を噛みそうな揺れっぷりの中でも、バルロは立ち続けているのだから、相当に体幹がしっかりしているのだろう。
「……なんで?」
「おれ等みたいな下々には、知らなくていい事だってぎゃあすかと言われてっから、こっちも命が惜しいから深い話は聞いてねえのよ。でも、何で強引な手段をとったんだって聞いてんならそっちは答えられるぜ。……二年なんだ。二年の間に、アデルとその娘を青の国に連れて行かなければ、おれの知り合いは殺される。で、期限が次の満月なんだ。それまでに、あんたとあんたの親父を連れて行かねえと、何にも悪い事に染まってないあいつが、おれの代わりに死ぬ」
次の満月は、三日後だ。それ位の暦はわかるから、彼等がぎりぎりになるまで、そのアデルを探していた事は明らかだった。
「アデルの足取りはなかなかつかめなくてよ。やっと追いついたのが二週間前。そこから間違いないかどうかの確認の調査で時間を食って、あんたの事まで出てきたからそれを報告する時間を食って、やっとここまでたどり着いた」
バルロは誰かを人質にとられていて、そのために人さらいの真似事までしているのだという調子だった。
おれの代わりに死ぬという口ぶりから推測するに、誰かがバルロの身代わりになったのかもしれない。
「……ねえ、私、人間違いとか勘違いとかで、すごい問題になった話を噂話で聞いた事があるの。本当に私の親父が、そのアデルだって、どうしてわかるの」
「まずは髪の毛の色だよな。で、アデルは楽器の腕前が神業って言われるほどの技量だったって事も情報としてもらってる」
「それだけじゃ、確定にならないんじゃないの。先祖返りみたいなもので、青い髪になった人だって、いるんじゃないの。親父の髪の毛は、銀に見えそうな位の薄い青で、銀髪って言っても問題ないくらいだよ。そのアデルの髪の毛はどんな色だったの? 瞳の色は? 体に何か特徴的な痣とかはないの? その人だけが知っている話とかは?」
「やたらに食い下がるな、お嬢ちゃん」
「だって、親父が王族様って奴だとはとても思えないんだもの」
「……お嬢ちゃんの短剣も証拠の一つになってんだ」
「え? 私の短剣?」
私は怪訝な顔になった。私が五年前に、親父からおさがりだと言って渡された短剣が、どうして証拠の一つになるのだろうか。
「それは売っても売っても、本来の持ち主である、青の国の王族の中でも特別に選ばれた奴の元まで、戻ってきちまう短剣だって話だ。正しい手順を踏めば刀身が回復するとかいう、馬鹿みたいな能力もちの短剣でもあって、この情報は同じ世代の国王が即位した時に、短剣を継承した王族に知らされる話だ。おれが知ってんのは、アデルを探すために有力な情報を寄越せっていって、知らされたからだぜ」
「その短剣を継承したのが、アデルという王族なの?」
「継承というのかはしらねえけどな。短剣の主は当代でアデル。そしてアデルが正式に次の持ち主に渡さないと、延々とアデルの元まで戻ってくる」
「……見た目はただの安っぽい短剣なのに」
私は信じられなかった。何度も研ぎ直して、刀身がなくなるまで使い込んだ物が、まさかのとんでもない珍品で、王族の証拠になるなど思いもしなかった。
「そのいわくつきの短剣が、私の短剣だって言う証拠は?」
「鞘があっという間に使い物にならなくなる」
「……!」
私は目を見開いた。そうだ、私はハッサンさんとの世間話で、短剣の鞘の手入れがうまくいかないものなのか、しょっちゅう短剣の鞘をだめにするという話をした事を思い出したのだ。
「私とハッサンさんの話を盗み聞きしてたの?」
「いーっぱい尾行してる奴らがいたからな、それに紛れて尾行したぜ、だーれも怪しまねえの、こんな楽な尾行はないぜ」
……私の短剣の鞘は、普通では考えられないくらいにすぐに、ぼろぼろに朽ちていく。砂漠だから腐るという事ではないのだが、皮の鞘はぼろぼろになるし、木の鞘は砕けていくし、いっそ鉄製ならどうだと思っても、鉄も錆が浮いてあっという間に鞘の意味をなさなくなった。
私が砂漠での手入れになれていないからだと思っていたのに、それは短剣の力なのだとバルロは告げていた。
「……髪の毛の色、楽器の腕前、そしてアデル以外所持できない筈のいわくつきの短剣を持っている娘の父親。……お嬢ちゃんの親父がアデルであるって、これで導き出さない方がおかしいだろ」
「お、親父がその誰かから譲り受けた可能性だってある」
「見た目は安物の短剣を? ちょっと背伸びして、店で新品を買った方がはるかに質が良く見える物が手に入るってのに? そんなもの好きいやしねえ」
私はほかに、親父がそのアデルではない可能性を探そうとして、でも見つけられなかった。
あまりにも色々な物が、親父がアデルである可能性を出してきているのだ。
「親父の名前はアーダで」
「アデルのあだ名にあるだろう、アーダくらい」
「……」
「どうしても納得いかないってのは理解したぜ、でもこっちも知り合いの命かかってんだ。……本気出して探したからな。お嬢ちゃんに残されている道は、おれ等と青の国に行って、青の国の王様だのに会うっていう道しかない」
「……親父は?」
「お嬢ちゃんの親父は、今そっちで寝てるぜ」
「ひどい目には合ってない?」
「ちょっとばかり眠らせてもらった。元々ぐうすか寝てたからな。さらに深い眠りになるように術を使える知り合いに手伝ってもらったぜ。夜になりゃ起きるだろ」
……親父がひどい目にあっていない事だけは、安心していい物だったらしい。私は息を吐きだして、親父にどういう事なのか聞いてみるほかない、という現実と向き合う事にしたのだった。




